29
「……森か」
「三層とは違って全体が樹っていうか……」
「なんか森とは違う気がするなぁ」
六階の途中の洞窟を抜けた先は森の中……という表現が一番近いだろうエリアだった。森、というには天井まで樹が伸びてその先が見えない。天井でぶつかっているはずなので、恐らくは存在しないのだろう。
樹、というが、その大きさは明らかに通常の樹よりも大きい。少なくとも、枝に人が三人ほど余裕をもって並んで乗れるほどに太い。そして、その枝が樹から伸びており、各所に通じている。この入り口の場所にもその枝を伸ばしており、そこから樹の方に行くことができるようだ。
「この場所を下りるんですか……」
「うえー……三階みたいな感じ?」
三階、三層は足場が伸びている上部と、暑い森の下部の二つに分かれている。このエリアはその上部に近い所がある。ただ、恐らくはあそこほど酷くはない……とは思う。一応、周りを見てみるが、飛んでいる生き物は少数だが存在する。飛行能力を持った虫だ。ただ、それだけしかいない。大きさも、虫の魔物としては小さめだ。もちろん、体当たりをされれば落ちる危険性はあるが、余裕をもって二人くらいで並んで枝の上を移動すれば、こかされることはあっても落ちることはないと思う。
「へっへー。あそこみたいにしなくても、下に降りるだけなら楽だろ」
そう言ってジェリコがロープをカバンから取り出す。確かに、ロープがあれば楽に降りることは出来るだろう。
「どこにつなぐんだ?」
「あー……何か……ないか?」
「…………起岩」
ジェリコの困った様子に、仕方がないと言った風にアリムラが岩肌を隆起させる。一応、こういった迷宮の壁などに影響を与えた場合、時間で元に戻る。最も、すぐにと言うわけではないので問題はないが。
「お、ありがとよアリムラ!」
ジェリコがしっかりとロープを岩に縛り付け、ぐっと引っ張って抜けないかを確かめる。ロープは上に伸ばすわけではないのだから、そこまで不安に思う必要もないが、降りている途中で落下したら危険なので確かめる必要はあるのだろう。
しっかりとロープが結ばれていることを確認し、下におろす。
「下にさえ下りれば、探す分には楽だな」
「枝の先のどこかにあったらどうするつもりー?」
「……その時はその時だ!」
レッツェの言う通り、枝を伝っていくところにある可能性もあるだろう。しかし、それはそれで下を探してなければ確かめればいい。
「お? 何か手ごたえが……うわっ!?」
ジェリコがロープの先に何か引っかかったような感触を感じたようで、下を覗きこむ。それに合わせ、ロープが引っ張られる。みしり、と、ロープの結ばれている岩から音がする。
「な、何だあぶねえ……」
「ジェリコ! ロープを放せ!」
「え、あ、ああ!」
まだロープが引っ張られている。先ほどのように、ジェリコが引っ張られることはもうロープが伸び切っているのでないが、代わりにロープの結ばれている岩がみしみしと音を立てている。そして、破砕音とともに、ロープと一緒に岩が引っ張られていった。
「ひいっ!?」
「危なー……」
「一体何が……」
ロープの先に結ばれて岩、折れた岩はジェリコの体をかすめ、入り口の下の方へと消えていった。
「何があるんだ……?」
入り口の下、ロープを伸ばしていた所から下を覗く。一緒にアリムラとレッツェも下を覗きに来た。覗いた先には、壁から伸びている植物が大口を開けてがさがさと動いていた。
「……食虫植物?」
「いやー、あれはいうなれば食人植物じゃない? 食べたのはロープだけど」
よく見なくても、大口を開けている植物の一体の口の中にロープの先が消えている。おそらく、あの植物が降りてきたロープに喰らいつき、引っ張った結果があの結んだ岩の破壊につながったのだろう。そう考えると、あの植物の引っ張る力、噛む力は相当高いと思っていいだろう。
「あれが存在する以上、下に降りるのは難しいな」
