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おおよそやれるだけの準備は整えた。戦争の日、再び死神との戦いが始まる。
死神は毎回戦争がはじまると同時に冒険者のいる場所へ突っ込んでくる。
恐らく死神がいつもその場所にいるか、冒険者たちを突っ切る戦法をとることになっているのかのどちらかだ。
後衛で師匠と一緒にいたときに突っ込んできたことからも、明らかに戦争におけるトップ、王を狙っているのだろう。
そのため、戦争に対しての意思が統一されていない、急募の兵士である冒険者たちを突破していくのだ。
今回も同じだ。冒険者たちに死神が突っ込んできた。
前のほうに行ければいいのだが、最前列で死神を受け止めると相手の兵士たちがどう動くかもわからない。
後ろである程度深入りしてきたところを狙う。突っ込んでいく冒険者と逃げていく冒険者で大きく空間があく、あのタイミングだ。
空白。死神と冒険者たちの間に空間ができる。
死神はその空間を詰める。そこに躍り出る。
大鎌が振るわれる。剣で受け、その斬撃を逸らす。
今までの経験上、ただ受けるだけでは流石に魔銀を使った武器でも持たない可能性が高い。
死神の振るう大鎌は技術を持ったものではなく、力任せの大振りだ。
技術の伴わない攻撃であれば、技術の伴った防御でその矛先を逸らすくらいのことはできる。
逸らした大鎌はそのまま相手の手元で持ち替えられれ再び振るわれる。
何度も受けた攻撃だ。今度は流石に逸らすことができず受け止めるしかない。
その後も何度も斬撃が来る。それらの多くは攻撃を逸らし避け、避けられない攻撃は何とか受け止める。
流石にその力は現在の身体強化で強化された状態でも受け止めるのがせいぜいだ。
何度も攻撃を避け、受け止め、隙を見出す。
繰り返し振るわれる攻撃の中に、わずかに隙を見出しそこに攻撃を入れる。
魔術は使えない。魔術を使おうとすると確実に回避される。
師匠といた時に使われていた数での攻撃も防がれていたが、どうやら魔術の使用を検知できるらしい。
せいぜいできるのは身体強化と、師匠に教えてもらった空間に壁を張る魔術くらいだ。
この壁の魔術も相手の攻撃を数度防げるくらいで、さらに張った壁の内側からも攻撃できない、一時しのぎだ。
今は小型化に着手し、手の甲や腕のみに張れるように改良中だ。できるようになれば戦法が変わってくる。
暴風のような猛攻を受け続け、唐突に攻撃がやむ。
「強いね」
話しかけられた。
「今まであなたみたいに私の攻撃を防ぎ続ける人なんていなかったんだ。だから、すごく楽しい」
にこり、と笑顔を向けられる。誰かが言っていたような気がする。笑顔とは攻撃的なものだと。
ぞっとする。首に剣を当てられたかのような悪寒。
「もし、私に勝って、その時に私が生きていたら……何でもいうことを聞いてあげる」
相手が大鎌を構える。
「だから、本気で行くね」
暴風。今までの攻撃よりも圧倒的に早い攻撃だ。
防げたのは二度。そして三度目は防げず、体で受けてしまった。
ほんの一瞬で繰り出された攻撃だった。
前回のループでは相手と対等に近い戦闘ができていた。防戦一方だったが、何とかなっていた。
最後に相手の本気を見れたのは、ある意味不運である意味幸運だ。
相手が今以上に強いということは相手を倒すのに必要な条件が遠ざかったということである。
しかし、逆に言えば相手の全力が分かったということはそれに合わせた条件さえそろえられれば勝てるということだ。
つまり、ループを閉じる終わりが見えたということだ。
ループを繰り返していくうちに、ある時思うことがある。
あまりにループを繰り返しているせいで、時々どうしてこういう対応をしているのか、が分からなくなってきたことだ。
ある事件に対し、なぜわざわざ迂遠な行動をとっているのか。この事件を起きた当初は無視し、しばらくしてから解決するのはなぜか。
何故あの人の行動に対してこのような発言をとらなければならいのか。なぜあんなことを言って怒らせたり悲しませたり、暴力事件に発展させる必要があるのか。
あまりにループを繰り返すうちに、なぜそんなことをすることになったのか、記憶があいまいになっている部分が増えてきた。
もうループも何十とおこなっている。流石に百もいっていないだろうが、ループの周期は早めに死んでしまう事例がない限りは一年近くだ。
もう何十年分の記憶を保持していることになる。それはもう、色々なことを忘れても仕方ないだろう。
