73
扉を開け、入ったプレイヤーたちの目に映ったのは、人型の存在だ。白い、少しぶよっとした肉質の体、その肉体は巨体、身長では四メートルほどはあるだろう。その人型の存在は、背中から伸びるように宙に浮かぶ翼をもっており、まるで天使と言うこともできるかもしれない。そして、その人型の存在、天使はその翼をプレイヤーに向け広げていた。その翼に光が生まれ……
「バリア!」
「バリア!」
先にバリアを唱えたのはパティ、それに続いて一拍遅れブレイブがバリアを唱える。一枚の壁ではなく、数枚の壁を自分たちの前方に展開した。天使の広げた翼から無数の羽の形をした光弾が打ち出され、バリアを攻撃する。一撃一撃の威力がそこそこ高く、その一発一発でバリアが一枚ずつ抜かれ、すぐにバリアがすべて破壊される。
しかし、バリアの破壊されたころにはすでにその光弾の狙いからプレイヤーたちは逃げており、バリアの向こう側にプレイヤーはいなかった。
「各自、それぞれの役割を全うしろ! くそっ、前と行動違うじゃないか!」
オルハイムが指揮役、まとめ役をするのには相応に理由があった。以前、このダンジョンに入り、ボスまで到達し一度戦った。僅かな時間とはいえ、ある程度相手の戦闘を確認し、それゆえにある程度指示出しできると考えていた。もともとコッチーニやパーティでの指揮役を担った経験もあったが、一度このボス相手に挑戦していたのが自負として大きかった。
しかし、その自負はあっさりと壊される。彼の知らない行動を天使は取った。しかも、明らかにプレイヤーの侵入タイミングを狙った攻撃だ。あくどい。
オルハイムの指示出しよりも早く、一人のプレイヤーが天使の近くまで近づいていた。速攻を仕掛けたプレイヤーはフィルマだ。攻撃力、速度、ともに高く、その速度の攻撃で切り抜け、ヘイトを稼ぐ。相手を殺せればよし、殺せずともヘイトを稼ぎ自分に狙いを引き付ける。
「っ!?」
攻撃を仕掛けたフィルマに帰ってきたのは鈍い手ごたえだ。肉を切り裂く感触ではなく、物を斬ることができずにずっと滑ってしまった感覚。つまり、フィルマの横抜けの一撃で天使に傷を負わせることができなかったと言うことである。
「おおおおおおおっ!」
「うらあああああっ!」
前衛組の残った二人、アルフレッドと牡丹が天使に攻撃を仕掛ける。それぞれの攻撃は天使に突き刺さすが、その肉厚からか攻撃は浅く入った程度だ。二人は刺さった武器がこれ以上行かないことを把握し、すぐにその場から離脱する。次の瞬間には天使が両腕を彼らのいた所に振り下ろしていた。一瞬でも判断が遅れて入れれば潰されていただろう。
「ひええ、あれは無理だわ」
影から現れたジャックは短剣で攻撃するも、全く通じない。天使も通じないためか、後ろに現れたジャックを無視している。攻撃が通用しないことが分かったジャックはすぐに影渡りで後衛まで下がる。
天使に向け、十本近い矢が飛んでくる。しかし、それは天使に当たってもダメージにはならない。目がないため、弱点となる部分を狙うことも難しいだろう。天使は手で防ぐ動作すらせず、攻撃としては役に立たない。
「矢ではだめなようじゃな」
「みたいだねー」
夜市がツキに話しかける。矢を雨のように降らせて攻撃、と言う手段も考えていたが、そもそもダメージを与えられないのであれば意味はない。
「じゃ、これで行きますか」
バッグからツキは短槍を取り出す。そして、それを弓に番える。
「ほう……」
夜市が槍をとる。ツキはその動作を気にせず、弓で槍の狙いをつけ、矢のように撃ちだした。以前竜に使った時に編み出した攻撃手段、それと同じ方法だ。普通の矢よりも威力が上がる。実は、これは投げ槍と同じことを弓術スキルで行っているだけ、なのだが。
撃ちだされた矢が天使の頭をめがけ飛んでいく。そのまま行けば、脳天をつらぬことができると思われたが、流石にそれは危険と判断した天使が弾く。しかし、その弾いた直後、もう一本飛んできた槍が、天使の頭に突き刺さる。咄嗟に頭をずらしたため、急所の貫通とはいかなかったが、初の大きなダメージと言えるだろう。
「……お爺さん、私の攻撃直後狙ったの?」
「ほほ、隙の大きい時を狙うのは定石じゃろう?」
あのタイミング、攻撃をピンポイントで狙える場所が分かっていたからこそである。前衛にいる三人のこともあり、なかなかその魔隙を縫って攻撃するのは難しいのだが、それを狙えるのが夜市の持つスキルと技術だ。だからこそ、一直線に飛ばせる投げ槍を使うのである。
「サンダーレイ!」
カッ、と光と轟音が響き、天使の頭に突き刺さった槍めがけ雷が落ちる。槍が刺さっていなければ、近くにいる他のプレイヤーに雷が落ちる可能性もあったが、槍が刺さっていたからこそ狙った魔法だ。ブレイブの魔法スキルである。流石にそれは危険と判断されたのか、天使の羽の片方が頭上を多い、雷を防いだ。天使の羽は攻防一体の戦闘能力を持つようである。
その攻撃能力が発揮される。防御に使用しなかった方の羽が、後衛であるブレイブたちに向けて撃ちだされた。
「やらせないぜ!」
間にリュージが入り、その盾を構える。同時に、防御スキルを使用し盾での防御力を上げ、光弾を防ぐ。かすかに押し出されるほどの威力だが、ダメージにはなっていない。
