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戦争の日。今までとは違い、冒険者たちのいる場所ではなく、後方の魔術師たちのグループにいる。
戦争において魔術師は魔術による遠距離攻撃を主に行うのだが、この攻撃は基本乱戦状態にない敵軍か、相手の後方部隊に行う。
そのため、最初に相手に攻撃をぶち当てることになるのだが、今回の戦争ではあの死神がいきなり冒険者たちの舞台に突っ込んでくるため、あまり最初の攻撃を行うことができていない。
あの死神のいない場所には攻撃できているが、あの先生の突撃によりこちら側に動揺が広がったのが影響しているようだ。
「師匠。冒険者たちの場所にいるあれには攻撃できないんですか?」
あの死神さえ討てれば戦況は明らかに変わるはずだ。しかし、それを魔術師たちが行うことはない。
「あれが冒険者たちと戦っている間は無理じゃな」
「冒険者たちを巻き込んで攻撃するのはできないんですか?」
そう聞くとじろり、とこちらを睨んでくる。
「……そもそも、この戦争に彼らが参加しておるのはなぜかわかるか?」
「冒険者ギルドが招集を行ったからですよね」
「そうじゃ。その招集は国が冒険者ギルドに対し指示を出して行っておる。冒険者ギルドがなぜ、国の命令を聞くのか? それは冒険者ギルドの運営に国が支援を行っているからじゃ。他にもいろいろとあるが、冒険者ギルドと国は深い仲というわけじゃな。だからこそ、冒険者ギルドも国に支援する。そこまではわかるな」
「はい」
今自分が魔術師の師匠に師事しているのもその国の支援の一環だったと記憶している。よく冒険者ギルドは国の垣根を超えた組織として扱われることも多いが、この世界ではそうではない。
むしろ国に根差し、深くかかわっている。そもそも依頼に関しても各村や町などから国に陳情されたものなどを載せている。
「もし、我らがあの冒険者たちを巻き込み攻撃した場合、冒険者ギルドはどう思う? 考えてみよ」
「支援として送り出した冒険者を、国が犠牲にした……となると、信用しなくなる……ということですか?」
「そうじゃ。恐らく次の招集は断られるじゃろう。また、冒険者たちを犠牲にするのか、となってな。そもそも、お前さんはそれでよかったと思うか?」
どういうことだろうか。
「お前さんも、もともとは冒険者じゃろう? 今は儂の弟子なんぞやっておるが、そうでなければ冒険者をやっておったはずじゃ。そうなれば今あそこにお前さんがいたかもしれん。その場合でもお前は自分たちを巻き込んで攻撃しろ、なんていうかのう?」
……確かにそうだ。前まではずっとあそこにいたのだ。自分が味方の魔術で殺されたことなんて一度もない。
それに、今回も助けるのを忘れてていないが、助けていれば戦争にあの仲間たちも参加していることになる。
もしそうであったなら恐らく巻き込んで攻撃しないのか、なんて聞くことはなかったはずだ。
戦争に参加する立ち位置の違いのせいで、どうしても冒険者側の当事者意識が抜けている。猛省しなければならない。
「しかし……厄介じゃな」
「何がです?」
「見よ。もう少しで突破してくるぞ。お前さんも準備をしておけ」
冒険者たちのほうを見る。冒険者たちの層はもうほとんどない。あの死神の通った後に無数の死体が転がっている。
死体だけではなく、あれだけ圧倒的な存在なのだから当然すべての冒険者が戦闘を行っているわけではない。今も逃亡している冒険者がいる。
そのせいもあり、冒険者たちのグループが突破されようとしている。
恐らく、あの死神はこちらにくるのだろう。ここは本陣に近い後方部隊だ。魔術師たちを始末できればかなり敵側に有利になる。
こちらに来る、そのためにあの冒険者たちを突破してきたところを狙う、ということだろう。
その時を待ち、魔術の準備をする。銀の魔術師ができるレベルだと上のほうと比べるとそこまで強いう魔術は使えないが、飽和攻撃できれば構わないだろう。
そしてその時が来る。冒険者を突破してきた死神に向け、魔術師たちから無数の魔術攻撃が放たれる。
相手は冒険者たちを突破してきたばかりでこちらのことを把握していない。回避できないはずだ。
そう思っていた。
「っ!?」
まるで魔術攻撃のすべてを把握していたかのように滑らかな動きで魔術攻撃のすべてを避ける。
中には避けられない攻撃もあるが、それらは持っている大鎌で弾いている。
