1
「…………いったいなんだっていうんだ、いやマジで」
平凡な男子高校生の八塚将人は休日を堪能するため、部屋のベッドの上で横になっていた。本を読む、ゲームをする、テレビを見る、お菓子を食べる、色々な娯楽を楽しみながらのんびりしていた。しかし、その状況は一変した。そろそろ夕飯の時間だったので、ベッドの上に置いてある色々なものを片付けておこう、とベッドから降りようとしたところに、変な穴が開いた。ちょうど降りようとしたところだったこと、そんな穴が開くことなんて全く考えになかったこと、手に漫画本を持っていたこともあって、とっさに何かをつかんだりして体を支えることができず、穴に落ちてしまった。
そして、今将人はその時持っていた漫画本とともに、白い壁に囲まれた部屋の中にいる。目の前には、多面体、二十面体のダイスよりもさらに面が多いと思われる宝石のようなものが、地面から伸びた台座の上に鎮座している。大きさは人の頭ほどはあり、宝玉として考えれば途轍もない価値がありそうなものだ。
「ここはどこだ……? 扉はないし、誰かにここに運び込まれたってわけじゃないよな」
将人は周囲を見渡す。白い壁と台座と宝玉、今いる部屋にあるのはそれだけだった。頭上を見上げても、恐らく彼が落ちてきたと思われるような穴もなくなっている。あとは将人自身と彼の持っていた漫画本くらいだろう。
「……あの宝玉、露骨に怪しいよな。ちょっと現実的じゃない……って、今更だな」
将人は台座の上にある宝玉に目をつける。先ほど彼自身が言った通り、あの宝玉に何かがあると彼は考えている。それは彼の暮らしていた日常において非現実的、ファンタジックと表現するようなありえないことではあるが、そもそも彼が今ここにいることそのものが非現実的な事象だ。ならば、非現実的な事象を起こせる何かがあってもおかしくないと考えるのは、飛躍した思考ではあるかもしれないものの変な話ではないだろう。
将人が立ち上がり台座に近づく。宝玉は変わらずその秘めたる価値を示すかのように輝いている。将人はその宝玉に顔を近づけまじまじと見る。
「……すごいな、これ。乱雑にカットされてるってわけじゃなさそうだけど、その癖滅茶苦茶面になってるところ多いな」
多面体としてみても、宝玉の面はあまりにも多かった。もしかしたら、見たことはないが、正百面体だったりするのではないかと将人は思うほどに面が多い。
そんなふうに、宝玉に目を奪われていたところ、いきなり部屋に光が満ちた。かっ、と映画やゲームなどで閃光弾の類が爆発したときのように光が部屋に満ち、将人の視界もその光に焼かれる。しかし、その光は攻撃的なものではなくあくまで視界をふさぐ程度の光量だったらしく、一時的に光に目を潰された程度で済んだ。
「な、なんだ……!?」
光が収まった後、将人は部屋を見回すと翼の生えた白い薄着の女性がいた。それはいわゆる天使と呼ばれるような存在に似ている。
「はじめましてー! 私はあなたの迷宮作成のお手伝いをさせていただく天使です! 今回は人間さんが召喚されたみたいで、私とっても安心ですー!」
「えっ?」
女性は自分から天使と将人に名乗った。見かけ通りだが重要なことはそれ以外にも多い。女性の言ったことから将人が得られた情報、迷宮作成と召喚という内容である。
「……えっと、俺が召喚されたってこと?」
「はいー。えっとですねー、迷宮作成はこの世界から迷宮作成に必要なマスター、迷宮の主を召喚しないとできないんです。だから、適当に誰かを召喚することになってるんですよー。これが結構酷くてですねー、前回はオークさん、前々回は狼で碌に意思疎通できなかったり私が襲われかけたりで大変だったんですー。その点今回は人間さんみたいで安心ですよー」
「あ、ああ、そ、そ、そうなの」
将人は思わず頭に手をやる。天使を自称する女性の言っていることに頭が痛い、と思ってしまったからだ。だが、重要なこと、必要なことは聞き逃していない。
「……この世界から迷宮作成に必要なマスターを召喚する、って話だけど」
「はい、そうですよー。人間さんは珍しいですけどねー。だいたい魔物だったりしますからー」
「俺、この世界の人間じゃないと思うんだけど。ここからじゃわからないけど」
「えー? そんなことないですよー?」
「えっと、これ見てくれる」
そう言って将人は持っていた漫画を見せる。もし、この世界が将人のいた世界であれば、少なくとも理解を示してはくれるだろう。
「わー……すごいですねー、人間さんこんなもの作れるんですかー。でも、絵はいいですけど、この線の多いのは何ですかー?」
「……これ、読める? 文字なんだけど?」
「読めないですねー。でも、こんな文字は……知らない……です」
「……それは、俺がこの世界の人間じゃないことの証明にはならない?」
天使は落ち着きなく、あちらをみたりこちらを見たり、と視線を移動させている。先ほど将人の言ったことを天使は信用していなかったが、将人の見せた漫画を見てようやく将人のいうことが本当である可能性を考え始める。
「え、えっと、あ、そうだ! ちょ、ちょっと待ってくださいねー! 神様に聞いてきますー!」
かっ、と天使が現れた時のように部屋に光が満ちた。そして、光が収まったときには天使の姿は消えていた。先ほど言ったことを考えると、神様の下へと移動したのだろう。部屋には将人だけが残り天使が戻ってくるのを待つしかなかった。
「……神様が直に対処してくれるのであれば、帰れるかな?」
まだそう判断するには早いが、神様という存在は将人の知る限り相当凄い存在という認識になる。そうであるならば将人を元の世界に戻すのは容易いはずだ。そもそも、召喚できるのだから送還することだってできるはずだ。
「……あれ、でも俺は神様が呼んだってことじゃないのか?」
ここへの召喚がどういう条件で行われるかは不明だが、神様が直接呼んだのであれば還ることは出来ない。そのことに将人は思い当たる。
「でも、あの天使はこの世界から召喚するって言ってたしやっぱり事故じゃないか? なら大丈夫だよな……」
不安にはなるものの将人には待つしかできない。しばらくして天使が現れた時のように部屋に光が満ちた。天使が再び現れるということは神と話をしてきたということ、つまり将人がどうなるのかがわかるということだ。光が収まり部屋を見回すとやはり天使がいる。
「なあ、俺はどうなるんだ? 神様と話をしてきたんだろ?」
「あ、人間さん。え、えっとですね……」
天使は少しだけ、言いづらそうに口ごもったが、結局言わなければならない、と、きりっとした表情になって、将人に告げた。
「残念ながら、人間さんは元の世界に戻ることは出来ません」