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六つ目の宝石ごと、腹を吹き飛ばされた天使はそのまま地に倒れ伏す。腹にスキルをぶち込んだアルフレッドは天使に潰される前にその場から避けていた。天使は起き上がることなく、再生をするようなこともなく、その翼は地に落ちていた。今までの天使の動向から翼だけはそのまま空に残っていたはずだ。それが落ちている、と言うことは本当に天使の生命活動が停止したことを意味しているとみていいだろう。
「……死ぬかと思った」
天使の倒れた向こう側ではオルハイムが倒れこんでいた。先ほど、アルフレッドがスキルを叩きこむのに必要な大きな隙を作る立役者になったのだが、天使の後方にいたせいでアルフレッドの破城槌のスキルに巻き込まれそうになったのである。幸い、アルフレッドと天使との位置関係性のおかげで破城槌は斜め上向きに撃たれているため、ギリギリ巻き込まれることはなかったが、攻撃に巻き込まれ死ぬのではと冷や冷やしたことだろう。
「ああ、悪い、オルハイム。巻き込むところだったな」
「……いや、気にしないでいい。あの時まで、俺は役に立つことはなかったからな」
指揮官としての役割は果たせず、戦力としてもカウントできない。最後に一発加え勝利の鍵となったとはいえ、それまではお荷物であったのは事実だ。その点をオルハイムは悔やんでいる。
「まあ、あまり気にすんな。それならジャックやリュージ、シャインだって戦力的な役には立ってないだろう?」
「彼らにはそれ以外で大きな貢献をしている」
「お前も最後に大きな成果を残したんだから、他と同じだろうよ」
「あの時隙を作ったからアルフレッドを懐にもぐりこませることができたんだ。ほら、しっかりしな!」
ばん、とオルハイムの背中を牡丹がはたく。しゃんとしろ、ということだが、牡丹の筋力でやられると結構痛い。まだスキルの使用が継続されている状態だ。
「牡丹、ダメージが来たんだけど」
「……こいつ、本当に死んだのかい?」
話を逸らした。オルハイムも、全て終わった後と言うこともあり、あまり深く追求しないことにした。
天使の生死の確認は重要なことだ。皆終わったかのような雰囲気だが、実際天使が倒れたことで状況に変化があったかと言うと、今のところない。アルフレッドが天使の体に触れ、解体やドロップアイテム化ができるかを調べている。
「スキルは意味がないな」
「それじゃあ、こいつの体に何かあるとか?」
「翼の確認をしておく。宝石は……無理か」
天使の胸に存在していた宝石はすべて破壊されている。最後の宝石はアルフレッドが破壊したが、そもそも宝石の崩壊はアルフレッドの責任ではない。ブレイブの推測では復活か死で破壊される、というものだ。その推測ならば復活の可能性はあるのだが、最後の変貌、残り一つの命になったときに強くなる、という状況からして、あれが最後の一回であるのはほぼ確定と考えていいだろう。
アルフレッド達が天使の周囲で様子を確認している間、リュージはツキやシャインと話していた。ジャックも一緒だが妙に居心地が悪そうである。そんな中、少し二組から離れた場所にブレイブが降りる。かなり高所まで登っていたため、降りるのは結構大変だったようだ。
「ああ、疲れた……」
「流石にきつかったね」
幾ら雷の槍を落とすためとはいえ、かなり高い位置まで登った。しかし、それは同時に翼の誘導という功もあったため、単純に悪いとは言えないだろう。最も、ブレイブはそれを正確に理解はしていないが。パティの手助けが無ければ光弾に倒されていた可能性が高い。
「お疲れ様です、先輩」
「ああ、フィルマ。そっちもお疲れさま」
降りてきたところにフィルマが寄ってきた。最初から近場にいたようである。先ほどまで前衛として天使の側で戦っていたのだが、いつの間に移動したのだろうか。最も、フィルマがいなければブレイブ一人だけという寂しい状況だっただろうことを考えると、ブレイブには多少癒しになったかもしれない。
「お疲れさまー。フィルマちゃんも、前衛誘導やらなにやら頑張ったねー」
「そんなことないですよ?」
「……ところで、今どんな状況? ボスは倒したはずだよね」
ブレイブは二人の微妙な感じの雰囲気を無視しつつ、現状についてフィルマに訊ねる。ブレイブも一応空か様子を確認しているが、天使が生きている間は光弾が飛んできていたため、どうしてもその対処で精いっぱいだった。
「……天使は倒しましたが、よくわかりません。特に今のところ何かが起きている様子ではないので」
フィルマも状況の変化がないことには戸惑っている。通常、ボスを撃破すればすぐに相応の出来事が起きる。ボスの死体とは別にアイテムドロップが出てきたり、部屋で何か特殊な現象が起きたり。そんな状況にはなっていない。
「大丈夫……すぐにわかるよ」
「パティ?」
「……何かわかるんですか?」