見ている限り避けられない攻撃はすべて攻撃力が高くない、銀の魔術師の魔術だ。
つまり、危険度の高い攻撃は避け、危険度の低い攻撃を防ぐということをまるでこちらの情報なしでやってのけたということだ。
「恐ろしい相手じゃな……」
師匠がつぶやく。そのまま死神はこちらへと駆け抜けて来る。
その速さは今までの戦争の中で経験してきた。すぐに身体強化の魔術を使う。
「師匠、すぐにきます!」
荒れ狂う大鎌が前のほうにいた魔術師たちを薙ぎ払う。今は少しでも相手を止める。
その暴風の前に体をさらけ出し、前回と同じように攻撃を防ぐ。身体強化が前回よりも強くなっているが、総合的な能力があまり前回とは違わない。
止めてすぐにまたその刃が振るわれ、首を切断された。
その時見た最後の光景は師匠がこちらに魔術を放つ姿だった。
「あの距離で防ぐのか。本当に恐ろしいのう」
多くの魔術師は接近戦はできない。それは魔術師が学ぶ魔術が遠距離攻撃のものばかりだからだ。
滅多なことで近距離で使えるような魔術を学ぶことはない。せいぜいが身体強化くらいだ。
老人は今まで魔術を学び、そして研究してきた。さまざまな属性を使う才を持ち、その能力を伸ばした。
接近戦において使える魔術も開発したが、その弟子の多くは学んでいかなかった。故にその存在を知っているものは少ない。
死神の攻撃すら防ぐ障壁。それほどの魔術を老人は扱えた。
だが、壁を張ったからといって攻撃できるわけではない。外からの干渉を防ぐ壁は同時に内からの干渉も防いでしまう。
ようはただの時間稼ぎにしかならない。先ほど死んだ弟子を巻き込み放った魔術も有効だとはなっていなかった。
「さっきの剣を持った人、あなたのお弟子さん?」
「ほう。話しかけてくるとはのう。戦争中じゃぞ」
「知ってるよ。でも、今聞いておかないとわかんないし。ここでみんな殺しちゃうから、聞く人いないでしょ?」
無邪気、というほどではないが、悪意、殺意みたいなものが薄い。
本当に戦争に参加しているとは思えないほどだ。
「まあ、確かに弟子じゃが……」
「そうなんだ。あの人、私の攻撃を防いだんだよ! 今までそんなことできる人なんてほとんどいなかったから」
死神が楽しそうに話す。それは自分の攻撃を防いだ、脅威となったかもしれなかった相手のはずだ。
もちろん、一撃を防いだだけでその後はすぐに殺されたのだから脅威ではないだろうが、その存在のことを楽しそうに話すものだろうか。
その姿は自分の攻撃が防がれたということがうれしい、と言っているように見える。
「ああいう人がいるなら他にも強い人がいるとおもうんだけど。いる? あ、あなたくらいでもいいよ」
「お前さんの攻撃を一度でも防げるくらいの強さなんてそうそうおらぬ。王の近くにはおるかもしれぬがな」
「そっか。じゃあ、そっちまで行ってくるね」
そういって死神はその大鎌に魔力を込める。その魔力を込めた一振りで老人の張った障壁は粉々に砕かれた。
「なんと」
「さようなら」
死神の一振りで老人の命が消えた。
「……魔術もダメ、かなぁ」
飽和攻撃の魔術も回避と防御により対処をされてしまっている。結局のところ、攻撃が当たらなければ魔術であろうが物理であろうが関係がない。
「だけど、身体強化が強くなった分があるな。そう考えると魔術方面で学ぶことは多いか?」
そもそも、魔術を教えてもらった程度で、その技術を発展させていない。
不幸中の幸いというか、自分にはこのループ現象がある。技術を学ぶのに時間の制限はない。
「まあ、何で知っているのか、とか聞かれる危険はあるけど……でも、ループについて信用してくれる可能性はあるよな」
ただ、言うつもりはない。聞かれれば答えるだろうが、自分からは言わない。
「魔力もループで増えていくし……師匠ならもしかしたらまだ発見されていない迷宮、攻略されていない迷宮に心当たりがあるかも……あ、剣士の心当たりもある可能性も?」
明らかにそちら方面にアプローチをかけたほうがいいだろう。冒険者側ではできることは限られている。
そして冒険者方面でできることは大体やりつくした感じだ。
「そういえば今回はクルドさんたちに忠告しておくのを覚えておかないと…」
前回やっていなかったことを思い出す。かつての仲間たちだ。生きていられるなら生きていてほしい。
「やることは多いなあ……」
全てはループを、己の死を、あの死神を超えるため。