9
「モニター設置しておけばよかった……」
将人が迷宮の核に触れながら、一人ごちる。迷宮内の様子は、迷宮の主である将人でも、核に触れていないと分からない。迷宮内における状況を判断する手段がそれだけしかない、となると将人の負担は大きくなる。
将人は迷宮の核を操作し、各エリアに監視カメラのようなシステムを配置する。
「侵入者さん、出ていきましたー」
「これで一階の操作もできるか……」
侵入者を示す点灯したランプが消え迷宮内の侵入者がいなくなった、侵入者が迷宮から退散したことがわかる。ランプはあくまでその階層に侵入者がいるか分かる以上の意味がない。
「なあ、ノエル。迷宮の侵入者を監視するようなシステムって何かいいのはないのか?」
「ありませんねー。自分で作るしかないですー」
「はあ…………」
物事は楽にいかないものである。ひとまず、迷宮の各所を移すカメラの役割を果たすシステムを設置し、その視界に侵入者が移れば自動で映し出す装置を作り最下層に配置する。こういった侵入者が訪れて初めて分かるようなこともあり、迷宮作りは単純で楽な作業ではない。迷宮内に自動で侵入者を追跡するようなシステムを作りたいが視点だけを追わせるようなものを作ることは出来ない。かろうじて、迷宮内にいる一部の生物の視界を常に映し続ける装置を作るといったことで似たようなことができることは判明したものの、実際に監視を行うとなると難しい。
迷宮の主である将人には、核に触れている間、魔物と視界を同調させることができる。魔物が見ていることをリアルタイムで知ることができるのだ。先ほどの闘いに関してはこの能力を使ってオーガの視点から戦闘の様子を見ていた。先に同調していたオーガがあっけなく死んだので、すぐにもう一方に移して、だが。
「そういえば、魔法なんてものがあるのか?」
「魔法はないですー。魔術ならありますよー」
「……何か違いあるの、それ?」
「皆魔術って呼んでますー。使うものなんだから、法則じゃなくて技術じゃないですかー?」
魔の法則で魔法、魔の技術で魔術、と言った所だろうか。つまり魔術とは技術であるということだが、単にああいった呪文の詠唱なんかで発動するものの呼び名の意味合いで将人は言っている。そのあたりの理解はゲームなどのファンタジー作品が氾濫している異世界ならではの知識事情によるものだろう。
「えーっと……魔術って、誰でも使えるのか?」
「無理ですー。魔力を持ってないと使えませんよー」
「あ、そう」
将人は別の世界の出身であるため、確実にこの世界の人間とは別物だ。少なくとも、将人のいた世界において魔術というのは御伽噺、お話の中でしか存在せず、現代社会においては架空のもの、存在しないという認識が一般的だ。そんな世界の人間が魔力を持っているはずはない、となると魔術を使用することは無理だろうと将人は残念に思った。
「あ、でも、将人さん迷宮の主ですから―。使えるようになってる可能性があるかもしれませんよー。試してみますー?」
「ぜひ!」
魔術の使用、そういったものは将人のいた世界においては将人に限らず憧れのある人間は多いだろう。もし、自分が魔術を使えるなら、と誰でも一度は思ったことがあるだろう。将人にとって、ノエルの言葉はすごくうれしい内容だった。結果として、将人に魔術は使用できなかったのだが。
将人が迷宮の主になったからと言って、将人そのものが変化したわけではない。迷宮内に存在する大陸の魔力は魔物に影響を与えても、人間にそのままわかりやすい影響を与えることはない。もしそんなことになっているのならば、迷宮にわざわざ人間が侵入することはなく、迷宮ができた所から離れて生活する道を選んでいたことだろう。最も、人間側に全く影響しないということはないのだが、すぐにわかるようなことではないので人間側はそれに気づいていない。
「使えないじゃないか……」
「落ち込まないでくださいよー。絶対使えるなんて言ってませんよー?」
確かにノエルは使えるようになっている可能性がある、としか言っていない。だからといって、そう言われれば使えるようになっているのではと期待するのが普通だ。変に期待を持たせればたとえ言っていることが正しいとしても、不満を持つものである。
「でも、魔術が使えないなら自衛は大変かなー。なら剣とか武器をもって自衛能力をつけましょうー」
「……なんで自衛する必要があるんだよ」
核のあるここまで侵入者が来るような状況になればほぼアウトだ。そんな状態でわずかな戦闘能力を行使しても仕方がない。
