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防衛戦は過酷な状況となっている。街への襲撃、ということから、モンスターの数は相当なものだ。そのモンスターの戦闘能力もまた相当だ。具体的にいえば、コッチーニ南に存在する湿地帯に出てくる強力なモンスターが存在する。しかも、一体や二体ではない。それ以外にも、多くモンスターが群れを成して街を襲撃しているのである。
「ああくそっ! ブレイブがいたらなあっ!」
町の一角で襲撃を行っているモンスターをリュージ達が相手をしている。遠くにはモンスターの群れが他のプレイヤーを襲っている。ここに集まっているプレイヤーは、半数がまだ第四、第五の街に到達していないプレイヤーである。第四の街に行くには、巨大モンスターの撃破、第五の街に行くには群れを成すモンスターの撃破、それぞれの戦闘形式に対応できること、それが第三の街の先に進む条件なのである。
つまり、現時点で第三の街から先へと進めないプレイヤーは、ここで起きている戦闘に対応できるほどの戦力ではないと言うことだ。それでも半数、つまりもう半数は第四の街、第五の街へと到達したプレイヤーであり、ここに出てくるモンスターに対処できると言うことだ。それでも、モンスターの総数を考えるとつらいものがあるだろう。
もし、ブレイブがいれば。少なくとも雑魚は一掃されている。その分だけ、かなり楽になったことだろう。しかし、ない物ねだりをしても仕方がない。
「兄さん、少し行ってきます!」
リュージとツキから離れ、フィルマが戦場を駆ける。モンスターの横を駆け抜けて行き、すれ違いざまに切り捨てていく。雑魚はそれで済むが、それ以外は斬撃ダメージの一撃を与える程度だ。それでも、多くのモンスターの意識を自分へと向けさせ、自身に引き寄せることで他のプレイヤーの負担を軽くしている。
そうして自分に意識を向けさせたところで、地を蹴って跳躍し、さらに空中を蹴り、建物の上に登る。手の届かないところに行っても、ある程度のモンスターはまだフィルマの方に意識を向けており、暫くは引き付けられるだろう。
「くっ!」
リュージが現在戦っているのは湿地帯で出てくるサイの魔物だ。一体ならばまだ難しくもないが、何体も存在している。他のモンスター、これよりも弱いモンスター程大量に存在するわけではないが、それでも百人ほどのプレイヤーを軽く壊滅させられるほどには存在している。
サイはコッチーニに来た当初では相当に強力なモンスターだが、第四、第五の街に到達できる程度のプレイヤーにとっては十分対抗できる、中ボスレベルの雑魚モンスターである。よって、横でプレイヤーの一団が壊滅させられたが、それでも数を減らすことは出来ている。
ごっ、と遠くで空気がはじける。多くのモンスター、リュージの倒したサイと同じモンスターが数体吹っ飛んでいるのが見える。
「うわー、凄い」
「あれが破城槌か……」
掲示板でもかなり知名度のある"破城槌"と呼ばれるプレイヤーのスキル、そのまま二つ名と同じ名前のスキルだ。威力だけはとんでもないもので、通常の雑魚モンスターであれば当たれば肉塊、巻き込まれるだけでも死屍累々、というくらいの強さのスキルだ。惜しむらくは、必要MPと効果範囲の狭さだろう。距離はそこそこにあるようだが。
そんな中、またモンスターの群れが押し寄せる。第一陣程の強さではないが、その分数が多い。第一陣のモンスター群でも相当の数だったが、それ以上の数だ。
「ああ、やっぱりブレイブがいれば楽なんだけどなあ」
「言っても仕方ないでしょ」
嘆いた所で現実が変わるわけでもない。モンスターの群れは押し寄せてくるが、そのモンスターの間に土でできた人型の存在が作られる。その人型の存在はモンスターの群れに立ち向かい、ある程度モンスターの進軍を防いだ。
「おお、凄いな」
リュージ達のような、普通の戦い方とは違う戦い方だ。なんだかんだで一対一、普通のゲームのような戦闘手段をしているプレイヤーが多いが、それとはまた違った戦い方だ。最も、あの手法は確実にMP消費が半端ないものであるだろう。破城槌のように一回しか使えない手段だ。
抑え込んでいるとはいっても、もちろん隙間は存在する。その隙間を抜けてくるモンスターもいるが、それを狙って土塊が飛んできて、間を抜けたモンスターを吹き飛ばしている。そんな抑えも長くは持たない。土でできた人形はモンスターを抑える中で壊され、元の土に戻る。
しかし、そんな抑えこみが功を奏し、多くのプレイヤーはポーションを飲んだり、武器や防具を整えたりと、戦う準備を終えている。
「よし、あのサイの数もほとんどいなくなったし、雑魚ならまだまだいけるな!」
「……雑魚だけかなぁ」
数を頼りにしているモンスターは単独の強さはそこまでではない。物量だけで言えば、数はだいぶ減ったもののプレイヤー側も負けてはいないだろう。第二陣とプレイヤーが当たる。なんだかんだでいまだにプレイヤーの総数の方がモンスターよりも多い。消耗戦故に、倒されるプレイヤーも存在するが、それ以上にモンスター側の方が消耗が激しい。
