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天使の体の中央に風穴を開ける、人間であれば腹から胸が吹っ飛んでいた状況だが、それから再生してしまった。その再生の結果、身体にアルフレッドの剣が巻き込まれ刺さっている。天使はそれを抜き、放り投げた。破壊すればアルフレッドは武器がなくなるのだが、そこまでの知性は無いようだ。
「あの野郎!」
「ああ、治療しますから!」
シャインが牡丹の切り捨てたアルフレッドの腕を治療している。一応、彼女の治癒の魔法は失った部位の再生もできるようだ。そういった内容は、スキルの作り方次第だ。ちなみに、部位の再生は総合的なHPに影響する。失った部位があればその分HPは下がる。
「しかし、不死身……? いや、流石に再生力が高いだけだとは思うけど……」
ぽつり、とブレイブが呟く。天使の強さも問題だが、それ以上に垣間見えた不死身性は殊更厄介と言える。そもそも、あれは普通の生物であれば確実に致命傷の一撃だが、それで死ななければ首を落とすくらいしか殺す手段はないだろう。不死身性のある生き物は、特定条件で不死身性を失わせることができるが、目の前の天使の不死身性の要因は今のところ不明である。
「ブレイブ、胸」
「胸?」
不死身性について考えていたブレイブにパティの言葉が飛ぶ。言われた通り、ブレイブは天使の胸を見る。変な意味ではない。胸部、腹部までに存在している宝石、五つの宝石がついていた。そして、一つの宝石が失われているようだ。その一部分に宝石があったらしき穴が存在している。
「……あの宝石、か?」
「確かに何か意味ありそうだけど……」
いつのまにかツキがそばまで寄ってきていた。ブレイブと同じく、宝石の存在を確認している。
「一つ失っている……ってことは、あれが命の源、もしくは不死性の原因かな」
「攻撃で失われたとかそんなのじゃなくて?」
「あの部分、さっき破城槌で吹っ飛んでた部分だからな」
今まで宝石がついていること自体は目に入っていたが、単なる生物特徴、身体の一部分みたいなものとして認識していたため、明確に意識はしなかったが、アルフレッドの一撃で一度天使は死んだ、それから復活したことで宝石を一つ失った、そういうことなのだろう。
「問題は、あれが一度復活させるための物か、命一つなのか、だよなあ……」
「それ何が違うの?」
「倒す回数」
前者はあと六回、後者はあと五回倒す必要が出てくる。アルフレッドの破城槌の使えるか椅子がいくつかは不明だが、少なくとも六回も使えるはずもない。つまり他の方法で天使を殺すしかないだろう。どこかの創作に似たようなタイプの存在があるが、それと違い同じ攻撃手段が通用しないと言うこともない。少なくとも、周囲の被害を気にしなければブレイブが倒すことは可能だが、そうもいかないのが現状である。そもそもそれをやれば範囲的にブレイブも巻き込まれる。
「まあ、死ぬほどの一撃を何度かやれば倒せるみたいだけど……」
「今でさえ攻撃受けられてる、通用しない、防がれてる状態なのに?」
現在通用した、と言えるのはアルフレッドの攻撃くらいだろう。ブレイブもそれ以上の攻撃手段はなくもないが、多くの魔法はダメージを与えることができても一撃で倒すようなものはない。別に一撃で倒す必要はなく、HPを削りきればいいだけなのだが、どれだけ削ればいいのか皆目見当もつかない状況だろう。
「アルフレッド! 破城槌は後なんかい使える!?」
「MPの自然回復次第だが、二回使えるかどうかだ!」
回復次第、と言うことである以上、一回は使えるが、二回使えるかは不明、ということだ。
「MPポーションは誰か持っていないか!?」
オルハイムが全体に訊ねるが、誰も返事はない。恐らくは、誰も持っていないか、持っていても温存しているか、だ。温存する理由は所持数の関係だろう。持っていて一つか二つだ。多くのプレイヤーは自分なりの奥の手を持つ。その奥の手をいざというときに使えなければ意味はない。それを使うとき用のMPポーションだ。アルフレッドの破城槌も優秀だが、アルフレッドが戦闘に加勢できるか、というと回復しなければ不可能である以上そうそう渡す選択肢を選べないだろう。
「っ! おい、そっち狙われてるぞ!」
「え?」
ジャックがシャインとアルフレッドに注意をする。シャインがどうしたことか、と天使の方を確認すると、彼女に向けて翼が向いていた。翼の動きと天使の動きは連動していない。天使自体は前衛組と肉弾戦の途中である。翼に光があふれ、光弾が発射されようとしている。
「きゃあああああっ!!」
発射された光弾を見てシャインは叫び目を閉じる。当たる、そう思ったがゆえの反射的な行動だ。しかし、その行動に反し、光弾を彼女が浴びることはなかった。
「ぐっ!!」
リュージがシャインの前に盾を構えて立っている。先ほどもそうだったが、守護騎士と呼ばれるだけあって後衛の守りに移るのが速い。
「リュージさん……」
「ったく、おい、早く回復してくれ、とっとと止めないとだめだろ!」
「あ、はい!」
自分たちを守る騎士の背中につい見惚れるシャインに大声でアルフレッドが呼び掛ける。治療の手が止まっていたのだから仕方がない。
「サンダーライン!」
後方から雷撃の帯が翼に向けて放たれる。翼は天使と連動していない、つまりは天使の手の届く範囲ではない。翼に光弾以上の攻撃を防ぐ手段はなく、サンダーラインはその名のとおり、帯状の攻撃だ。少々伸びる帯を攻撃された程度で撃ち落とされることはなく、天使の翼に直撃、翼は電撃を受け、一時的に機能がマヒした。それにより光弾が止む。
