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現在のコッチーニは、モンスターに占拠されている。占拠されている、と言うだけではどういう状況かはわかりにくいだろう。基本的には、街の各地建物の外にモンスターが闊歩している、と言うのが大まかな現状だろう。建物の中に入っているモンスターもいるし、一部の建物は破壊されていたり、改造されていたりして、そこにモンスターが住んでいるケースもある。
基本的には、ボスモンスターの類が建物内部にこもっており、それ以外の雑魚モンスターが外を闊歩していると言う状況だろう。コッチーニを占拠したときにいた竜は、コッチーニを占拠した後、どこかに去っていった。
「グルルル……」
「…………」
外をモンスターが歩いている中、建物の影、死角の気づかれにくい場所に、プレイヤーが一人隠れていた。モンスター相手に隠れることができるのか、匂いや直核による追跡は、死角の広さや闇でも高い視力を持つモンスター相手には、などと色々と考えることはあるだろう。そういった、面倒な部分にはスキルで対処しているのである。
さて、何故隠れたり、においを消したりなどの、侵入や隠蔽の、盗賊向きのスキルを覚えてわざわざコッチーニにプレイヤーが来ているのか。それは、二つの理由がある。一つは、コッチーニの状況を調べることにより、コッチーニからアーテッドへものモンスターの侵攻の動きを調べることである。
現状では、コッチーニからのモンスターの侵攻はアーテッド側とマッフェロイ側のに方向にあるのだが、基本的に侵攻はマッフェロイ側に対するものが多い。しかし、アーテッド側に侵攻がないかというとそういうわけでもなく、頻度が落ちる者のアーテッドにコッチーニのモンスターが進行してくるのである。マッフェロイ側は、エムラント山林に存在する亜人が防壁となる上に、そこそこ強いプレイヤーもおり、第六の街まで行けるプレイヤーも少なくなく、かなり安全で、マッフェロイまでモンスターが到達しても守り切ることは当然のようにできるだろう。
しかし、それに対しアーテッド側は違う。アーテッド側にいるプレイヤーは、マッフェロイ側よりも少ない。これは、コッチーニ防衛戦で負けたプレイヤーがコッチーニ以外の街に戻されたことに原因がある。多くのプレイヤーはすでにマッフェロイに到達しており、コッチーニの防衛戦の時にはマッフェロイ側から戻ってきているのがほとんどだ。そうしてマッフェロイに戻されたプレイヤーは、アーテッド側に来ることなく、エムラント山林が封鎖される事態になった。故に、アーテッド側にいる強プレイヤーの数は少ない。
もちろん、新規プレイヤーの存在はある。しかし、新規プレイヤーが戦闘で役に立つかと言うと、コッチーニを占拠しているモンスターの強さを考えると全く役に立たないと言っていいだろう。故に、今まではかなり大変な状況下だった。テイルロマジアへの隠し道が見つかるまでは。北側エリアとマッフェロイ側がつながったため、プレイヤーがアーテッドまで戻ることができるようになったため、状況は改善された。
だからと言って、コッチーニの偵察をおろそかにしていいわけでもない。アーテッドへの侵攻がいつ起こるかわからない以上、すぐにアーテッドにいるプレイヤーに連絡できなければ、強いプレイヤーがいない状況で襲われアーテッドが壊滅する、ということになる危険もある。そのため、コッチーニに盗賊系の、気配を消せる、隠れることのできるプレイヤーが侵入し、情報をもたらしているのである。
「よし」
モンスターから隠れ、屋根の上に一人のプレイヤーが昇る。望遠鏡をのぞき、建物内のモンスターの状況を調べる。主にボスだが、それ以外にもモンスターの配置に変動がないか、配置されているモンスターの種類が変化していないか、数が変わっていないかなど。
彼らが書く場所にいるモンスターの強さや数を調べる。それが二つ目の理由だ。そして、何故そんなことをするのか。それは、コッチーニを奪還するためである。
現在のコッチーニは一種のダンジョンのような扱いだ。モンスターを倒しても、一定時間で復活する。ボスも複数存在し、相当に厄介なダンジョンと言える。そんなコッチーニの奪還条件は、コッチーニ内に存在するモンスターの全滅である。コッチーニ内のモンスター、すなわち、建物内のボスも含めたすべてのモンスター、および、外に徘徊している全てのモンスターだ。
さて、先ほども言ったが、ボスが複数存在しているコッチーニで、一定時間で復活するボスや他のモンスターが復活する前に全てのモンスターを倒す。それができるかと言うと、少なくともほぼ不可能と言っていいくらいだろう。最低でも数十人、下手をすれば百人を超える規模で街にいるモンスターの掃討が必要になるだろう。それくらいの規模だ。実力だけなら、それくらいの戦力はプレイヤー全体で見ればあるのだが、時間の都合、個人の都合、そして見返りの問題など、様々な点から、それだけのプレイヤーが集まる可能性は低いと言わざるを得ない。
それでも、まだコッチーニ奪還を目指すプレイヤーは存在し、そのための情報を集めているのである。