「枝を伝っていくしかない」
「枝の上かー…………」
枝の上を行くしかない、そう考えていると、またジェリコが一つの提案をしてくる。
「ロープが駄目なら、魔術はどうだ? ほら、ここに来る途中で落下軽減の魔術があっただろ。あれを使えば……」
「駄目です、ジェリコ」
「……レイズ? 考えとしては悪くないと思うが、何か駄目な理由があるのか?」
ジェリコの提案はそこまで悪くないようには思える。アリムラへの負担が大きくなる不安はあるが、一気に下に行く利点は大きい。
「帰りはどうします?」
「……ああ、なるほど」
レイズの一言で理由が分かった。今いるこの場所は、下からはかなりの高所であり、枝を伝ってこないと来ることができない場所だ。つまり、一度下に降りた場合、どの枝を伝っていけばここに来れるのか、それが分かっていない限りは枝を登りながら探す必要がある。そうなると、時間も体力も消耗するし、面倒も多い。
「地道に行くしかないかー」
「……ちなみに、アリムラ。皆に落下軽減の魔術を駆ける場合、負担はどのくらいになる?」
「……そこまで多くはない。でも高いし帰り道の消耗も考えると難しい」
「なるほど」
ここまでくる途中、落下軽減の魔術を使っている。蜘蛛糸の罠は引っかかった分は帰りには存在しないので、そこまで使うことはないだろうが、温存しておくに越したことはないだろう。
「えー? リーダー、落下はダメでしょ?」
「帰り道が分かりませんからね」
「一度地図を作った後は大丈夫だろう?」
「あー、確かに」
帰り道が判明していないから問題なのであり、帰り道がわかっている状態であれば問題はないだろう。
「そ、それなら……枝の途中からロープを使えば」
「ロープはやめておきましょう。空を飛ぶ虫の魔物もいるんです」
「…………降りている途中に襲われる」
「うぐぅ……」
ぐうの音も……でているが、ジェリコは散々口撃をされたせいで精神的にダウンしたようだ。
「……枝の先、渡っていった先を確認したいが……今日はやめておくか」
「早めに戻ろっか」
「壁沿いは大変でしたからね」
「……余裕があるうちに戻る」
「……あの手この手を考えてこねえとな」
全員一致で、いったんここから戻ることに決定した。流石に、ここまで来ると消耗も馬鹿にならない。今度来るときは、五階の最後の小部屋で休憩することを考えて装備を持ってくることにしよう。
そうして、いったん迷宮の外まで戻り、装備や道具を整える。四階の階段を下りた所は魔物が寄ってこないため、多くの探索者が休んでいる。同じように、五階では最後の部屋、六階に降りる階段のある小部屋は魔物が出ない部屋であり、そこであれば休むことができる。
最も、迷宮探索者にとっては同じ探索者が敵になることも、珍しくはあるがないわけではない。一応四階五階を突破できるほどの実力者であるならば、同じだけの実力を持つ人間を相手に戦うことの利点や欠点は理解しているだろうし、戦闘跡が残ればそういう手合いがいることが分かってしまうので、そうそう襲ってくることもないだろう。金を稼ぐのであれば、五階の最後の部屋まで来れるのであれば六階に行って鉱床竜一体を狩った方が儲かる。
そういった理由で不安も残るため、見張りはつけるが、五階の最後の部屋で休憩することを念頭に入れて、迷宮攻略を再開する。順調に六階まで到達し、一度蜘蛛糸の罠を発動させておく。翌日であれば罠が再設置されていないことはわかっている。誰かがすでに作動させている場合の不安はあるが、それはある種仕方がないものと考えよう。
六階での罠の除去の作業後、五階で休憩して翌日まで休む。翌日になり、六階に降りるが、そうなると持ってきた休憩のための道具は攻略の邪魔になるので置いていく。もったいないとは思うが、お金は六階で鉱床竜を倒せば稼げるのでそこまで苦ではない。生存可能性を上げることの方が重要だ。そうして、六階の洞窟の先、森のエリアに挑戦を開始する。