37
「迷宮に海…………ここの迷宮はすでに常識外でしょう!?」
「まー、ここまででかいの作った迷宮の主は将人さんくらいでしょうねー。最大規模まで利用しているのはかなり珍しい……というか、今まで見たことないですしー」
「…………侵入者に対する対策を万全にするのは当たり前だろ? 本当は絶対に先に進めないような迷宮を作りたかったんだけどな」
迷宮はその都合上、先に進むための手段がないといけない。基本的に迷宮の構造はただ核から魔力を通すための道でしかないが、迷宮というものが生まれ世界に存在することになった結果発生した迷宮のルールによって、絶対に道を通って先に進むことができなければならないと言う決まりが存在する。
こういった多くの迷宮のルールはもともと神が制定したものではない。そもそも神が作ったのはあくまで大陸の魔力を逃がすための道、魔力の通路としての迷宮である。そういった特殊なルールを作るつもりはなかった。世界にはそういった生まれた者に対する制約や約束事の取り決めを作る特殊な性質が存在し、その影響によるものである。よってそういったルールは神にも制御できないものが多い。
代わりにこういったルールは意外な抜け道があったりするのだが、それはどうでもいい話だろう。
「…………」
「いや、そんな目で見られても困るんだが。普通はそう作るだろう?」
「確かにそっちにとってはそういうものでしょうけど…………」
ユーフェリアは侵入者を完全に拒むような迷宮案に対して睨むような視線を向ける。将人はその視線に対し、意見を言い、それにユーフェリアも一応の納得を見せる。ユーフェリアも理解はしている。自分の家を作るならわざわざ賊が侵入しやすいように作るわけがない。
「ところでー、あの海の魚とってきますけどー、欲しいものありますー?」
「いや、魚なら……あ、最下層に川や海作ってないな」
「頭が痛い会話ね……今更だけど、もう七階までは攻略されているけど、大丈夫なのかしら?」
実に緊張感のない会話にユーフェリアの方が頭を抱えたくなる状況である。最も、本来ユーフェリアにとっては迷宮が攻略される方が外に脱出できるので都合がいいはずだ。
「……まさかそんな発言が出るとは」
「こちらとしてはいい傾向だと思いますよー?」
「……そんな意味じゃ……ないわよ?」
ユーフェリアにとっても先ほどの自分の発言を思い返し、そんな言葉が自分から出たことに少し驚いている様子だ。色々とここでの出来事があったものの、楽しいとまではいかなくとも、楽に、安全に過ごすことは出来ている。彼女は迷宮探索者をしていたが、貴族の娘である彼女がなぜ迷宮探索を行わなければいけなかったのか。それを思えば、ここで安寧に過ごせるのは一種彼女にとって幸福なのかもしれない。
「……七階突破者がでても、七階はその突破者しか先に進めない仕様だから大丈夫なんだよね」
「どういうことかしら? あの鍵があれば先に進めるんでしょう?」
「あの鍵はどうやらあの鍵を入手するときに参加者した探索者にしか反応しないようですー。どうやってそんなふうにしているかは知りませんけどー」
「それは俺もわからないんだけど」
どういう仕組みでそのような設定がされているのか、それを理解しているわけではない。しかし、理解していないからといって使えないわけではない。理解していないと使えないのであれば、迷宮の核だって使用不可能だ。使えるから使えるのであり、そうなっているからそうなっている。そういうものだと考えるしかないだろう。全てを理解できている物事の方が少ないのだから。
「まあ、つまり七階はあのゲームをクリアするしかないんだよね」
「でも、あれクリアするの普通は難しいですよ?」
「そもそも、あれは罠としてどうなの? 先に進めなくなっているのよね?」
「……罠とは違うんだけど」
ああいった特殊な条件を満たさない限り成立しない扉というのは進行不可の罠とは微妙に違うようだ。そもそも、罠ではない。こういった方法での閉鎖は罠ではなく、試練である。そもそも、罠と違って事故以外での危険性を排除している。その影響もあるのだろう。
「それよりー、魚何欲しいですかー? あそこは魚の種類豊富なので適当に取って来てもいいですけどー」
「……鮪で」
「……鮟鱇」
「天使使い荒いですねー」
そう言ってノエルは二人のリクエストを聞いて海へと向かう。
ノエルが海の中を羽ばたいている映像が表示されている。
「……あれどうやっているのかしら?」
「さあ……」
迷宮もいろいろと謎や分からないことが多いが、それ以上にノエルも不明な点は多い。特に今見ているような水の中で羽ばたくという行為を見れば尚更だ。翼を使い、水の中を泳いでいる、というのならばまだ納得がいくだろう。しかし、実際には水の中を羽ばたいているのである。
「……水に濡れている様子がない。なら、薄く水から離れている……触れた先、触れそうになると水が離れるようにしているとか?」
「魔術じゃありえない光景ね…………仮に魔術で行っていたとしても、必要とする魔力の量はどれほどに……」
水中を羽ばたき移動するノエルに近づく魔物の影が見える。最も、それが近づく前にノエルがその魔物を破裂させる。手を向けるわけでも、視線を向けるわけでもない。ただ、少しだけ翼の先をその魔物に向けた程度だ。見てすらいないの感知できるのも恐ろしい話だが、その不明な力による攻撃もまた恐ろしいものだろう。
「…………」
「大丈夫? 震えてるけど」
「だ、大丈夫……大丈夫……」
どうやらまたトラウマが再発しているようだ。無意識に縋りつくように、ユーフェリアが将人の手を握っている。この最下層でユーフェリアが頼れるのは将人だけなのだろう。ある意味仕方がない。この最下層にはユーフェリアとノエルと将人しか存在しない。他に人がいない以上そうなるだろう。
そんな風に映像に映っているノエルの魚捕りを暫くの間見ていた。
「獲ってきましたー」
「おかえりー」
「……おかえりなさい」
「冷凍室に入れておきますー。夕食ですねー」
ノエルが冷凍室に取ってきた魚を放り込む。二人のリクエスト以外にもいろいろと獲ってきていて、大量だった。中には魔物の魚もいた。
「烏賊とか蛸はないのか」
「私クラーケンとかきらいですー」
「……もしかしてあれを食べるの? 正気?」
文化が違う。そう将人が実感する。ある意味仕方がないことなのだが。
「八階は海のようだけど……九階はどうなっているのかしら?」
「気が早いですねー。気になるんですかー?」
「べ、別に気になるわけじゃないわ!」
「……もういいですよー別に―」
ユーフェリアの反応にもういろいろとあきらめた様子を見せるノエル。最初に脅したのが心の深い所に傷を残し、大きなトラウマとなったのだろう。
「……まあ、のんびり直すしかないなぁ」
「そうですねー……」
結局、九階について話されることはなかった。




