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「ジジイとっとと避けろよっ!?」
光弾が過ぎ去り、夜市の姿が消えたとボス戦の参加者は思っただろう。実際には、とっさに影を渡りジャックがその持ち前の逃げ足で夜市を掴み退避していた。しかし、ジャックの奮闘も僅かに夜市の時間を残したに過ぎなかった。
「ふむ……助けに来てくれたことは感謝する。しかし、もう遅い」
「どういう……おい!? 下半身が……!」
光弾をよけきるには、少し遅かった。夜市の下半身はいくらかの光の弾を浴び、ボロボロである。腕も足もボロボロであり、このままジャックが連れて逃げるにしても足手まといだ。回復をすればいいのだが、それにはシャインの下まで行くか、シャインを連れてくるかだ。流石にここまで行くとHP回復のポーションで回復しきれるものではない。
そもそも、すでにほぼHPは尽きており、まだぎりぎり生き残っている崖っぷちの状態だ。間に合わない。
天使は既にジャックと夜市に対して狙いはつけず、前衛組に集中している。翼は光弾を撃ちだし、後衛組を牽制し、一部を前衛にもつぎ込んでいる。先ほどのように後衛を潰しにかからず、前衛優先の状況のようだ。
「戻ってきたか」
先ほど投げた槍、光線と化した槍が夜市の手元に戻る。あのスキルでは槍が変化するが、スキル終了後は元に戻る。当たった場所で再構築されるのだが、夜市の槍は手元に戻ってくる機能がある。
「若人よ、腰の袋に入っている者を持っていけ」
「はあ? おい、爺さん、いきなり何を……」
「このまま戻るのも寂しいものよ。あれを倒す手向けとするがいい」
夜市は腰につけている巾着袋に入っている者を持っていけ、と言っている。遺言みたいなものだが、スキルメーカーはあくまでゲームであるため、元の場所で復活する。しかし、ただ死んで終わるのも悔しい、ということで最後に残ったプレイヤーの手助けをしたいと言うことだ。一度ボスの命を削っただけでも十分な成果だが、かなり欲張りであるらしい。
「これは……」
「ポーション、MPとHPだ。うまく使うがいい…………」
ジャックが二つのポーションを受け取ったのを確認し、夜市はエフェクトに包まれ消える。まだ残れていたのは気力のためか。一応スキルメーカーはゲームでシステマチックなはずなのだが、そういう気合や気迫、精神論を反映したつくりである。
さて、後方でジャックと夜市のやり取りをやっている間に、前衛の様子が様変わりしている。今までは、攻撃しても大した傷をつけられなかったのだが、いつの間にかフィルマの攻撃が大きな傷となって天使に残るようになっていた。これに一番最初に気づいたのは攻撃を受けている天使自身であり、それによりフィルマを優先して攻撃するようになった。
次に気付いたのが牡丹、フィルマの順番である。牡丹は傷をつける場面を目にして、フィルマは攻撃が苛烈になった理由を考え始めてから。同じ前衛組でも、途中から戻ったアルフレッドは気付いていない。中衛組は攻撃の苛烈さは理解しているが、そもそもダメージを与えるようなことは出来ないため囮でうろちょろしているだけで詳しく傷の状況などを確認してはいないだろう。あまり囮として役には立っていないようだが。
今まで傷がつけられなかったのになぜ傷がつくようになったのか。誰かの支援スキルがあったとか、天使が二つ命が減って弱くなったとか、そういう理由でない。フィルマが強くなった、その一言に尽きる。しかし、戦闘でレベルが上がったわけでもない、スキルを作ったわけでもない、では一体なぜか。
スキルメーカーにおいてのスキルは、使えば使うほど経験値を得てレベルが上がる。相手が強ければ強いほど、そして戦闘中であれば余計に経験値を得る。最大最強のボス戦、それは戦闘におけるスキルの経験値をたくさん得ることができると言うことだ。その最前衛で戦っているフィルマ達には当然だが、スキル経験値を大量に得ている。それにより、剣術スキルのレベルが上がった。九、最大レベルに。