ちなみに、プレイヤーの復活は今回に限り、コッチーニでは行われない。プレイヤーはコッチーニ以前に最後に訪れた街で復活することになっている。一応、アーテッドからならばコッチーニまで来ることは不可能ではないが、結構な強行軍で来なければならないだろう。これは、復活したプレイヤーが戦線復帰するようになると、死に戻り前提の戦い方ができるからだろう。無理や無茶も簡単にできるようになってしまう。それではイベントとしての意味はないだろう。
第二陣もほとんどいなくなり、ようやく戦闘が終わる、と思った頃、風を切る音が聞こえる。そして、大きな影が空を駆けて行った。
「っ!? 竜!?」
ドラゴン。明らかにボスかと思われるようなモンスターである。そして、それが率いる、鳥型モンスターの群れ、また地上にも、いくつかのモンスターの群れが見える。大地と空にいるモンスターの数は大体同じくらい。総数だけで見れば、第一陣程だろう。しかし、空中を移動するモンスターが相手となると厄介さは跳ね上がる。
「ツキ!」
「わかってる!」
地上のモンスターはほぼすべてのプレイヤーが相手をできるが、空中を駆けるモンスターは話が違う。上にいるということから、どうしても意識を向けにくい。また、逃げやすいと言うのも難点だ。だからこそ、遠距離攻撃が光る相手でもある。しかし、弓を扱うプレイヤーの数は全体からみるとそこまで多くはない。必然的に、空のモンスターの相手が難しいということになる。
地上のモンスターにも、空のモンスターにも、プレイヤーたちは奮闘する。しかし、戦果は芳しくない。状況がよくなってくると思ったら竜が吠え、それによりプレイヤー側がかき乱される。また、モンスターたちも動きを変えてくるのが確認されている。
「あの竜、絶対ボスだろ!?」
それが分かっていても、竜にはなかなか近づけない。竜はずっと空を飛んでいるからだ。どうやったらあの巨体をあの翼で空中に維持できるのか、という疑問はあるが、今はそんなことは関係ないだろう。
もちろん、プレイヤー側も竜がボスであることが分からないわけではない。今までの様子を見れば明らかだ。しかし、弓を持つプレイヤーが攻撃を仕掛けても、攻撃が届かないのである。届いても、弓矢では効果的なダメージならない。さすが竜というべきか、強力な存在である。
「普通の矢じゃ無理っぽいなー、あれ」
何度か矢を射ったツキの感想である。普通の矢では、どれだけ強く打ったとしても、その一撃は軽い。スキルを使って威力を上げても、まだ足りないと思える程度には普通の矢では威力が足らないようである。
「あの槍を矢にしたらどうだ?」
「えー? まあ、やってみるけど」
槍を矢に用いた結果、一射目は失敗した。届く届かない以前に、途中でひょろっと落ちたのである。
「やっぱ無理じゃない?」
「いや、途中まで行ったんだしできるんじゃないか?」
全く成功しないわけではなさそうだ、というのが横から見ていたリュージの感想である。次に槍を渡され、仕方ないと射る。槍はひゅんと、風を切って飛んでいく。成功である。その槍は空飛んでいる鳥型のモンスターに刺さり、その命を奪い地上に落とす。
「行けるじゃないか」
「みたいだけどさあ……ま、兄さんが言うならやってみるけど」
三射目、その槍は竜へと届く。そして、ぷすりと鱗に刺さる。
「……刺さったな」
「ダメージなさそうだけど?」
確かに刺さりはしたが、ダメージはない。どう考えてもただ表面に刺さっただけ、皮一枚を抜いただけ、だろう。実際、竜もそれに痛みを感じている様子はない。ただ、刺さった槍を見て、その槍の飛んできた方向に目を向ける。
「あ」
「どうしたの?」
「……目が合った」
ぞくり、とリュージの背筋に悪寒が走る。現実世界でないのにそんなリアルな感覚を再現しているのか、とどうでもいい考えと、今すぐ逃げるべし、という思考が湧く。
「逃げるぞ!」
「え、あ、わぁっ!?」
ツキがリュージに引っ張られ、半ば連れ去られるように逃げる。そんな中、空に浮かんでいた竜は口に光を溜めている。光、というのは正確ではない。炎である。熱量故に、光のように見えると言うだけだ。それがリュージのいた場所に向けて放たれる。もはや炎、というよりは熱線、レーザーとかビームとか、そういう言い方の方がふさわしいものだ。それが町の一角に撃たれ、爆発炎上した。
「ひえー……あれ勝てるのか?」
幸いなことに、街で防衛線を行うと言うことで、多くのNPCは先に別の街に避難しているようだ。一部のNPCはまだ残っているが、残っていたNPCも、まだ残ってる者以外は戦闘が始まった時点ですでにこの街から退避している。
街を破壊する一撃を放った竜は、空から地上へと降りる。それにより、多くのモンスターが踏みつぶされ、残ったモンスターも巻き込まれてはたまらないと逃げ去る。空を飛んでいたモンスターも、多くは竜の後ろへと退避した。
その結果、プレイヤー対竜の構図となった。これ幸いと、一気呵成にプレイヤー側は竜に戦闘を仕掛ける。しかし、良く考えるべきである。何故あれほどの熱線を放てる竜が、今まで攻撃してこなかったのか。そして、熱線を放った後何故地上に降りたのか。空を飛ぶモンスター、地上を駆けるモンスターたちがなぜ、竜から逃げたのかを。
コッチーニ襲撃、その防衛戦はプレイヤー側の敗北に終わった。