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「ふんふふんふふーん」
わたしはのんびり街の中を歩いている。歩いている、と言っても、ちょっとだけ浮いているから他の存在のように地に足をつけて歩いているわけじゃないけど、空中でもやっぱり足を動かして歩いていれば歩いているでいいよね?
今日は久々に、のんびりと街の中を見て回れる。最近は色々と忙しくて危なくて、余裕がない日々だったから、久しぶりにこんなふうにできるのはとてもうれしい。
相変わらず、空気や雰囲気はよくないけど、それでもずっと部屋の中にいるよりはいい。いろんな存在の姿を横目に、私は街の中を歩く。歩くだけで十分楽しいからとっても経済的。私たちが経済を気にする必要はないだろうけど。
「あれ?」
町の中を歩いていたら、何か変な感じのする場所を見つけた。前はこんな場所なかったよね。ちょっと前にいろいろあったから、その時に何かあったのかな?
「んー、変な感じ。何だろう?」
特に変なのは、感じる風。いつも感じるこの街の風とは違う。澄んでいる……と最初は感じたけど、そこまできれいなわけじゃなかった。でも、この街のものよりははるかにきれいな風。相対評価、ってやつかな?
変な話。この街にいて、何でそんな風があるんだろう。この街の空気は何処も一緒、ならその空気を風に感じるはずなのに、感じるものは別物。まるでこの街以外のところから風が吹いている、そんな感じがする。
その風の元を探して、到達したところには何もない。おかしい。
「……ここかな?」
何もない場所から、綺麗な風が吹いている。いや、何もない……そう見えるだけだ。風を伸ばしてみてみれば、そこには何か変な穴が開いているのが見える。
「何だろう、これ。普通のものじゃないみたいだけど……」
常識的なものじゃない。少なくとも、わたし達ですら知らないような、とっても奇妙なもの。わたしだって普通じゃないけど、それ以上に普通じゃない。
「んー、だめ? こう……」
穴にいろいろとやってみるけど、特に何かができるようには感じられない。もっと大きくできれば向こうのことを見れるかな。風だって、もっとこっちに吹き込んでくれればかなりいい感じなのに。この街の空気はまだいい方だけど、それでも空気は悪い方。澄んでいるって感じるくらいにきれいな、汚れているけど綺麗な空気が入ってきてくれるならわたしはとっても嬉しい。
「だめだー!」
どうがんばっても、穴が広がる感じはしない。そもそも、穴は物理的に存在しているわけじゃないみたい。いや、それはどうでもいいや。物理的じゃない方法でもいろいろ試してみるけど、やっぱり広がらない。
「んー……せめて、向こう側だけでも確認したいなあ」
きれいな風、綺麗な空気なんて本当に久しぶりだから。そこに何があるのか、どんな場所なのかが見たい。この穴が何かはわからないけど、恐らくそんな場所に通じているはずだと思う。何かその手の方法は……あった!
「わたしなら……でも、あんまりうまくはできない? エルナなら多分得意かどうかはわからないけど、わたしよりはできるかな」
あんまりうまくはないだろうけど、やるだけやってみる。これだけきれいな風があれば、わたしだって色々とできる。風を捕まえ、自分の意思を載せ、形を作る。この場所じゃなくて、この穴の向こう側。どんな場所かわからないけど、そこ『わたし』を送って、その場所で形を作る。風は流動するものだから、常に私がつながってなければならないのが問題かな。この場所から移動しにくくなるのはとっても問題があるけど……多分、今は大丈夫だから。
「いっけー!」
向こう側で『わたし』を作る。風の塊、風の精霊たる自身の分身を。
『わーっ! 凄い!』
穴の向こう側にはたくさんの摩天楼があった。こっちでも見るような、普通の家もたくさんあるけど、それ以上に高い建物が多い。あんな建物殆ど無いはずなのに。
『ここどこだろう……? 風も空気も全然違う』
ここの風はこっちとは全然違う。綺麗だ。汚いけど綺麗だ。全然、わたしでも余裕のある綺麗さだ。
『うーん……ちょっと見てこようかな』
今いる場所は物陰だ。私はそこまで大きくないから、しかたないけど、普通に移動しようとしたら大変だね。私は飛んでるから別に問題はないんだけど。
『ひやあぁっ!?』
物陰から出たら、たくさんの人間がいる。思わず隠れる。これだけ人間がいたらさすがにバレちゃう……と思ったけど、どうやらここの人間は精霊を見る道具を持っていないみたい。
『……ちょっと前のことがあったからかな?』
誰も持っていない、っていうのはちょっと変だけど、そんなこともあるかも。人間に近づいてもそうそう見つからないから大丈夫だとは思うけど、もしかしたらどこかで精霊が見える何かがあるのかも。どうしよう。あ、わたし本体じゃないからあまり意識しなくてもいいかな?
『ふんふんふふーん』
人間の側を鼻歌交じりで移動しても問題ないなんて凄い。これは自慢できる……前に、信じてはくれないかな。流石に変だし、おかしいもんね。
『でも、本当にここどこかな?』
自分とのつながり、本体ととのつながりは穴の方に伸びている。風だからわかるけど、その穴の方にしかつながりがない。風や空気である以上、薄くても繋がりがあれば穴以外の、本来の空間のつながりがあるのに。変な感じ。
『うーん……』
考えながら、人間の街の中を移動する。見たことのない動く箱とか、眩しい箱、いろいろと変なものばかり。そんなかを通っていると、人があまりいない場所に出た。別に人がいないならいいやと思って移動していると、何かにぶつかった。
『きゃっ!? あれっ?』
おかしい。わたしは風だ。風がぶつかるなんてことはないはず。風はぶつからず、横をすり抜けるものだから。そもそも、物も生物もすり抜けるのがわたしのはず。
『ひゃーっ!?』
「うわっ!」
目の前には人間の顔があった。思わず、叫ぶ。人間さんもそれに驚いたみたいで、叫んでた。あれ? わたしは見えないし、声も聞こえないはずだよね?
『も、もしかして見えるし聞こえるの!?』
流石にそれは……って、この人間は特に精霊を見る道具とかないのにどういこと!?
『どどど、どうしようっ!?』
「……こっち」
人間はそう言って私の横を抜けていく。こっち、っていってたけど、もしかしてわたしに話しかけたのかな?
『……罠かな?』
本当なら行くべきじゃない。わたし達の立場を考えれば、言ったらだめ。でも、気になる。どうしてわたし達が見えるのか。
『……行ってみよう』
ついていってみる。どうせ本体じゃないんだし、最悪な事態にはならない……と思う。