しかし、それは問題だ。忘れすぎてしまうとまた同じミスを犯す危険性だってある。
なので、どうすれば記憶を保持できるのか、それを考えた。
一番可能性が高いのは魔術を利用することだ。
「ふむ。使い魔の作成か」
「はい。実は、精神系の能力を持つ使い魔を作りたいと思ってます」
自分で記憶できないのであれば、記憶する端末を作ればいい。
最大の問題は自分がループしてしまうので、戻った先に持っていけないことだ。
だが、ループの中で過去に持っていけているものがある。
「ということは光属性の使い魔じゃな」
「いえ、闇属性の使い魔を作りたいと思います」
「闇属性じゃと? ふむ……闇属性となると、相手の精神に打撃を与えるか、寄生させて魔力を奪うタイプか」
使い魔は基本的に主の魔力を提供されてその存在を維持する。
だが、その中で精神に負の影響を与える闇属性の使い魔の場合、寄生して魔力を奪うという手段で魔力を確保できる。
しかしこの使い魔はそういう意図で使うものではない。
「寄生する系統ですけど、自分に寄生させるんです」
「……ふむ。自分で魔力を提供するのと与える影響は変わらんが……どういう意図じゃ?」
「精神に寄生し、自分と同じく思考する使い魔と思考を共有しようと思います。精神に攻撃的な影響になるのが問題ですけど、それはつまり精神、思考への介在です」
「なるほど。寄生した相手に精神を通じて会話するということか。思考できる使い魔であれば、自分の思考を主に伝えることはできよう。発想は面白いの」
一番重要なのは、この使い魔が見てきたこと、経験全てを記憶することだ。
逆に言えばそれ以外の能力は必要ない。
「ふむ。実際にその使い魔を作ってみんとどうなるかわからんのう。とりあえず作ってみよ」
「はい」
使い魔は簡単に作成できるものではない。使い魔は一つの魔術だ。
魔術でありながら、現実に実体化しつづけ、意思を持つ特殊な魔術だ。
使い魔を作る魔術は全属性の魔術であり、さらにその中から望む使い魔の属性をより分け、抽出していく必要がある。
空間、生命、物質、エネルギー、精神。それらがバランスをとり、使い魔の肉体を形成する。
そして、その中に使い魔としての力を注入し、使い魔として育てていく。
この魔術は何日もかけて扱うもので、作成途中で魔力切れになり休むことになることもしばしばだ。
途中で霧散してしまうことも珍しくはない。特殊な魔術の陣を作成し、その中に形を残す事で霧散しないようにしている。
だが、それでも込めた魔力が抜け、形成されている魔力の肉体も小さくなる。
それらを何度も何度も直し、魔力を込めるのを繰り返す。
使い魔作成にはおよそ一月はかかっただろう。
そこには使い魔がいた。人形の少女……いや、少女の人形か。
「ふう。えっと、あなたがわたしのご主人様?」
「……なんで人型で少女なんだろう」
特に肉体の形態は意識しなかったが、思考する、記憶する、を能力の中核にしていたはずだ。
「お前さんが意識していた思考する、ということは人間種ができることじゃからな。思考することができるのは人間の形をしているものである、という考えがお前さんの中にあったんじゃろう」
「でも少女なのはなぜ……」
「無意識的なものじゃろうな。使い魔は作らない者も多いが、魔術師のパートナーみたいなものじゃ。なれば異性の姿をとってもおかしくないじゃろう」
そういうものだろうか。だが、確かに男の姿をとるよりはいいかもしれない。
自分の体の内に潜ませるのであれば異性のほうが好ましいだろう。
「わたしのことはパティってよんでね!」
「名前決めてないのに……」
その辺にあるものを見て回っている。ぴょこぴょこ動くさまは本当の人間の少女のようだ。
自由奔放な性格のように見受けられる。
作ったはいいが、使い魔……パティの役割は記憶すること、精神に寄生することだ。
そして一番重要なのが自分が過去に戻るときに彼女がどうなるか、だ。
恐らくこれ以降使い魔は作らない。過去に戻るときに一緒にいなければ使い魔を作っても意味がない。
そして一緒にいるのならば、もう一体を作る必要はない。
自分の考えが正しければ、ループの際に戻る場合、魂や精神はそのまま巻き戻る。
本当に魂や精神がそのまま戻るのであれば、それに寄生する使い魔も同時に巻き込めるかもしれない。
あくまで希望的観測だが、これから先必要になるかもしれない。今回のループでどうなるか、それしだいだ。