「交代だ」
「ああ、悪い……」
「大分疲れてるみたいだな」
「そりゃあな」
この監視、報告のプレイヤーは交代制だ。スキルメーカーも含め、VRゲームにはゲームプレイの制限時間が存在するため、どうしても交代制にしないと都合が悪いのである。できるだけ穴を空けないようにはしているが、個人の事情もあるので簡単にはいかない。なので、ある程度プレイヤー自身が積極的にやっていかないといけないのが現状だ。中々に大変である。
「それじゃ、落ちるわ……」
「ああ、ゆっくり休め」
ゲーム内で体力的な疲労はないが、精神的な疲労は中々にある。特に、こんなモンスターの群れの存在するダンジョンの真ん中で、隠れながらの監視、観察となるとその精神の消耗は相当なものになるだろう。
「……ふう」
流石に多くのプレイヤーに疲れが見えている現状、今来たばかりの彼もまた、このままでいいのかと思い始めている。しかし、プレイヤーを集めようにも、コッチーニ奪還に関しては多くのプレイヤーは積極的ではない。コッチーニだけ奪われている現状で特に問題がないから、そうなっている。
特に、今はテイルロマジアからマッフェロイへの道も開通し、コッチーニを通らずともマッフェロイ、フマーレストやペディアの方に行けるようになった。また、ある筋の情報によると、アルイヌイットにも、北エリアから行けるようになったと言う情報がある。北エリア、亜人の住むエリアの第四の街はドワーフの街らしいが、到達者が少なく情報が少ないため、まだ完全に判明はしていない。しかし、そこも開通されているとなると、ますますコッチーニを奪還する必要性はなくなる。
「このまま奪還しないままかな……」
そう彼が呟くと、影がかかった。いや、影ではない。光が差した。太陽の物でない、光が。
「え?」
何が、と思い彼は上を見上げると、そこには巨大な火の玉が存在していた。点には太陽が存在するのだが、其れよりも大きい……いや、大きくなっている。ドンドン近づいている。それを一言でいうならば、隕石と言っていいかもしれない。そんな、超大な火の玉がコッチーニに向けて振ってきているのである。
「ちょ、な、どういうことだよ!?」
男性プレイヤーは慌てる。それはそうだろう。自分のいるところに、街を飲み込むような火の玉が降ってこようとしているのだから。
「に、逃げないと!」
その判断は間違ってはいなかった。ただ、気づくべきだった。今いる場所が、モンスターたちのたくさんいるダンジョン内の中心部分であると言うことに。つまりは、脱出が簡単にできる場所ではない。
モンスターに気付かれないように、襲われないように脱出をしなければならない。モンスターは上から降ってくる火の玉に気づいているのか、いないのか、特にその行動が変わりない。故に、脱出するにも緊張と焦りが伴い、モンスターに見つかりそうになり、移動が難しい。
そして、彼は脱出できなかった。
「う、うわああああああああああっ!!!」
一瞬、火の玉に体を焼かれ、死に戻る。
「……あれは一体?」
プレイヤーが死に戻り、少しの間呆けていた。しかし、すぐに今回のことを報告しないといけないと気づき、関係各所に連絡を入れる。コッチーニにいるのは彼だけでなく、そちらからの情報もあり、その情報が真実だと判明する。また、コッチーニに向かったプレイヤーから、コッチーニにNPCが存在する、すなわち奪還成功している状態になっていたことが伝えられた。
いったいどうしてそうなったのか。プレイヤーはもう、混乱状態である。運営側からの手助けか、それともどこかの超強力なNPCが気まぐれで何かをしていったのか。それとも、時間経過で強制的にコッチーニに火の玉がおち、自然と奪還できるイベントがあったのか。その真実は謎に包まれたままとなった。
「プレイヤーも巻込んじゃったね」
「PKって問題あるよな?」
「顔見られない限りは通報できないし、下手すればあれがプレイヤーメイドの魔法だって気づいてないんじゃない? だから大丈夫でしょ」
彼らを除いて。今回の火の玉、それはブレイブの使った魔法である。超強力な魔法スキルによる、街ごと全てのモンスターを破壊する攻撃。しかも、一撃で全滅させるほどに強力な魔法である。
常識的に考え、そんな魔法を使う手段が存在するのか。スキルとして、そういう魔法を作ることができるのか、それに関しては是、可能である。ただし問題が一つある。それはMPの量だ。街を飲み込み、そこに存在するボスモンスター全てを殺しきるような魔法、そんな魔法に必要なMP。百や二百どころか、千でも足りないレベルだろう。
つまり、普通はそんなスキルを作ることも使うことも不可能である。ならばなぜ、ブレイブはそれを可能としたのか。
「で、どれだけ消費を取り返すことができてる?」
「半分もダメ。ま、当たり前だけど。あそこにいるのが全部ボスモンスターだったならともかく」
「……まあ、なんとなくわかってたけど。経験値量的に」
ブレイブのスキル、MPを肩代わりするエネルギーを溜めるスキル、それは『経験値をため込み、MPの代わりとして使用するスキル』である。