「だいたい、ノエルは戦わないのか?」
「ちょっとくらいは出来ますけどー……積極的にはやりません。私の役割はあくまで迷宮の作成の補佐、手伝いですから―」
「…………」
将人に取ってはノエルは一番信用しなければ相手ではあるが、どうじに一番信頼できない相手になっている。ノエルはなんだかんだで将人との間に、これ以上踏み込まないと言う線引きを明確に行っている。線の上に立って、最大限の要求をすることはあっても、線を踏み越えて将人に干渉することはない。
「ところでー、一階なんですけどー」
「一階がどうかしたのか?」
「戻るときも何か戦っていた……んですか? 置いていたオーガは倒しましたよね?」
「あそこは時間経過で復活するんだ」
この迷宮の一階は選別の広間、中に五人で入り二体のオーガを倒さなければならないと言うルールを明確に設定したエリアだ。入り口側からの通路、オーガが配置された部屋、その部屋から抜けた先の通路、そこに入った人間が六人以上だと、入り口側の通路のオーガのいる部屋への扉が閉まる。もし、六人以上が何らかの要素で内部に入ってしまえば、オーガ二体が倒されるか、中に入った人間の一人が死ぬまでは脱出することができなくなる。抜けた先の通路も似たような仕掛けがある。逆側から来た場合、内部にいるオーガが生きている場合は通路の扉が閉まっており、階段を上がった先の広い部屋にいる人間がいなくなるまで通路側に入るか、階段側に抜けると、通路に人がいた場合、通路と広い部屋に繋がる道を天井が遮断して強制的にオーガのいる部屋へと追いやるようになっている。なお、通路から出ると自動でそこの扉は閉まる。また倒さなければ開くことはない。
そして、何よりも問題なのは、このオーガが再配置されるまでの時間だ。オーガを倒し扉が開いてから一時間。一時間経つと、オーガが再配置されて設置されている罠が再起動するようになっている。迷宮における魔物は倒してから迷宮内で放置されていれば勝手に消失するが、その死体を切り取るなどして、人間側で所有すると自動で消失することがなくなる。オーガの持っていた武器や、オーガ自身に価値があれば、それらのものが一時間で復活するので入れ食い状態となるだろう。最も、一般的にオーガは迷宮探索者の相手としては厄介なほうだ。それも二体が配置されており連携する可能性があるとなれば危険度はより高くなる。今回のように魔術による一斉攻撃で弱らせ、強力な一撃で一体を確実に排除すれば、まだ簡単だが普通はそれほど単純に倒せる相手ではない。なんだかんだでオーガはそこそこ堅く、強い。
つまりは、一階は低レベルの侵入者は先に進めないようなシステムとなっているのである。故に、選別の広間。最も一旦誰かが倒しさえすれば復活まで一時間は猶予があるので、その間に二階まで進むことはできるだろう。
「それはまた……でも、それってつまり、先に進む人間さんは確実に強いってことじゃないですかー?」
「数が減ってくれるのが一番いい。あんまり多いとこっちも確認しづらいし、対処しにくくなる」
何はともあれ、侵入者を減らし、監視する必要がある冒険者が少ないほうが将人に取っては得だ。相手の強さがどうであるかはこの際関係がない。ノエルが言うように、先に進む冒険者は確実に強い、ということが分かるが、別に弱い冒険者が増えても強い冒険者が減るわけではないのだから、弱い冒険者を排除するほうがいいに決まっている。
「二階は普通に迷宮ですねー」
「……いや、迷宮は迷宮だろ?」
本来迷宮とは、名前にあるとおり迷う宮、神話においてミノタウロスを閉じ込めるためのものだ。その本来の意図、閉じ込める、迷わせる敵な意味での迷宮だろう。二階は迷路のような構造だが実際のところ地図さえ作ってしまえば最終的な攻略難易度は高くない。
「二階はそこまで難しくないからなあ……」
「じゃあ、すぐに三階まで来ちゃいますねー。でも、この三階……」
「三階は、まあ、侵入してきたのがどう思うかは少し楽しみだな。ここが俺にとって一番の肝だし」
将人にとっては三階層から先が本番だ。普通の迷宮のように、楽に攻略できるとは思わせない、そんな仕組みをふんだんに考えている。最も、将人はもともと迷宮の攻略者ではないので、やはり無駄や無意味な内容が多いだろう。それを改善し、完全に侵入者を排除するためにもやはり侵入者が来ないとだめなのだ。実に矛盾した問題を抱えている厄介さが迷宮にはあった。