流石に最大レベルまで上げられた武術スキル相手に天使も防ぎきることは出来ない。武器もドワーフに鍛冶を学んだアメリアに作ってもらったもので、特殊効果も備えた高性能品だ。最も、属性系の特殊効果ではなく、単なる頑丈になる効果だが。
そんな最大条件が揃い、天使に大きく傷をつける、斬り裂けるまでになったのである。これは前衛組としては大きなことだ。同時に、天使にとっても危険を感じる者である。そのため天使は前衛組に攻撃を集中させている状況だ。特にフィルマに狙いをつけている。
「くっ! 厄介な!」
フィルマの行動速度は速い。移動速度の速さ、反射的な動作の速さ、刀の振りの速さ、色々な速さがあるが、全体的に高速戦闘が可能だ。だからこそ、なんとか回避できている。しかし、このまま攻撃が集中している状況は厳しい。
「持ちこたえな、フィルマっ!」
「くそっ、なかなか撃ちこめる隙がねえ!」
牡丹とアルフレッドも、天使の攻撃の隙を狙っているが、翼が一つ、前衛組に攻撃を行っている。その攻撃により、なかなかフィルマを狙っているすきを突くことができない。後衛組はもう一つの翼に牽制されており、中々攻撃に踏み切れない。
「……よし、奥の手使うっ!」
「奥の手?」
ツキが宣言し、持っている袋の中に弓をしまう。そして、別の出来がお粗末な弓を取り出した。
「これ、ちょっと扱いづらいし、終わったらきついし、弓一本使うし、MP消費大きいし……でも、いいや。流石にフィルマがあの状況じゃ大変だし」
ツキが上空に弓を投げる。ぱきん、と弓が弾け光の粒になり、地面に降り注ぎ……地面に光の弓が浮かび上がる。その弓の上に、ツキが乗っている。
「ブレイブさん、後は頼むね」
「え、ちょっと!?」
弓が引き絞られ、放たれた。その矢はツキ、その人だ。
ツキが高速状態に入る。無理やり高速で移動させられる、高速移動の状況だ。速度は一秒で百メートルを駆け抜けられるくらいの速度を出しており、普通ならば制御できずに壁や何かに衝突して潰れた肉塊なるだろう。
「ああ、もう、無理やり動かされるのやだー!」
ツキはこの高速状態を無理やり維持させられる。高速状態に合わせた思考の加速も併せて行われている。VRでの時間の加速、思考の加速はいくつかのVR世界で行われているが、スキルメーカーにそういうものはない。ただ、このスキルはそれが行われている。その精神の加速は、このスキル終了による通常時間に戻ったときに疲労として残る。肉体も、速度に合わせた負荷により、かなりHPが削られる。MPもほとんど消費し、弓も一つ失う。消費されるものの数はとても多い。だが、その分このスキルによる超速度状態はかなり魅力がある。一つに、相手が反応できないこと。時間が止まっているわけでもないが、一秒間にすべてが行われる。そして、加速状態の速度による攻撃として扱われることだ。その攻撃力は、現在のフィルマの刀による斬撃の攻撃力よりも大きい。ただ、この状態では強制的に走らされるので矢を放つのは無理だ。持っている矢用の短槍を突き刺す程度しかできない。
ツキは駆け抜けていき、天使に槍を突き刺す。腕、足、体、流石にこの一撃で死ぬことはないが、動きは鈍る。少なくとも多大なダメージとなるだろう。
「後はお願いね、フィルマ」
時間が戻る。
「何?」
「槍が」
天使の動きが鈍り、戸惑いを見せる。何者かわからない攻撃を受けた状態だ。その把握、状況確認、翼の反応すらも確かめ、一体何が起きたのかを理解しるまで天使には時間が必要だった。そのすきはとても大きい。
「はあっ!!」
