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「……パティが、いったい、何なんですか?」
「……それが、私達にもわからない。それが一番の問題なのです」
「運営側もわからない……? ああ……なるほど」
言葉の動きの問題だが、要はパーティキュラーについて、運営側ですら何もわかっていない、ということだ。その何が問題なのか。それは、パーティキュラーが運営と言う存在ですらわからないものであると言うこと、だろう。
運営側は、NPCやスキル、プレイヤーそのものであったりと、ゲーム内におけるほとんどすべてを管理していると言ってもいい。たとえ、人間が完全に管理しているわけではないとしても、運営側の人物であるマツダが言う限りでは、少なくとも多くの物事を管理する運営NPCが存在する。その機能はこの世界のすべてに通じていると言ってもいい。NPCもその対象であり、例えば一番最初のボスの時に会うディーロッドがフィプリス坑道に召喚されるのは、そういう機能という側面もあるが、その機能を管理しているのは運営NPCだ。最初から完全に自動で償還される機能があったわけではない。
「……運営側でも、パティについてはわからないんですか?」
「多くのNPCは運営NPCに管理されています。その最初期の詳細データから、今現在どこにいるかまで。どのような経験を、どのような過程をたどったのか。そうでないと、スキルを与えることもできませんからね」
NPCはプレイヤーのように、自分自身でスキルを得ることは出来ない。その役目は運営側の手によるものだ。そうである以上、NPCに干渉できるのは当然のことである。
「しかし、パーティキュラーについては、全く情報が追えません。現状、あなたを追うことで把握できるのです」
「……それは」
「はい、わかっています。流石にゲーム内とはいえ、プライベートなこともあるでしょう。なので、情報を追うのはあくまでNPCです。その上、私達はその情報にアクセスできないようにされています。そのあたり、NPCの方が厳しいんです……」
「あ、そうなんですか……」
NPCは機械的な存在である。人間のように思考もできるし、柔軟な発想も可能だが、根源的な設定に逆らうことは出来ない。プレイヤーのプライベートを守るのは必要項目である。たとえ、運営側の人間が見たい、教えてほしいと言っても教えてはくれない。実は、スキルメーカーでは運営側の事情として、運営NPCの方が立場は上なのである。人間側は、本当に外向きの管理を行う側なのである。
「実を言うと、あなたをここに案内させたNPCですが……案内妖精でしたか? 彼も、パーティキュラーと同じで情報を追うことのできないNPCです。しかし、彼は基本的にこちらに自主的に協力してきてくれているので、そこまで問題視はしていません」
「だけど、パティは問題になると?」
「……いえ、そこまで言うつもりはありません。問題がないとは言いませんが、こちらに協力しなければいけない、など、プレイヤーの行動を縛るようなことはしません。ただ、それ以上の問題があるのです。それは、知識です」
「……知識」
ブレイブにはいくらか心当たりがある。パティが教える、スキルに関しての内容だ。このスキルを作れる、作れない。スキルの問題であったり、逆に利点であったり。少なくとも、スキルに関してのパティの知識はかなり深く広い。そして、所々の会話から、スキルメーカーの内部の事情に詳しいこともわかっている。
「はい、知識です……そもそも、スキルメーカーには、多くのブラックボックスが存在します。運営NPCも、私達も、外と内、両方から調査して、手の届かない部分が存在するのです。案内妖精は少しだけ話してくれましたが、自分たちのような存在意外が関与できない部分が存在する、とのことです。そして、基本的に自分たちはその内容について語ること、教えることはしない、とも。ですが……あなたの、パティだけは、少し違う」
「……パティは、俺に味方する、と言ってくれていますが」
「それです。本来、NPCは中立的な立ち位置です。たとえ、プレイヤーの手伝いをするNPCでも、プレイヤーに従順になることはありません。しかし、パーティキュラーはあなたの使い魔、あなたに従う存在となっています」
使い魔であるパティは、ある種奴隷のような存在だ。すなわち、ブレイブに従順で、忠実である。これは、システム的なものとしてそうなっている。もちろん、完全に使い魔として、互いに契約しなければそんなことにはならない。それは、使い魔を従えることに失敗した多くのプレイヤーの例を見ればわかる。使い魔側が相手を認めないとうまくいかないのが使い魔のスキルである。
