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「モンスターの来報とはどういうことだ?」
王はブレイブに問いかける。突然の異世界からの来訪者であるプレイヤーたちから告げられる良くない知らせ。なぜ彼らがそれを知っている、もしくはわかるのか。もしや彼らがそれを手配したのではないか、自分たちの行いを理解しているがゆえに。そんな良くない考えを払拭するための質問である。
「私にはわかりませんが、私の使い魔と、共に戦った仲間がそのことを私に教えてくれました。気配を探知できる、魔力を探知できる能力があり、それにより遠方にいる存在でも感知することができます」
「…………俄かには信じがたいな。しかし、その内容を無視することもできぬ」
しかし、王は考える。来ると言っても、どうするべきか。
「お父様、彼らが言うには三百程と言っていました」
「三百! まさか、それほどの数が……それは本当なのか?」
思わず王はプレイヤーたちに問いかける。しかし、それについて分かっているのは感知できるパティとフィルマ、および二人に内容を教えられたブレイブのみだ。他のプレイヤーはまったくその情報について聞いてはいない。ブレイブの発言でようやく知ったのである。
「えっと……」
「本当だよー。北西の方角……このスピードなら、多分あと十分もしないでこの国……この街に来るんじゃないかな?」
謁見の間がざわざわと騒がしくなる。パティの告げた内容は言葉こそ軽く聞こえる者の、内容はとても急なものだ。あと十分ほどでモンスターの群れがこの場所まで来る、となると急いで対処する準備をしなければならない。
「お父様、早く騎士たちを!」
「いや、しかし…………」
「物見の者に魔物の確認を」
「早く逃げなければ……」
「街の防衛を、連絡を!」
指揮系統が混乱した状況となっている。本来ならば、王から指示を出すべきだが、その王は異世界召喚とその召喚者に告げられた内容という二つの大きな事柄のせいで思考が纏まっていない。そもそも裏付けされていないこれが真実かどうか、それすらわからないのだから。
しかし、パティの言葉が本当ならばまごついていられる状況でもないはずだ。王は一旦、すべてを思慮の外に放り出し、とりあえず暫定的な指示を出す。
「騎士団長、騎士達をまとめ、防衛の準備をせよ。彼らの言う通り来るにしろ、その情報が誤りであるにしろ、防衛の準備をすることに問題はないはずだ」
「は! し、しかし……三百の魔物に耐えるには……」
「急ぎ準備せよ! 時間があるかもわからぬ!」
「はっ!」
騎士団長が弱音を吐きそうになるが、王は一喝して行動に移させる。仮に耐えることができないにせよ、結果が変わらないのであれば、行かせない意味もない。彼らの務めは国護でありそれを果たすため、時には命すら費やさなければならない。しかし、この急場、騎士たちを集め纏めるにしても上手く集められるかどうか怪しい所だろう。
「……指示は出したが、どうするか」
王は小さくため息をつく。
「お父様……彼らはどうしますか?」
「……どうすべきか」
プレイヤーたちの扱い、異世界からの召喚者の扱いは難しい。しかし、送り返すこともできない。異世界召喚の魔術は、呼び出す対象については条件付けで呼び出すのだが、その召喚対象を送り返すには手間がかかる。そもそも、召喚者に対する束縛が無ければ召喚者は自分を呼び出した者を脅し無理やり送り返させることもできる。もちろん、相手が死ねばそれすらできないのだが、脅し方はいくらでもあるだろう。
ゆえに、召喚対象には一つのルール、これをしなければ送還できないと言うルールを定める。それがいったい何なのか、王は想像できていた。もしそうであるならば厄介であるとも。
「ファロット。彼らの召喚時にかけた送還の制約は何だ?」
「…………魔王の討伐でございまする」
「やはりか……」
つまり、プレイヤーたちが魔王を討伐しなければプレイヤーたちの送還は出来ない。かなりの厄介事だ。王はプレイヤーたちをどうするのか、どうするべきなのか。迷い、答えは出ない。
「……っ」
「…………」
フィルマは動きを見せず、少しだけぴくりと震え、パティは北東の方角を見ている。ブレイブはそれが何を意味するのか気付いた。他のプレイヤーはその二人の変化には気づかなかったが、続いて訪れた物見の兵士の言葉で今起きていることを知る。
