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「あれ凄いですねー」
「いや、凄いっていうかさぁ……何あれ」
将人は迷宮内に存在する、様々な生物の視覚を利用したモニター、各地に点在する一定の方向からの視点による監視モニターに移されている三層の川の様子を見ている。現在、川には多くの侵入者が橋を架けている。
「あれ、邪魔しないんですかー?」
「うーん……ちょっと無理だな。というか、ああいうのって問題なの、迷宮的に?」
「別に問題ないというか……あれが問題なら、二階から降りてきたところのあれも同じですしねー」
現在、三階に降りてきた直後の崖の部分には落下防止の柵が取り付けられている。そのため、将人の目的である、崖からの落下による被害者は生まれなくなった。こういった迷宮内に置かれるものに関しては、迷宮側において明確な取り決めはない。迷宮内で死亡した、もしくは破壊された迷宮内の物に関しての明確な取り決めみたいなものは存在するのだが、外部から持ち込まれたものに関しての取り決めはそこそこ複雑である。
例えばだが、外から持ち込んだ物を迷宮に還す、ということは可能ではあるが、侵入者の着ている服、背負っている袋、腰に下げている剣などは迷宮に還すことは出来ない。迷宮に存在する物は迷宮のものとして、迷宮が取り扱うということが可能かということに関してだが、それに関するルールが色々と面倒で複雑なものになっている。
ここに一つの剣がある。この一つの剣は、侵入者が持ち込んだものだ。この剣は、侵入者が持っている限り、迷宮に還すことは出来ない。侵入者が迷宮に突き刺し、剣を置いた。この状態でも迷宮に還すことは出来ない。侵入者が刺したままの状態で死んだ。こうなった場合、迷宮に還すことができる。刺したままでなくても、迷宮内で死んだ探索者の物は、誰かに回収されない限りは、ある程度時間が経てば迷宮に還すことができる、というのが迷宮内におけるルールだ。どういう基準や判断がなされているかは不明だが、他者が所有しているものは迷宮に還すことができないというルールなのだろう。ちなみに、この剣が破損した場合についてだが、破片は回収されない限りは迷宮に還すことができる。持っている側の柄に関しては捨てられれば還すことができる。地味に所有権のルールにかんしては面倒で分かりにくい部分が多くて将人としても困る内容となっている。
そして、今回における橋を架けることや、入り口の柵に関して。こういった建造物は、所有権は迷宮内に存在する侵入者のものではなく、迷宮外の、いわゆる迷宮を管理している人物たちのものだろう。外部にいる人間が所有している場合はどうなるのか、という点について。これに関しては、実のところ外部に行った時点で迷宮内における所有権を放棄しているとみなされる。しかし、実際は回収できない。これは、こういったものが公共物、集団のものという扱いになるからだ。つまり、この階層に来る探索者がいる限り、所有権の更新、回復がなされる。仮に、この階に探索者が全く来なくなって二週間すれば迷宮に還すことができる。
結局、こういった建造物、建築物は迷宮側では対処しにくい案件となる。
「なんだかなぁ……そういう所凄く複雑じゃない?」
「実際のところ、私にもよくわかんないですー」
「ええ……」
ノエルは迷宮作成の補佐、迷宮の主の補佐を行う存在ではあるが、迷宮に関して全知というわけではない。そもそも、迷宮側でどういう判断が行われているかは迷宮によるところもあるため、ノエルが知っていることがそのまま全ての迷宮に通じるとは限らない。実際のところ、ノエルが持っている知識は基礎、基本、常識などの当たり前、普通の部分であり、例外的な事象に関してはノエル側では手を出せないこともある。なお、神様に聞けばどうなっているかの対処はしてくれるらしい。
実際のところ、そういったルール的な部分は神様でも理解しきれていない。神様は迷宮というものの存在ルールの作成は行ったが、迷宮内における事象のルールは制定していない。そういったものは、世界において迷宮という概念に対して生み出されるものであり、管理者である神は直接関与していないため、そういったことになるのである。もし、最初から神様が一から十までルール作成をしていれば話は違うが。
「ノエル本当に駄天使だなぁ……」
「怒りますよー? それより、橋、かかっちゃいましたよー」
「あ、マジで?」
モニターを見ると、すでに橋が架かっているのが見て取れる。一部の水の中の魔物が遠巻きに見ているが、近づくことはしない。ただ、それは魔物に限った話であり、他の動物に関しては違う。最も、橋にわざわざ体当たりして破壊する、といった凶暴性を見せることはない。動物や魔物に対し、最初に生み出す、迷宮内に発生する時点でいくらかの指示は出せるが、もともと持っている性質を大きく変化させるのは難しい。せいぜいが他の生物と共同で戦闘を行うことができるようになるとか、本来襲わないような獲物を襲うようにしたりとかその程度である。それでも十分効果は高いが、本来有している性質から大きく逸脱することはない。
「あの手の物を壊すとなると、どうすればいいかな」
「もう無理じゃないですかー? 四階に誰もいない状況ならなんとでもできると思いますけどー」
「今は人いるから、構造を弄ったりもできないもんなあ……」
迷宮内における構造の変化など、様々な事柄の追加や変更などはそこに侵入者がいると行うことができない。現在、二階はまれに侵入者がいなくなることはあるが、三層は崖の側が安全な場所であるせいか、そこに寝泊まりする侵入者がいくらか存在し、そのせいで弄りようがないのである。
「安全な場所なんて作るから―」
「いや、でもなあ……」
ノエルの言う通り、将人が明確に魔物の来ない安全地帯を作った結果である。こういった場所は意図的に作らなくとも偶然できることは珍しくなく、そういった場所が存在することによって迷宮の構造を弄れなくなることにより、迷宮側の敗北につながるケースは少なくない。
「まあ、いいです。五階は大丈夫なんですかー?」
「もう森が攻略された前提? まあ、攻略されるだろうけどさ。まあ、五階は……多分大丈夫だろ。特に、ここまでの流れになれていれば、準備が足らずに戻る可能性は高いし、そうでなくても大変だからな、前半は」
にやり、と将人は笑う。余程自信があるようだ。
「不安ですー、不安ですよー」
「そもそもだ。四階に行ってる時点で俺の方が有利なんだから気にする必要はないと思うんだが」
「あれは卑怯ですー。迷宮の常識、ルールに違反してますよー!」
「あの手の内容はよくあるものだけどなあ……まあ、大掛かりに過ぎる気はするけど」
将人たちが何のことについていっているのか。現状では不明である。ただ、その鍵は三階にあるらしい。三層ではなく、三階、突き出た柱のある空中の道。そもそも、あの三階からも次の階層への階段へは行くことができるが、あちらから言っている侵入者は存在せず、空を飛ぶ魔物の楽園になっている。侵入者側の探索が入っておらず、わからないことが多いままだ。そこに何があるのか、それがわかるときは来るのだろうか。




