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「えっと…………」
「…………………………」
「大丈夫ですかー」
一日ほど放置して、様子を見に来た将人とノエル。二人が見たのは下半身が汚物で汚れている目に光のない放心状態の女性である。彼女は迷宮の探索者だが、そもそも貴族の女性であり、今まで汚らしい出来事とは無縁だった。そんな、耐性や経験がほぼない人間がいきなり排泄物を垂れ流しにさせられればそれこそ心が折れてもおかしくはない。
「どうしますー? この人、このままにしておきますかー?」
「え……いや、流石に放っておくのは」
ノエルにとっては単なる迷宮への侵入者である以上、どうでもいい存在であり、可能ならばここで殺しても全く問題ないくらいだ。しかし、将人に取っては結構美人の年齢の近い同族の異性であり、簡単に殺すと言う選択をとることは難しい。これが迷宮の魔物が襲って殺す、というのならば全然問題はないだろう。しかし、直接自分が殺すとなれば、それは精神的に難しい。今までさんざん迷宮で人が死んでいるので今更そんな気持ちがあるのか、と言われそうだが、まだまだ将人は人間らしい心を持っている。
「……と、とりあえず、彼女を綺麗にしてやってくれない?」
「そうすればいいんじゃないですかー?」
「え? いや、俺がやるんじゃなくてノエルがやってくれないか?」
「なんでですかー?」
「え? いや、だって流石に女の子の体を洗うってのは問題あるだろ」
「んー…………それもそうですねー。じゃあ、水場で洗ってきますー」
そう言ってノエルが女性を連れて行こうとするが、ポールと手錠により阻止される。
「あー、邪魔です!」
ていっ、と気合を入れた手刀でポールが破壊される。ついでに手錠もぐいっ、と引っ張って鎖がちぎられる。
「……へ?」
「じゃあ、水場に連れていきますねー。あ、服の用意をお願いしますー」
あまりにありえない光景、素手で金属製のポールと手錠を壊すノエルの姿を見て固まった将人に服を頼み、ノエルは水場へと女性を連れて行った。
「ええー……ノエルやばくない?」
今更ながら、天使という存在の実力を将人は知った。ああ見えても、神様の側に仕えている存在である。相応の実力はある。ただ、ここにいる限りは彼女が動くことはほとんどない上に、迷宮内の戦闘に参加することもないので実力を見る機会はほとんどなかっただろう。もし、あったとすれば、彼女が迷宮の主、将人と敵対したときくらいだろうか。
水場で女性の服を脱がし、体を洗うノエル。放心していたため、抵抗することもなかったので脱がすこと自体は難しくなかった。ただ、汚物の処理もあったので色々と苦労はしたようだ。
「この服は処分したほうがいいですねー。ゴミ捨てのエリアにもっていきましょう―」
迷宮内にあるものは、誰かが所有している扱いでなければ時間で迷宮に還すことができる。そうでなくても、侵入者のいないエリアに放り込んでそのエリアを再構成すれば簡単に消せる。
「あー、でも、服だしてくれてないと大変ですねー。私の着替えでも適当に着せておきましょうかー?」
迷宮の核を用いれば服を出すことは難しくない。将人が女性ものの服を知っているか、というのは若干疑問があるが、一応一度でも見ればある程度イメージで作るのが不可能ではないので、可能であると言うのがノエルの推測だ。そもそも、異世界で全く女性の服に触ったことがないと言うこともないだろうという考えもある。別に恋人とかそういうものではなく、母親などの家族の服だ。
「…………う」
「あ、戻ってきましたかー?」
体が洗われ、綺麗になってきたからか、体に刺激があったからか、理由は不明だが、だんだん女性の目に光が戻る。
「大丈夫ですかー? ちゃんと生きてますかー」
「……こ、こは?」
「水場ですよー。汚れていたから綺麗にしてるんですー」
汚れていた、とノエルが行った所で大きく女性が反応する。あの汚物の垂れ流しは若干トラウマのようになっているようで、顔が少し青ざめている。