「報告します! 街の手前で騎士隊が魔物と交戦中、数はおよそ二百!」
「まさか!」
「本当だったとは……」
ざわざわと謁見の間が騒がしくなる。プレイヤーたちの言ったことが事実だったから、そして魔物の数が二百と言うのもまた脅威だからだ。これだけの数がいると騎士隊は打ち勝つことは難しいだろう。
「騎士隊の状況は?」
「そ、それが……本来の騎士隊の数よりも少なく……魔物の攻勢に押しつぶされそうでした」
懸念していたことが現実になった。急な招集と言うことで騎士がうまく集まらない状態で魔物と当たったのだ。
「…………」
「王、どうするのですか!?」
「お父様……」
彼らにはどうしようもない状況だ。王もどうすればいいか、判断がつかない。いや、正確には王の心の中ではどうすればいいのか理解している。だが、その実行に踏み切るだけの意思決定が難しい。
しかし、そんな彼らの状況に、大きな声が謁見の間に響く。
「お前ら、のんびり何してるんだよ!」
「お、おい!?」
「兄さん?」
リュージが叫んだのである。流石にその行動に他のプレイヤー……ブレイブやフィルマを除いた他のプレイヤーは戸惑っている。
「姫さん、あんたは俺たちに戦ってもらうために呼んだんじゃないのか?」
「……そうです」
「なら、はっきり言えばいい。戦ってほしいって」
「え……?」
リュージの言葉にヘルヴィレナは戸惑う。本来プレイヤーたちを呼んだ姫達は彼らにとって許せない存在であるはずだ。異世界に自分たちの事を顧みず呼び出し、危険なことに巻き込み、しかも相手方の王を倒さなければ元の世界に戻すこともできない。そんな相手を許し、その上自分たちが戦いに赴くことを言い出すとは到底思うことは出来ない。
「俺たちは人間だ。なら、目の前で人が殺されれば、それを許せない、止めたいという心がある。知った人間が、危険に巻き込まれたなら助けたい。そんな人として当たり前の物を持っている。だから、一言頼んでくれればいい。お願いします、戦ってくださいって言ってくれれば。そうしてくれたら、俺一人でも戦うぞ」
謁見の間が静かになる。それは、あまりにも人心に響く、善の心、真っ直ぐな心根の言葉だった。そんな静かになった謁見の間に、押し殺した笑い声が響く。
「あ、ブレイブ!? 何笑ってるんだよ!?」
「あはははははは! いや、リュージはとことんリュージだな、っておもっただけだよ」
ブレイブである。リュージが変わらずリュージである、真っ直ぐな善人である、そんな姿を見せられ、どこに行っても変わらない姿をみて、ついおかしくなって笑ったのだ。そして、それは悪意のあるものではない。
「でも、一つだけ。こういう時は、別に相手の言葉を待たなくてもいいナじゃないかな?」
「なに?」
「ブロック!」
「バリア!」
ブレイブがブロックの魔法を唱える。そして、それに合わせてパティがバリアの魔法を唱える。それにより、閉められていた窓の付近に展開されたブロックにバリアが生まれ、それが扉を押し開く。それは西側の窓、すなわちモンスターのやってきた北西よりの窓である。
「じゃあ、後は頼むな!」
たんと地を蹴ってブレイブは窓から外に飛び出していった。魔物から街を、国を、人を守るために。
「兄さん、先輩は私が追いかけます、そちらもお願いしますね」
「あ、フィルマまで!?」
フィルマもブレイブの後を追いかける。唐突なブレイブの行動に驚き止まっていた人々も、二人目の動きでようやく元に戻る。
「一体何を!?」
「どこに……いや、まさか……」
リュージはため息をつく。別にいいところを見せたい、と言うわけではなかったが、自分の言いだしたことを先に強引に実行に移され、どうにも格好がつかない状況だったからである。
「えっと、俺たちも行っていいよな?」
「は、はい……お願いします、異世界の勇者様。この国を、皆を助けてください」
「ああ! 任せろ!」
そう言って、リュージは謁見の間を出ていく。それを追って、ツキとシャイン、オルハイムとジャックがリュージの後を追いかけていった。
「全く……おい、牡丹、どうした?」
状況を見守っていたアルフレッドと様子のおかしい牡丹を残して。