その点、パティは最初から協力的だった。故に、使い魔としてのシステム的な、命令を聞くという性質は最初から存在している。だからこそ、パティは、いろいろと自分のことに関して聞かないでほしい、と何度も言っている。それは、聞かれたならば、答えなければならなくなるから、である。いくらか、誤魔化してぼかすことはできても、本気で訊ねられれば答えざるを得ない。それがパティの立場である。
「……それで、どうすると?」
「特に何もしません……ただ、あなたにはお願いがあります。これは強制ではないので絶対に聞き入れなければならないと言うことはありません。パーティキュラーに、このゲーム、スキルメーカーについて語らせないでほしいのです」
「………………むしろ、そちらが聞きたいと思ってたんですが」
運営側は色々と苦労しているだろう。預けられたゲームのブラックボックスに自分たちが干渉できない何かが仕込まれているのだから。それについて知り、的確に対処できた方がいいのではないかと考えるのは自然なことだと思われる。
「確かにそう思わなくもないでしょう。しかし、私達はあくまで、このゲームの運営を託されただけです。なので、過度に干渉するわけにはいかないんです……契約事項にも、いろいろとありまして……」
運営側がこのゲームを受け取ったときに、色々と情報の制限や、話してはならないことなど、色々と契約での取り決めがあったらしく、彼らも深く内部データに突っ込んだ調査をすることは出来ない。また、外部に話すことも基本的には禁止されている。ブレイブに話すのは、ブレイブはブラックボックス内部の何かにかかわっている状態だからだ。ちなみに、ブレイブ以外にこの会話内容を話そうとしても声が届くことはない。そういう風になっている。
「……話は分かりました。つまり、スキルメーカーについて、パティに聞かなければいい、ということですか」
「はい。すみません、お願い事をすることになってしまって……」
「いえ、そちらも大変そうですし……もともと、パティも聞いてほしくなさそうなので、深く聞くことはないですし」
「そう言ってくれると、助かります。今回は急な呼び出しに答えてくれてありがとうございます、お礼と言っては何ですが…………」
そう言ってマツダがアイテムを渡して来る。小さな鞄だ。
「……これは?」
「アイテムボックスの類です。スキルメーカーではその手のスキルはありませんし、魔道具としても限定的に売られているくらいのものです。最も、流石にそれほど高性能なものを渡すわけにはいかないので……何でも仕舞えますが、五つしか入れられない、という代物です。それでも、まあ、希少品ですからね」
「………………ええっ!? いいんですかこんなもの!?」
「ええ。まあ、お礼と言うか、お詫びと言うか、そのようなものです。今回、私共の頼みごとを聞いてくれるのですから」
流石に貰ったものが貰ったものなので、ブレイブはかなり恐縮してしまった。それでも、貰えるものは貰っておくようである。
「しかし、どこに行ったやら」
パティがどこに行ったのか見当のつかないブレイブは、NPCの居住地を歩いている。地味に視線をブレイブが感じているのだが、関わってくるつもりはないようだ。ただ、彼らにとってはプレイヤーと言う存在が珍しいのだろう。他のNPCとプレイヤーの違いが分かるかどうかは知らないが。
「む……? そこ行く御仁は……ブレイブ殿でござるか?」
「……ああ、確か……ええっと……ディーロッド!」
「もしや忘れ去られていたので御座ろうか……おかしな話しではないで御座るが」
ブレイブがディーロッドと出会ったのはかなり昔、スキルメーカーをプレイして初期の方である。一度会っただけのNPCを覚えている方が珍しいだろう。
「しかし、ここは拙者らの居住地で御座るが、何故ブレイブ殿がいるで御座ろう?」
「あー、ちょっと呼ばれたので。ところで……人形か、ぶっくりした服を着ている小さい子供のようなNPCをみませんでした?」
「ふむ……あっちの森にいたと思うで御座る。ちらっと見た程度なので、正確には覚えてないで御座るが」
「そうですか、ならちょっとそっちに行ってみます」
「うむ、さらばで御座る……あれ? もうお別れで御座るかー!?」
ちょっとだけ、再開した道案内役という形で出番がもらえたディーロッドである。