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翌日、朝の鐘の鳴った後、一人が遅れてきた以外は特に問題なく依頼の魔物を討伐することになった。

教導依頼であるため、熟練冒険者は先導してくれるが、依頼の魔物討伐はほかのメンバーで行わなければならない。

最低限の必要数はあるが、それぞれ最低一体は倒すように言われる。

依頼の魔物はテナガザルだ。テナガザルというと元の世界でもいたように思うが、このテナガザル、腕が伸びるのである。

その伸びる腕で森を自在に移動し、村の近くで畑に腕を伸ばして収穫物を奪うというウザったい存在だ。

幸いなことに戦闘能力は腕を振り回したりひっかくくらいしかなく、その振り回しさえ気を付ければそこまで危険はない。

また、伸びる腕は柔らかく、簡単に切断できる。腕を切断すると攻撃手段と移動手段の両方を失い、足での移動はかなり遅いので余裕をもって狩ることができる。

一体をさっさと狩って周囲の警戒をする。こんな初心者が狩る魔物が原因で何かあるはずがないのだ。






辺りを警戒してみていると人が入った痕跡がある。この辺りは畑のある農家が主で狩人はいない。狩人がいれば狩人がテナガザルを狩っている。

魔物のいる森に普通の人間は入ってこない。


「クルドさん、これ」

「これは……先客がいるようだ。よく見つけたな」


なんだかんだで1年間冒険者をしてきたのだ。その間に盗賊退治みたいな人間を相手にしたこともある。


「皆聞いてくれ。この森に入ってきている人間がいるかもしれん。もしかしたらそいつ等が襲い掛かってくる危険がある。注意して行動してくれ」

「どういうことですか?」


狩人はこの辺りにおらず、村人は森に入らない。それなのに森に人が入っている、ということは入ったのはよそから来た人間だ。

そしてテナガザルのような弱いとは言え魔物のいる森にわざわざ入るのは相応に理由がある。

このあたりにここに入るような人間はいない。つまりこの森に入れば人の目から隠れることができる。


「相手が何者かわからない以上、盗賊みたいな輩である可能性もあるということだ。ただの迷い人ならばいいが……」

「盗賊!?」

「そんな!」


魔物と戦う覚悟はあっても人と戦う覚悟はなかなかない。自分も最初に人殺しを経験するまではそんな感じだった。


「お前は落ち着いているな」

「まあ覚悟はできてますし」

「本番でへまをするなよ。守ってやれるかどうかもわからん」


武器を持ち、警戒しながら行動する。


「クルドさん、別に森に入った人を探す必要はないんじゃないですか?」

「そうですよ! 俺たちの依頼はテナガザルの盗伐ですよね?」

「確かに依頼ほ関係ない。だが依頼と関係ないからと言って無視はできん。テナガザルを狩っている時に襲われたらどうする?」

「あ……」

「戦闘中は戦っている相手以外には隙だらけだ。その隙をつかれる危険を考えるならば相手がどういう存在か確かめておく必要がある」

「……はい」


そのまま周囲の探索をする。ところどころに人の痕跡があるがまだ人の姿を見ていない。

がさり、と微かに上から音がする。人の手の入っていない森は暗く、枝や葉でなかなか見通すことができない。

視線を上に向ける。目が合った。


「うおおおおおおおおおっ!!!」


恰好からして冒険者、いや元冒険者というべき相手だろう。その男が木の上から襲い掛かってきた。

とっさに隣にいたカイザを突き飛ばし自分も横に飛ぶ。上から襲い掛かってきた男の攻撃は回避できた。

その男の叫びが合図になったのか、上から二人の冒険者くずれの男が降りてくる。


「ちっ」


上から飛び降りてきた男は避けたこちらを見て舌打ちをする。倒れたカイザに攻撃したいようだが、こちらを警戒しているせいで動けないようだ。

向こうではクルドさんと二人の仲間、三人と敵の冒険者くずれ二人が戦っている。流石に後ろにかばっている対象がいる状態ではなかなか倒すことができない。

こちらの男は倒れたまま立ち上がれていないカイザを無視しこちらに武器を構える。そのまま切りかかってくる。

相手の攻撃を盾で受け、こちらも切りかかる。しかし相手も盾で受ける。実力でいえば、相手の冒険者くずれよりもこちらが上だ。

だがこちらは経験と技術があっても身体能力が足りていない。そのため拮抗している状態だ。

何度か攻防を繰り返す。視線が完全にこちらを向いている。


「うわああああああっっ!!!」


大きな声を上げてカイザが自分に向けられた男の背中に持っている剣を突き刺した。

カイザが立ち上がろうとしているのは見えていた。だからこちらに集中させ、場所を少しずつ移動しカイザが見えないようにした。

いきなりの人殺しになるから動いてくれるかどうかはわからなかったがカイザは動いてくれた。

その後、クルドさんのほうでも一人を倒し、残り一人を倒すのに時間はかからなかった。

そうして何とか討伐を終え、冒険者くずれについての報告をしてようやく依頼は終わったのだった。






最初の教導依頼、あれが今回加入したチームの命運を分けることになったのだろう。

その後はずっとこれといった問題が起こらなかった。なんだかんだで熟練の冒険者がいるチームだ。

前回全滅したのはあの上から降ってきた男にクルドさんがやられたせいではないかと思う。

チームに正式に入るというのは初めての経験だった。前回はいろいろなチームを転々とするソロ冒険者だった。

仲間がいるということは素晴らしい。自分一人で何もかもをする必要はないし、信頼できるということは強みだ。

自分が学んでいないことも必要ならば教えてもらうこともできる。

そうして冒険者として自然な日常を送っていく。苦労も少なくないが、楽しく過ごした。

そんな日々を送ったからだろう。自分は忘れていた。あの日が来るまで。


その日戦争の招集があった。自分のチームももちろん戦争に参加する。

周囲は冒険者でいっぱいだ。あの日を思い出す。無数の冒険者が死んで散らばった。

戦端が開かれる。相手に向かっていく兵士や冒険者。相手の兵士たちの少ないエリア、そこに多くの冒険者が流れ込む。

それはどこかで見たような光景だった。そう、あの日に。

大鎌が振るわれた。血が、冒険者の体のパーツが、大鎌の軌跡が、縦横無尽に振るわれる。

それはさながら暴風のようだ。周囲に存在するすべてを切断し吹き飛ばしていく。

クルドさんが自分たちに逃げるように言う。表情に覚悟が見える。

死神がこちらに向かってくる。その死神にクルドさんが向かっていく。

他の仲間はあの惨状を作った存在に怯えて動けていない。逃げるか戦うか選べ、とだけ告げて死神に立ち向かう。

クルドさんの姿はない。もうすでに切り裂かれたのだろう。あの熟練の冒険者でも勝てない相手に自分が勝てるとは思わない。

ただ、ここで逃げるわけにはいかない。仲間がいるのだから。

腕を切断され、大鎌に貫かれ他の冒険者を巻き込み吹き飛ばされる。

そうして二回目の死を迎えた。

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