「ぐぐぐ……」
しかし、ダメージなっていないからと言って、光弾が無数に打ち出されれば流石に厳しいだろう。絶え間なく、休みなく、攻撃が続けられている。前衛組が本体を攻撃しているが、やめる様子はない。本体の動きと翼の動きは連動していないようだ。
「ファイアーボール!」
光弾を防ぐのではなく、それ以上の弾幕で飽和攻撃をし、弾を全部相殺する、それどころか、相手の翼を焼き尽くす勢いでファイアーボールを打ち出す。何二十日は本体に向けて撃たれているが、天使の体に当たったファイアーボールはその体で弾かれたように消滅する。どうやら相手の体は魔法スキルなどを弾く性能があるようだ。ただ、先ほど雷を撃った時に防いだように、一定条件が整っている場合は防げないようだ。
前衛組には双子の一方も参加し、中衛の付近で後衛のように遠距離攻撃を行っている。しかし、双子自体の強さはスタンダードな強さであり、攻撃特化の前衛三人と比べると見劣りする。フィルマの攻撃力と同じか、それ以下くらいだろう。
「回復しますね!」
「いや、大丈夫だけど……」
「余裕あるうちにしとけよ。ちょっとの回復が戦闘を変えることもあるかもだぜ?」
シャインがリュージのHPの回復を行う。ダメージはさほどだが、余裕のあるうちに回復できるものは回復する、ということだ。いつの間にかジャックも側にいる。まるで役に立っていないが、前衛組と比べるとやはり、単純に攻撃力の高いプレイヤーでない限りは活躍は難しいと言っていい。
「しかし、硬いのう……」
前衛組も攻撃しているが、致命傷を負わせることは出来ていない。うまく間隙を狙った夜市の攻撃が今のところダメージが大きい。前衛組もなかなか苦戦しているが、牡丹はハンマー側での打撃に切り替えたことで、傷こそ追わせられないがうまくダメージを与えることができているようだ。
それが相手にとっては鬱陶しい、厄介と言う考えになるためか、牡丹を集中狙いしてくるようになった。今はまだ避けられているが、このまま続くと避け続けるのはつらくなってくるだろう。
「ブロック!」
「バリア!」
後衛組、ブレイブとパティがブロックで天使の腕を、バリアで牡丹の前に壁を張り、攻撃のテンポを送らせる。ほんの一瞬と言ってもいい時間だったが、牡丹を攻撃圏内から抜けさせるにはちょうどよかったと言っていい。しかし、離れたことは逆に別の攻撃手段を誘発させ、天使の翼からの光弾が牡丹を狙い飛んでくる。
「やばいっ!」
筋肉の鎧もある、とっさに致命傷を庇おうとしゃがみながら腕を交差し防ごうとするが、その間にフィルマが割って入る。ぎぎぎぎぎぎぎん、と弾を弾く音が響き渡る。飛んできた光弾を全て刀で弾き落としているようだ。まるでアニメか何かのような行動だ。しかし、実際にできている以上、できるだけの技術、戦闘能力を持っているのだろう。速度主体のフィルマだからこそ、だろうか。
翼二つで攻撃を行っている、と言うことは本体はがら空きになる。そこを狙い、後衛組から槍が二本飛んできた。一本は頭に、一本は腹に。頭は腕で防ぎ、腹に来たものは受け止める。頭は弓で撃ちだしたツキのもの、腹は夜市の投げたものだ。
「これで腕は使い切ったよなあ!」
アルフレッドが、懐に入りこむ。両腕を使用している天使は、とっさにどう行動するか迷ったようで、一瞬硬直する。その一瞬を逃すアルフレッドではない。
「破城槌!!」
荒れ狂う破壊の一撃、それが天使を貫通した。腹回りの肉をえぐりとり、その背中まで抜けていく。天使は腹に風穴があいた形だ。
「うっしゃああ!!」
ぐっ、とガッツポーズしアルフレッドは勝利の雄たけびを上げる。
「ブレイブ!」
しかし、その時ブレイブにパティが危機を告げる。アルフレッドの危険を。
「アルフレッド! そこから離れろ!」
「何?」
肉が再生する。体を貫いた、剣をその腹に取り込んで。
「なっ!?」
アルフレッドは剣を抜こうとするが、抜けない。再生した肉に取り込まれめり込んでいるからだ。逃げられないアルフレッドに対し、天使は腕を振り上げ……
「何やってんだい!」
「うぎゃあっ!?」
その腕が振り下ろされる前に牡丹がアルフレッドの腕を斬り飛ばし、蹴り飛ばす。アルフレッドがいた所に天使の腕が振り下ろされたが、その前にアルフレッドは攻撃から逃れることができた。
「よっ、大丈夫か?」
「くそっ! 牡丹何しやがる!?」
そのままジャックが影の転移でアルフレッドを引きずり危険範囲から逃れる。翼の攻撃もある可能性はあるが、流石にその時は置いて逃げるしかないだろう。アルフレッドはそんなジャックに気を払うことなく、腕を斬り飛ばした牡丹に文句をつける。
「別に腕斬られたからって死にやしないだろっ! 痛みもないんだからっ!」
「全くないわけじゃないだろ!?」
「ちょっとカッターで肉を斬ったくらいじゃないか! だいたい、あんたが逃げてりゃやらなかった! 命の危機を救った感謝を言ったらどうだい!?」
「二人とも、戦場で言い合いはやめてくれないかっ!?」
オルハイムが口げんかしている二人を仲裁する。流石にまだ天使が生きている、と言うことが分かっている以上、すぐに戦闘に意識を戻した。天使は一度倒しても、まだ終わらない。戦いは続行されている。