6
将人が迷宮の構造を弄っている時、配置する魔物や植物、鉱物などの資源地帯、水源など色々なものを配置できるのだがこういったものには名前が存在し、配置する前に名前を確認することができる。そういう配置物で物の名前を確かめているとある植物を発見する。日出草、日入草、一日草という露骨にわかりやすい名前をした草花が将人の目に入る。
試しにそれらの植物を植木鉢に植えて最下層に配置したところ、ようやく時間経過が分かるようになった。一日草は四つの花を持つ草で、その花は四方向を向く。この花はどうやら一定の方向を向き続ける性質があるらしく、方位磁針くらいに正確に四方を向くようだ。そのあたりの理由は将人には不明だが、一日の情報だけでなく、方角の情報について思い出すことができたのも一種ありがたかったものだった。なお、この花のことを調べたのち、磁石……というか、方位磁針を迷宮の財貨として呼び出し、どの花がどの方角に対応するかわかったようである。
一日草は赤、緑、青、黄の花を持ち、方位磁針もその色に合わせた方角の示し方になっている。常に一定の方角を指し示すのは青の方角、その方角を北と仮定し、南が赤、東が緑、西が黄に対応している。恐らくだが、方位磁針の色は一日草に合わせた物なのだろう。そして、緑青黄赤の順番に花が元気になり、他がしぼむ、それを周期的に繰り返す。日出草は名前の通り日の出の時間に咲く、日入草は日没の時間に咲くと考えるのであれば、緑の花が日の出の時間に元気になり、黄色の花が日没の時間に元気になるようだ。
そんなふうに一日の時間の経過が分かったのはいいことだったのだが、結局のところ年月日の制定に関してはわからなかった。一応迷宮の侵入者用に一日の経過を表す草木を置くことにしたが、将人も自分がなぜそんなことをしたのか疑問に思っている。恐らくだが、将人自身が時間経過が分からないことに困っていたため、他者が同じようにならないように、と無意識に行ったのだろう。
「将人さーん、迷宮は完成しましたかー?」
「だいたいもう出来てるけど……いくつか最終調整しておきたいところはあるけどさ」
「えっとですねー、もうそろそろ時間ですのでー」
「もうそろそろ……いつ? 前言っていたときにすでに一ヶ月きってたっぽいけど」
「えっと……明日ですー」
「………………はあっ!?」
ノエルが将人に必要内容を教えるタイミングは実に遅い。最終調整がまだ終了していないのに、いきなり期限が明日だと言われればかなり問題だろう。
「それ、せめて昨日に言え! 前日に明日が期限っていうやつがあるかっ!」
「わわわっ! 何怒ってるんですかー!?」
「お前がのんびり過ぎるのに怒ってるんだよっ!」
将人もさすがに怒鳴りつける程度には怒っている。最も、怒っても仕方がない状況であるのは将人も理解しているので一回怒るだけだ。叱りつけるときに叱りつけないと、後で叱りつけても何のことだかわからないという風になるので今すぐに叱らないとならないのである。もはやペットと同等の扱いだろう。ペットの方が手間がかからないから余程いいかもしれない。
「はあ……とりあえず、できる部分はすぐにやっとかないと……!」
「何をそんなに急いでるんですかー?」
「普通は急ぐっての!」
そんなふうに、迷宮の入り口が外に繋がる前日も、将人はどたばたとして大変な様子だった。
一日草の花が巡り、一日が経過したことがわかる。前日、寝ずに迷宮の構造の操作をしているせいで、将人は睡眠不足でかなり眠そうな状態に見える。
「あー………………」
「おはようございますー。何か疲れてるみたいだけど、どうしたんですかー」
「眠い……」
「一日草のおかげ時間経過が分かるんですからー、ちゃんと時間を意識して眠ったほうがいいですよー」
「おーう…………なあ、ノエルは侵入者とかいたらわかるのか?」
「んー、ちょっと無理ですねー。将人さんもそういうのはわからないはずですし、ベルとか、警報とか、侵入者がいたら連絡する物を作ればいいと思いますよー?」
そういったシステムは将人の方で構築していない。迷宮の主であってもわからないとノエルは言っているので、ノエルがわかるということもないのだろう。仕方ないので眠いのを我慢しながら設備を最下層に置く。各階層に侵入者が入ってきたときに点灯するランプ、わかりやすく階層の数字を小さい豆電球の数で示すものだ。こういった、ファンタジー世界観に似合わない設備も作れるのは迷宮の謎の一つである。
「誰か侵入して来たら起こして……」
「おやすみなさーい」
自分の部屋に戻っていた将人を見送り、天使は朝食を作ろうと、動物や野菜のあるエリアへと向かっていった。
「……あれ、今いつ?」
将人が起きたのはかなり時間がたったと思われる状況である。丸一日眠っていた、ということはないだろうと思っていだが、外に出ると一日草の赤の花が咲いている時間だった。将人が寝たのは緑の花が咲いている時間なので、すでに一日たっているのは確実だろう。短い睡眠時間を過ごしたとは思えないほどに眠気がとれているので、そうとしか将人には思えなかった。
将人は、ずっと寝ていたと気づいて血の気が引き、急いで部屋の外に出る。
「ノエル! 侵入者は!?」
「あ、おはようございますー。って、もうお昼ですよー?」
「………………」
「もう、挨拶くらいしましょうよー」
ノエルは相変わらずののんびり具合である。もはや頼りにならない、と将人は感じたので、とりあえず侵入者がいるのかどうか、昨日に設置したランプを見てみる。点灯はなし、侵入者がいない状態だ。突貫工事なので、もしかしたら侵入者がいても反応していないのでは、と一瞬思って迷宮の核に触れ、確認したが正常な様子だ。
「……あれ? 侵入者は?」
「いるわけないじゃないですかー。迷宮の発生が分かるのは、周辺の魔物が強くなってからですから、解放されてから結構時間が経ってからですよー」
初耳である。確かに、迷宮の入り口が解放されたことを人類に神様が告げる、入り口が街中にできるなど、そういうわかりやすい事例でもなければ、簡単に侵入者など出現するはずもない。仮に、火山の火口内に入り口ができれば侵入者そのものがいなくなるだろう。最もそんなことはないはずだが。
通常、迷宮の発生が分かるのは、迷宮から放出された魔力により、不自然に魔物が強化されることによってであるため、解放直後に迷宮を壊そうとする人間が来ることはない。偶然迷宮が発生されるなどの珍しいケースでもなければ、短くても一カ月間は侵入者が出てくるまでの余裕があるのである。
「……あのさ、ノエル? そういうの、先に教えてくれない?」
「え? でも、こういうのは常識ですから―」
「天使の常識と、俺らのように召喚されて全く迷宮のことに詳しくない奴らの常識は全然違うんだって! もう、本当この天使大丈夫なの!?」
もはやノエルに期待するだけ無駄だ、とまた将人は思う。ところどころでちゃんと重要なことを教えてくれるのだが、同時に重要だが必要でないことはまったく教えてくれなかったりもする。何度も期待して、期待を裏切られるのを繰り返している将人であった。