「ったく、ブレイブ、遅いぞ!」
「まだまだ余裕だろっ!」
先ほどの時よりも長時間受けていたためか、ダメージは大きいが、それでも問題になる程度でない。所持しているポーションを飲めば回復できる程度だ。
「よし、ありがとうよ」
「いえ」
アルフレッドの腕が復活したようだ。だが、剣がない状態ではアルフレッドの攻撃力が低い。
「ほら、アルフレッドさん」
「悪いな、ジャック」
ジャックがアルフレッドに剣を渡す。どうやら天使が放り投げた物を拾ってきたらしい。剣を受け取ったアルフレッドは前衛組に加わり、天使と戦う。
最初に脱落したプレイヤーは前衛に加わっていた双子だった。双子は、二人一組のプレイヤーで、単体でも相当に強いプレイヤーだ。しかし、前衛としての攻防一体の強さを持つオルハイムよりも弱い……正確に言えば、前衛後衛と入れ替わるせいで、それぞれが洗練されきっていないのだ。彼らの才能は高いものだが、それゆえに、両方を行う入れ代わり立ち代わりの戦法、双子ならではの戦法を使う用になってしまった。
それでは、足りない。普通のボスモンスターならばそれでも十分通用したかもしれ倍が、このボス相手には足りなかった。哀れにも、前衛組に加わっていた双子は天使の腕に潰され、ボス戦等から脱落した。
「よくもっ! よくもぉぉっ!!!」
その双子の死に、後衛に回っていた双子が激高する。彼等双子はもう片方をもう一人の自分、半身のようなものと感じていた。そうでなくとも、大事な家族だ。ゲーム内とはいえ、無残にも殺されてしまえば怒りもするだろう。
しかし、その冷静さを失ったプレイはよくない。後衛から前衛に入り、天使に斬りかかった双子のもう一人は、洗練されていない一撃を加えただけで終わった。ヒットアンドアウェイが彼らの戦闘手段であるのに、それを行わず、さらに斬りかかろうとして、天使に体を掴まれた。
「ぐぅぁっ!?」
ぐしゃりと体が潰された。しかし、まだ死んではいない。手に掴まれただけでは死ななかった。しかし、そのあとその手に掴まれたまま、翼から彼に向け光弾が無数に撃ち込まれた。回避も防御もできず、光弾の直撃を浴び、掴まれていた部分から出ていた頭と肩付近の上半身が吹き飛んでいた。そのまま、エフェクトによりプレイヤーの肉体が消滅する。
「くっ! ジローとサブローがやられた!」
「ちょろちょろしてたけど、やっぱりだめだったかい!」
戦闘能力的に天使に対し痛打を与えれていなかった。弱いと言うことないが、戦い続けても仕方なかった印象は前衛に入っているプレイヤーにとっては感じられていただろう。ある種の囮にはなったかもしれないが。
「若人が逝ってしまったか……過酷な戦いじゃから、死者が出るのは仕方がないのかもしれんが……」
「……あの、そこまで深く考えなくても」
夜市が顰め面を作り、妙な話を始めた。そして、なにやら決意した表情をする。
「ふむ……少々、本気で挑まねばならんか」
夜市の戦闘スキル、槍スキルや投げ槍スキル、投擲スキルと、槍を投げることばかりに特化している。もちろん、他のスキルも持っているが、レベルの高いスキルは投げ槍に関するスキルである。
そんな夜市の最大のスキルは、もちろん投げ槍を使う攻撃スキルだ。その威力、特殊性、性質、様々な要因から、ユニークスキルとなっている特殊攻撃スキル。
「我が前に立つでない! 者ども、退けえええええええええええええい!!!!」
声が、空間に響く。腹の底から出した大声、恐らくはスキルも同時に使って出した大声なのだろう。びりびりと空気が声の振動で震え、プレイヤーたちはその声に何かを感じたのか、夜市の前から退く。その鼓動により、夜市の前にはだれもいない道ができ、その前には天使が存在した。もちろん、天使は翼を夜市に向け、その翼に光が溢れる。
「神威の槍よ」
夜市は槍を構え、その穂先を天使に向けた。そして、一言だけ唱えた。それがスキル発動の合図である。
神の威を持つ槍、槍で有名とされる存在は、神の子を貫いたロンギヌスの槍、北欧神話のオーディンの持つグングニール、ブリューナクと呼称されることの多いルーの槍、場合によってはミスティルテインなどが槍として扱われることもある。他にも色々とあるが、神の威を持つ、となるとこの辺りが有名どころだろう。そして、夜市の持つスキルはその神の元にやる槍を、仮想的に使用できる、と言うものだ。
具体的な威力は、相手に狙いをつけた場所、その場所にめがけて、持っている槍が飛ぶ。雷と灼熱の閃光となり、槍を持つ腕から分かたれてその一点を撃ち貫く。必中、雷化による妨害の負荷、灼熱の熱量による熱、および熱による蒸発を起こし、当たれば普通は確実に死ぬものである。この天使相手にどれだけ通用するかは不明だが、天使は頭部への狙いを防ぐ傾向にある。頭部に狙いをつければ、確実に貫き破壊し、死をもたらすだろう。
このスキルの最大の欠点は、槍を放つ上で腕を失うことだ。持ている槍が雷と灼熱の閃光となる以上、それを持っている腕にもその作用が及ぶのは当然のことだ。さらに言えば、このスキル両手で持たなければ使えない。それだけ制限をかけなければ、流石にスキルとして取得できなかった。また、MPも最大値でなければ使用できない。
閃光が天使の頭部を貫き、焼き尽くし蒸発させる。頭部に大穴を空けた天使は、ぱきん、と胸の宝石の一つ粉々にし、その傷を修復した。同時に、翼に満ちていた光が光弾となって夜市を襲った。




