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がらがら、と馬車が道を進む音がする。今、この馬車が向かっているのはこの道の先にある村、その近くにある迷宮だ。この馬車には現在六人の迷宮探索を生業とする魔物狩人が乗っている。この時世、傭兵なんかを必要としなくてもいい程度に人間の争いが少なく、その代わりに各地に迷宮ができ、その迷宮が周囲の魔物を強める。強くなった魔物や、迷宮を滅ぼす、そんな仕事が必要とされた。そのために生まれた職業が魔物狩人、魔物を狩ることを専門とした人間たちだ。
主にこの魔物狩人は迷宮探索を生業とする者と、地上に存在する普通の魔物を狩る者に分かれている。俺たちはその中でも前者の部類に属している。さらに言えば、今回俺たちは迷宮に関する情報を入手するための先遣部隊であり、相応に能力のある人間として集められた人員だ。
「よう、そろそろ迷宮も近そうだぜ」
馬車内で一番大柄の男が俺を含む全員に声をかけてきた。単に暇だから、などという理由ではないだろう。迷宮が近いとなると戦うことが近いということだ。迷宮の探索においてチームワークは重要な要素の一つだ。今までまるで会話をしてこなかった六人だがこのままではいけない、ということで声をかけてきたのだろう。
「そうですね。もう少し進むと見えてくるみたいです」
「ようやく馬車からもおさらばってわけかー。流石にずっと密室は息が詰まるぜ」
「………………」
男性五人に女性一人、女性は無言で壁に寄って男性陣から離れて座っている。流石に俺たちも女日照りだが、全く関係のない相手を襲うことはない。一応これでも、先遣として重要な立ち位置を任されているのだから。最も、女性としては気が気ではないだろう。魔術師だったから先遣に選ばれたのだと思うが不運な。
「ところでさ。僕ら自己紹介もしてないけど、いいの?」
「……いいわけがない。この六人で迷宮の様子見をする以上、互いの意思疎通は必要だ」
「そういうことだから、それぞれ自分のことを教えてくれよ。まずは俺からいくぜ」
そう言って、馬車の中で一番最初に発言をした男が自己紹介を始める。恐らくだが、馬車内で会話がないせいで迷宮内で連携をとれるかが不安だったのだろう。だから、最初に発言して会話を促し、それぞれの紹介の流れに移行した。体は大きいが、粗野というわけではなさそうだ。まあ、ここにいる人間は相応に能力のある人間たちのはずなのは間違いない。
だが、能力の有無だけで選んだためか、六人全員が仲間でもない、交友もない、赤の他人同士だけで組まれているのは正直どうかと思う。
「次、お前だぜ」
「……ああ」
流れで順番に自己紹介していき、俺の番が来たようだ。俺は自己紹介し、次に話が回る。次、最後に自己紹介することになったのは不運にも男所帯に放り込まれた紅一点の魔術師だ。最も、魔術師自体はもう一人いるが。それぞれが自己紹介し、分かったのは前衛が二人、スカウトが一人、中衛が一人、魔術師が二人だ。この構成であれば、魔術師が一人いなくても全く問題ないはずなのだが、一人女性を加えてまで魔術師を増やす意味はあったのだろうか。
「ここか。明かりがついてるな」
明らかわかりやすい形で迷宮の入り口が存在する。その入り口から先に存在する迷宮の通路にはまるで人が通るのを助けるかのようににつけられている松明が存在していた。こういった松明の類は燃えているのに燃え尽きることはなく、迷宮の謎の一つだ。こういった松明のついた迷宮は主に人型の魔物がいることが多い。小鬼……ゴブリンはこの手の知識はない。もっと頭のいい魔物によるものだろう。
パーティーの一人が壁につけられている松明を斬りおとし、持つ。この手の迷宮内に存在する設置物は、迷宮から外れると、普通のものと同じようになる。この松明であれば、迷宮の壁にある間は燃え尽きないが、このように切り落とすと時間が経てば燃え尽きる。それでも、持参してきたたいまつを使わず、中でいざというときの明かりにできるのはおいしい。
「先導するのは俺とお前か」
「その鎧姿は立派だな。是非とも盾役として頑張ってほしいものだ」
「おお。お前も、しっかりとその槍で後ろから戦えよ?」
前を歩くのは俺と、大柄の男。本来であれば、スカウトが前を言って罠の有無を確認するものだが、まず罠があるかも不明な迷宮だ。そもそも、そういった罠はこんな入り口からあることは珍しい。仮に入り口から罠があるのならば罠が多く存在する迷宮となるだろう。
後ろに中衛とスカウトを置き、間に魔術師二人を置く。後ろからの襲撃があると魔術師のような直接攻撃手段が少なく打たれ弱いメンバーは不利になる。そのため、後詰めはそこそこ耐久力のある人員の方がいい。
道を進むと広い場所に出る。そし、広い場所の先に明らかに通路とわかる道がある。その通路は二十メートルくらいの距離しかなく、その先には明らかに広い空間があるのが遠目でも見えた。
「罠はない……いや、攻撃性のある罠はない、みたいだな」
「攻撃性のない罠は?」
「ああ。降りてくる扉のようなものはあるが……作動条件が分からねえ」
スカウトが通路の出口の上部分を指さす。確かに、隙間と思わしきものがある。中を覗きたいところだが、中をのぞくには通路内に入らないといけない。
「俺が様子を見てくる。少し待ってろ」
そう言ってスカウトが通路の中に入っていく。通路の入り口には扉の罠はない。一応すぐに逃げられるように、体制を整えてはいるが、入っても特に罠は発動しない。
「っ!?」
スカウトが通路の出口の罠を確認し中に目を向けていると突如驚いたように後ろに飛び退りこちらに戻ってきた。
「どうした!?」
「な、中にやばいのがいる」
「何がどうやばいんだ?」
「……ありゃあ、大鬼だ。しかも武器持ちで二体。ついでに、奥には通路の出口にあったのと同じような扉があったぜ」
スカウトの話を総合した所、通路の先にある広場の中には武器持ちの大鬼……オーガが二体。武器は棍棒と大斧。そして、その二体は両端の壁に接するように武器を縦に眼前に持ってくるように構えており互いに相対している。位置は中央よりも奥寄りだ。
そしてそのオーガ二体の間、通路から真っ直ぐ先には扉、今スカウトが確認した通路の降りてくる罠の扉と同じ扉が、すでに降りた状態で存在しているとのことだ。つまり、これは門番式の罠、中にいるオーガ二体を倒すことで扉が開くということだろう。恐らくだが、扉が降りてくるのは中に入ったら……だと思うが。
「……大鬼か。だが、それくらいならなんとかなるな」
魔術師二人がいる以上、一体に魔術を集中攻撃させればすぐに倒せるだろう。もう一体は生き残っているが、流石に一体であれば相応に苦労することになるが、二体同時に戦うよりはましだろう。
「よし、まずは全員で行くぜ。通路で魔術師は魔術の発動準備をしろ」
そう言って、皆で通路に入り、目の前で扉が閉まった。
「……は?」
出鼻をくじかれ、思わず全員の間抜けな声が重なって響いた。