フィルマとブレイブがどういう状況かと思っているところにパティが意味深なことをつぶやく。二人はパティに向け、どういう意味か問いかけるが、パティは真剣な顔をして黙っている。
そんな中、突如変化が起きる。
「死体が!」
残っていた九人のプレイヤーが天使の死体の方を見る。そこには天使の死体が消え、その天使の死体が崩壊して生まれた粒子だけがあった。その粒子が地面に吸い込まれるように落ち、そのまま何かの形を作量に流動している。地面の上に存在せず、地面の内側に存在しているようでその流動に触れても特に変化がない。
「ブレイブ」
パティがブレイブに話しかける。
「ゲームクリア、お疲れさま。そして、ようこそ、本編へ」
地面に流れ込んだ粒子は魔方陣を描く。そして光を放ち、この部屋にいる全てのプレイヤーを飲み込んだ。ブレイブ達は、叫び声をあげる間もなく、その意識が闇に呑みこまれた。
「……ようやく、起動したか。全く、実に面倒なことだ」
都会、ビルの隙間に存在する路地裏に、コートを着た男性が佇んでいる。虚空に向け、呟いているその姿は傍から見れば怪しい人にしか見えないだろう。周囲に人がいないのは幸いと言うべきか。
「ああ……そうだ、連絡をしないといけないか。今後のことについても色々とある」
男性がポケットに手を突っ込み、その中から携帯電話を取り出す。旧式のガラパゴス携帯だ。もうすでに売られていない所か、仕様すらできないはずの代物である。しかるべきところに持ち込めばプレミア価格で取引されるだろう。男性はそんな事実を知っているのかそれとも知っていないのか、形態のボタンをポチポチと押して電話をかける。この手の携帯であれば連絡先の登録がされていてもおかしくないはずだが、どうやら登録していないようだ。
「ああ、俺だ……声じゃわからないか。まあ、詐欺の類もあるから仕方ないが……お前たちにスキルメーカーをプレゼントした人物と言えばわかるだろう?」
どうやらこの男性が、現在スキルメーカーを運営している会社にスキルメーカーを渡した人物、すなわちスキルメーカーの開発者のようである。
「わかっている。イベントボスが倒され、ゲームがシャットダウンされたということだろう? それによるデータの破損も確認できているはずだ……ああ、外からではすべてを正確に把握できないか。何? 何故私が全容を把握しているか、だと? 運営NPCは私の開発だ。それらが持つ情報は全てこちらの知る由にある。大体、お前たちにとっては重要なことではあるまい? 現状最重要なのは、プレイヤーで他の破損に対する対処、およびゲームの復帰のはずだ。全てのプレイヤーが強制的にログアウトさせられたのだからな。ボス戦中だったり、アイテムの作成中だったプレイヤーもいるだろう。そういった全てのプレイヤーへの対処をしなければならない……ああ、あまり心配するな。こちらですべてログは取ってある。それぞれの結果は、最良の結果として終わったとするように手配を整える」
かなり事態は深刻な状況になっているようだが、すべてこの男性が対処すると運営側に連絡している。幾ら開発者とはいえ、これほど全ての出来事に対し対処できるものかと疑問に思うが、男性は何でもないように言っている。
「ああ、それと、予定通りゲームのアップデートも行う。全てのことに対する対処は私の方で行う……特に、今回イベントボスの最後まで残っていたプレイヤーに対しては念入りにだ。あの状況から、ゲームの強制終了、強制ログアウトで終わりにされてはたまらないだろう。その点についての苦情は……それ以外の苦情の方が多い? ああ、それはそうだろうな。全ての苦情はこちらに回していい。俺のアドレスの方に送ってくれ。ああ、明日にも全てのデータ、対処を作成して送る。運営NPCの方に追加のNPCが増える。アップデートによる大規模変化に対する対処のためだ。そちらも仕事が増えるが、元々大した仕事があるわけでもなかったのだから問題ないだろう? そちらに支払う代価も上げさせてもらう。それを伝えておいて貰ってもいいな…………質問に答える気はない。こちらもそちらも、事情と問題があり、俺は問題を解決し、そちらはこちらの事情を受け役割を引き受けるだけだ。引き上げてもいいんだぞ……わかったのならばいい。それでは連絡終了だ」
ぴっ、と通話を終了する。はあ、と大きく男性はため息をついた。
「……全く、面倒な。ここでやることは終わったのだが、それでも既に作ったものは続けなければならないのはまた大変だな」
これから行わなければならない諸々を考え、気落ちしていたようである。
「どうせならば、共有所に話を持っていくか……いや、流石に途中からと言うわけにはいかないな。とりあえず、NPCの運用、スキル作成の都合……既に遊んでいるプレイヤーとの兼ね合いもあるが、ある程度大衆向きの調整がいるか……面倒な」
そのまま歩き、夜の雑踏の中に男性は消えていった。