「あ、ああ……ご、ごめんなさい……あ、あなたは!?」
ようやく意識が戻ってきた所で、自分を洗っているのが将人、自分を脅した相手と一緒にいた存在だと気づく。
「暴れないでください―。落ち着いてください―」
「そ、そんな!? 私に何をするつもり!?」
「知りませんよー。とりあえず、体を洗ったところです。水ぶっかけますねー」
ばしゃっ、と水場から巻き上げられた水を滝のごとくかけられる女性。明らかにおかしい水量だが、ノエルのもつ力があれば簡単にできる。
「…………ここはどこなの?」
「水場ですー」
「そ、そうじゃなくて……私は一体どうなっているの? 捕まっていたみたいだけど……」
「ああー、そういうことですかー」
結局のところ、女性は今どういう状況に置かれているのか理解ができていない。最も、理解しろというのは無理だろう。罠に落ちて落下したら捕まっており、その後は汚物垂れ流し、精神が何処かに行って、いきなり水場にいたのだから。将人に脅されてもいたが、あの時も若干混乱気味だった。
「ここは迷宮の十階、最下層ですー。人間さんは罠に引っかかってここに落ちてきたんですよー」
「じゅ、十階!?」
「そうですよー。最下層ですー。迷宮の核があるところですー」
それを迷宮の探索者に伝えていいものか、という情報をノエルは女性に教えている。
「核が……?」
「あ、破壊しようとはしないでくださいねー」
「何故? それが私たちの目的のはずよ?」
「そうですねー、あなたたちの目的ですねー。私は迷宮側の存在ですから―」
女性はノエルの言葉に驚き、改めてノエルの姿をまじまじと見る。よく見なくても、ノエルに翼が生えており、普通の人間でないことはわかるはずだが、起きたばかりでそこまで意識を向けられなかったため、気づかなかったのだろう。
「…………私をどうするつもりなの?」
「私は知りませんってー。別に、私としてはあなたを殺してもいいんですけどー。私は迷宮作成の補佐役ですし、基本的に私が決めるわけはないですからー」
「……そう」
「あ、でも」
女性の動きが止まる。ノエルから発される殺気、それがとんでもないものだったからだ。恐怖で、体が震え、汚れを洗い流したばかりなのに、また汚水を漏らしてしまうほどに、恐ろしい殺気が女性に向けられている。
「迷宮の核は壊さないでくださいねー? もし、壊そうとしたら将人さんがどうするか決める前に私が殺しますからー」
「あ……う…………」
ふっ、と殺気が消える。
「まあ、あなたが迷宮の核を壊すわけにもいかないですけどねー」
「………………それは、何故?」
恐ろしい殺気を受けた直後ながらも、ノエルの言葉の意味が理解できなかったので、女性が尋ねる。
「迷宮の核を破壊すると、迷宮が崩れますよー? ここ、十階ですけどー、外に脱出できますかー? 武器もなくて一人なのにー」
「………………」
改めて女性は今、自分が置かれている状況を再認識する。現在、という意味合いだけでなく、現状、つまり迷宮の最下層に、迷宮探索者の仲間も存在せず、武器も防具もなく、自分は治癒の術しか使えず攻撃手段がない。さらに言えば、非力であり、直接戦闘であれば迷宮の主である将人にすら勝てる可能性は低いと言わざるを得ない。完全に詰んでいる。
「……私はなんで生かされているの?」
「だから知りませんってばー! 私がそうしてるわけじゃないって何度言えばわかるんですかー!」
流石に似た質問が三回目だったため、ノエルが怒った。ノエルとしても、もともとこの女性を生かす事には賛成ではない。
「もう、それをした本人に聞いてください! ほら……ああ、もう、洗い直しです!」
「きゃああああっ!?」
水場が津波のようになって女性を洗い流す。流石にノエルも面倒になったようだ。一応、これで汚物は全部洗い流せたようだが、水場の水に津波で一緒にのまれた服事、汚物が全部混じっている。後でエリアの再構成で全部戻さないといけないだろう。