ブロックの魔法を使って足場を作り、そこに立ったフィルマは、的確に首に向けて刀を振るった。その一撃により天使の首が飛んだ。同時に、胸の宝石の一つが砕け散る。
飛んでいった首が粒子になって消滅し、再び首が生える。流石にもう一撃加えることは出来ない。翼の光弾がフィルマを襲う。跳躍と空中跳躍を駆使し、空をかけ光弾を回避する。そして、このフィルマを狙った状態もまた、前衛組にとっては好きだった。
「腹ががら空きだっ! 破城槌!!」
二度目の破城槌スキル。一度喰らわせ、有効だと成りうることが分かっている以上、使わない手はない。流石に二度目は同じことをアルフレッドは起こさない。一撃加えた後、すぐに退避する。天使の傷が回復し、回復した胸の宝石はすでに二つまで減っていた。
「うおっ!?」
「ちっ!」
天使の腕がアルフレッドと牡丹を薙ぎ払う。攻撃すると言うよりは、寄せ付けない、近づけないことを目的だったのか、救い上げるよなやり方だ。一時的に天使の側から前衛が消える。そのまま、天使は一端プレイヤーたちから離れた。フィルマも前衛組のそばまで戻り着地する。仕切り直しの状況だ。
「ツキ、大丈夫?」
「ブレイブさん……? あー、はい、大丈夫です……ちょっと、あのスキル負担が大きくて……」
肉体に対するものは治癒魔法などで治せても、精神にかかった負荷は治療できない。それだけは時間をおいて治すしかないだろう。ツキは残ってはいる者の、戦力として数えるのは難しいだろう。
「あと二つ、どうする?」
「流石にまたフィルマが一撃を加えるのは難しい、アルフレッドの破城槌スキルはもう一度使えるようになっているかは不明、牡丹の攻撃力での突破は現状不可能、リュージ、オルハイム、ジャック、シャインは戦闘能力的にアウト、ツキはダウン……後二回、俺がどうにか手伝うしかないかな?」
隠しておきたくはあるものの、後衛組最大の戦闘能力を持つのはブレイブだ。ただ、今まで使ったことのある超スキル三つをここで使うことは出来ない。ばれるバレないではなく、攻撃範囲の関係で。
「新規スキルの開発だな……」
ないならば作ればいい。単体向けの、狭い範囲の超攻撃力スキルを。
「パティ、思考頼む」
「どうするの?」
「上に登る。空から、衛星砲での狙い撃ちみたいな感じにする」
上空からの狙い撃ち、直上からの一直線の砲撃であれば、誰も巻き込まないだろう。避けることも、超速度を実現すれば可能だ。
「はあ、ったく……おい、どうする?」
「ジャック? それにリュージも……中衛の役割は?」
「あまり役に立てないから、シャインも連れてきてこっちで守ることにした。ツキも、あれをした後だから心配だしな」
「そう……」
「それより、ジジイからMPポーション貰ったんだがいるか? 俺が持ってても使えねえし、魔法使いなんだろ?」
ジャックがMPポーションを見せる。確かに、魔法使いであるブレイブならば使い道があるかもしれない。しかし、今はそれよりも適任がいるだろう。
「それ、アルフレッドに渡せ。それさえあれば、もう一度破城槌が使える……運が良ければ二回使える可能性もあるかな」
どの程度回復するかわからないが、少なくとも一回使えるようにはできるだろう。一回だけでいい。一つ命を削れるのであれば、あとはブレイブが一回削ればいい。
「よし。守りは頼む」
「あ、おい! どこいくんだよーっ!?」
ブレイブがブロックで足場を作り、空を登っていく。
「何か考えがあるみたいだな。ジャック、それはあいつの言う通り、アルフレッドに渡してきてくれ」
「……あの前衛が戦っているところまでいかなきゃいけないのか」
天使と前衛組の戦闘が再び始まっていた。後衛組はブレイブもいなくなり、ほぼ戦闘出来ない状態だ。天使は前衛に集中できる状態となっている。流石にお互い猛攻の状態に突っ込むのは命がけだ。少し落ち着くまでジャックは待つことに決めた。移動は一瞬でできるのだから。




