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「ふう…………」
この迷宮の攻略を始めてもうどのくらいたつだろうか。少なくともまだ一年は立っていない。しかし、ここまで時間のかかる迷宮攻略は初めてだ。
今日、ようやく海を渡ることができた。途中にある島は中継地としては申し分ない場所であり、わざと迷宮の主が用意したかのような場所だ。足りなかった水に関しても、崖の上を登った山の頂に小さな湖として存在していた。
今までの迷宮の中の構造、配置から考えても意図して配置されているのだろう。迷宮の主は迷宮を攻略してほしいのか、それとも攻略してほしくないのかイマイチわからない思考をしている。
「ようやくついたー!」
「もう水の中はこりごりだぜ……」
「次は九階ですね……」
「階段の先、早く行く」
流石にこの階層は大変だったとみんな感じているのだろう。いや、もう六階から先はかなり大変な構造をしていた。それまでも十分大変だったが。それでも、一階は論外として、二階は容易い構造であり、三階四階はそれまでと比較すれば難易度は上がったがそれほどでもない。五階は厄介ではあったものの、きつくはない。手間も時間もかかったが。六階も、前半はそれほど厳しくない。だが、そこからだ。後半の森の厄介さと面倒さは五階のそれの比ではない。そして七階……前半は言うまでもない。難易度は本当に大したことはなかったが、腐臭により探索者を阻んだ。後半も、面倒な設備が存在し、それを攻略しなければ先に進めない。
最後に、今攻略してきた八階だ。途中に休める場所はあるが、水の中という面倒で厄介な場所を通らなければならない。その分空間は広くあるものの、通る道は少なかったが。
そして、これから向かう先の九階。これが最後……だといいのだが。
「おお? なんだこれ」
「狭いけど、牧歌的な場所ね、ここ」
「樹々に、水場に、牛や豚の野生動物……兎もいます。しかし、草食動物だけですね」
「そのあたりはあの島と似ているな」
「…………ということは、休憩地点?」
「その可能性はあるが……」
雰囲気的には海を渡るときに到達した島と同じような雰囲気が存在する。やはり、一度探索して調査をする必要がある……が、そこまで面倒な場所ではない。あまり広さがないからだ。
そして、ここの安全そうな場所に比べ、向こうにある岩肌の道は明らかに危険な雰囲気を感じる。しかし、洞窟なのに牧歌的な雰囲気のある場所にでるとはまた奇妙な感じだ。洞窟であることがわからなければ迷宮であることを忘れかねない。
「どうしますか?」
「先にあっちの道の方を探索しよう。ここらは安全に見えるし、水や食料になるものもある。見える限りだと差し迫った危険はない。だが、あちらの道の先は不明だからな」
もし、あの道から何か魔物などの危険が迫ってくるのであれば、先に対策を打っておく必要があるだろう。
「よし、それじゃあ先に罠とか調べとくぜ」
「頑張ってねー」
ジェリコが道の方へと先に進み、罠や魔物の気配を探る。レッツェも軽口を言いながらも、しっかりと遠距離攻撃の準備をする。
「アリムラも、魔術の準備を頼む」
「わかった……」
もうかなりの期間を共に過ごしている。アリムラも大分慣れた感じだ。
「おーい、特に何もないからとっとと来いよー!」
「……ジェリコが呼んでいますね」
「本当に危険がないんだろうな」
ジェリコがわざわざこちらを呼びつけるのだから本当に危険がないのだろう。のんびりしていてもしかたがない。
「ここは……」
「どこかで見たような光景だな……」
「でも、少し違う」
いくらか存在する扉。この光景は七階で見た、あの設備の攻略で鍵を得た広場に似ている。
「まさかまたあれやるの!?」
「流石にそれはないだろう……多分」
迷宮に同じ罠が存在するか、というと普通に存在するが。これまでの階の傾向から、明らかに似たような構造を作ろうとしていない感じだ。そうであるなら、同じような構造の階を作るはずもない。
「扉の前」
「ああ、わかってる……何の像だ、これは?」
「何か書いてありますね……裁定者?」
一つの大きな扉の前、恐らくは先に進むだろう扉の前には大きな像が立っている。この邪魔をするかのような像には裁定者、と名前が記されている。
「壊す?」
「いや、流石にそれはダメだ……こういうのは一種の罠みたいなものだからな」
そもそも魔術で壊せるかどうか不明だ。こういうものは大抵壊せるような構造をしていない。鈍器を持っている仲間がいれば叩いて確かめることもできるだろう。しかし、下手をすればガーゴイルのように動き出す危険もあるのでそうそう手をだせないだろう。
「他に何か、どこかに書いてあったりはしないか?」
「扉に書いてあるけど」
「こっちも書いてあるぜ」
「…………こちらもですね。レッツェ、そっちにはなんて書いてありますか?」
「えーっと、"獅子の頭と山羊の頭、強靭な肉体を持つ蛇の尾の混沌の獣、彼の獣を討ち果たすべし"……だって」
「こちらは"偉大なる竜の因子を持つ巨大な蜥蜴、肉を食むその凶暴で獰猛な獣竜の牙を折れ"……と書いてありますね」
どうやらそれぞれの扉で書いてある内容が違うようだ。しかし、獅子の頭と山羊の頭……どこかで聞いたことがある。
「キマイラ……?」
「……ああ、そうか。獅子の頭と山羊の頭を持つ、そんな特徴を持つ魔物がいたな」
「つまり、ここに書かれているのは中にいる魔物の特徴ということでしょうか?」
「魔物くらいそりゃいるだろうけどよ、わざわざそんなことを書いてどうすんだよ?」
ジェリコの言うことも最もだが、わざわざ迷宮にこんな場所があると言うことは相応に意味があると言うことだろう。
「ジェリコ、そっちには何が書いてある?」
「えー、読むのかよ……"半分は人、半分は獣、追いやられし獣たちは群れをつくり人に仇なす。群れの長を討ち、人手も獣でもない物を全滅させよ"……だとよ
「半人半獣……獣人、ですか?」
獣人とはまた古い話が出てくるものだ。かつて世界に存在したと言われる、人と獣の混じった生物。それらを人は追いやり、絶滅させたと言う話が存在しているが……いや、ここに存在すると言うことは魔物なのだろう。
「昔話に出てきた獣人ではないだろう、流石に。ここは新しい迷宮だ」
「……つまり、彼らはただの魔物ですか」
「そうだ」
人に追いやられた獣人の話は結局魔物の話なのか、それとも本当にそんな感じの人に近い存在がいたのか、それは結局不明だ。
「しかし……魔物について記された扉か」
「七階を思い出すこの構造……恐らくは」
レイズと視線を合わせる。互いに考える内容は一緒だろう。
「しかし、前は注意書きというか、詳しい内容があったと思うが」
「……それが必要ない、ということかもしれませんね」
「それはまた嫌な話だ……」
「リーダー、レイズ! いったい何話してるのよ!」
レイズと話しているところにレッツェが絡んでくる。だいたいの推測内容を伝えた。すなわち、七階のように扉の先を攻略することが必要になるだろうということを。
「七階と一緒ってことか?」
「違う……恐らく、全部の扉の攻略が必要」
「えー!? それほんと!?」
「推測でしかないがな……まず、一つ攻略して裁定者とやらに変化があるかどうか、を見てからだな」
恐らくは七階とは少し違った形になるだろう。あの時は鍵を集めたが、今回は討伐が目的だ。もしかしたら魔物が消滅して何かを残す、みたいなことがあるかもしれないが、どちらかと言えばこの裁定者が一番怪しい。これが何らかの役目を果たすのだろう。