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「なかなか凄いわね」
セディアが馬車の周囲に張った結界を見て感想を漏らしている。凄いと言われても、セディアも同程度の魔法はできるので大したものではないはずだが。
「これくらいならそっちもできるだろ?」
「あなたくらいの年齢でできるのがすごいって言ってるのよ。今の私ならこれくらいの魔法は可能だけど、それだけできるようになるのに何年かかったことか」
「…………」
「あら、何か言いたいのかしら?」
いったいセディアの年齢は幾つなんだ、と聞きたいと思ったが、本能的に、そういった年齢的な内容を女性に聞くのはよくない、と感じたので口をつぐんだ。最も、感づかれた様子ではあったが。
「……言っておくけど、私はそういうのはそこまで気にしない方よ。でも、それでも直に聞かれれば腹が立つから、言わなかったのは正解。でも、まあ、気にはなるでしょうね」
「勘が鋭いなあ」
「五百年は生きているもの、当たり前よ。今までの経験が違うわ」
五百年……まあ、魔女は長生きという話は聞いたが、実際に言われるととんでもない話である。羨ましい……と思ってしまう気持ちがある。
「ちなみに、魔女の寿命は?」
「八百から千年ほど。まあ、普通の魔女であるなら、だけど」
「ずいぶん長生きなんだな。やっぱり見た目だけ人間のように見えるけど全然違う種族なのか……」
知識として、細胞とかそういうのはどうなっているのかを知りたいと思ってしまう所がある。流石に細胞の採取の手伝いなんかはしてくれないだろうけど。こちらとしても、調べる手段がないのでそういう方面の調査をする気はない。あくまで興味、に過ぎないものだ。
「私たちでもよくわからないものよ。そういうもの、と思って気にしない方がいいわ」
個人的な魔法使いの矜持としては、知識を求める、知識欲の権化みたいな感覚がある。なのでそういう考え方はどうかと思うが、わからないものはわからないので気にしないことにする。
そんな小さな魔女との会話もありつつ、そこそこ悪くない関係を築きながら王都ミアへと到達した。馬車は王城へ向かい、王城に着くとすぐに王様の下へと案内される。最も、謁見とかそういう場ではなく、会議室で重苦しい雰囲気を漂わせている場へ、だが。
「おお、アルリアに魔法使い殿、戻ってきたのか……見ない女性がいるようだが、紹介してくれるか?」
アルリア姫の方に視線を向ける。どうするか、という意味合いだが、向こうもこちらの方を見て困惑している。姫さんの方でもどうするかというのは考えていなかったようで、こちらにどうするか促すつもりだったのかもしれない。しかし、どうするか決まっていない、わずかな思考の間に、セディアが前に出る。
「初めまして。私は"金曜"の魔女、イルスディア。私の下に訪れた、この男の人から話は聞いたわ。魔王が復活した、と」
「……そなたが魔女、なのか。対価を渡せば願いを叶えてくれる、という」
「そんな話もあったわね。ただで人の願いを叶えるのはよくないから、代わりに報酬みたいな感じでもらっていたらそんな話が広まっていただけなのだけど。今回は魔王に関する話を聞きたい、と言われたから、二度手間になるのも嫌だからこうしてここまできて、私が知っていることを教えることにしたの」
「それは……感謝する」
王様から素直に感謝の言葉が出たことに驚いた。会議室の重苦しい雰囲気から、何かあったのかもしれない。
「何かあったのですか?」
「……魔王が言ったと思われる迷宮がある街へと騎士を向かわせた。幾つかの待ちの迷宮は破壊されていたが、ある街では迷宮の破壊どころの話では住まない状況になっていた」
机の上に広げられた地図に王様が目線を向ける。地図上に大きく囲いを作られ、その上に大きな建物を表す物品がおかれている。
「魔王が作ったと思わしき城が、この場所にあった」
「……なんですと?」
魔王が復活してそこまで時間が経っていない、というのにすでに城が経っていると言う。流石におかしいだろう。
「かつての魔王城を持ってきたのか、それとも新たに建てたのかはわからないけど、厄介な話ね」
セディアが話に入る。セディアが語る限りでは、魔王は物理法則、現在の世界の法則を無視したことができ、その一つとして空間のルールを超越して物の移動を可能としたり、時間的な無理を取っ払って活動を行ったりできると言う。最も、それを行うのに必要な消耗は大きい。復活したばかりでそれだけのことをやったのであれば、今居城としている場所で静養して力をつけているだろうとのこと。
「今ならば、魔王を討つチャンスか」
「魔物は魔王がいる限り際限なく作られるけどね。安易に突っ込んでいっても死者を増やすだけよ」
魔王が静養しているとは言っても、別にその力そのものがなくなったわけではない。そもそも、魔王の本拠地だから外部からの侵入者への対抗策、防衛術なんかは働いているし、魔物を生み出すシステムは止められることはない。周辺の動物は徐々に魔物化していくだろうとのことだ。
「しかし、放置するわけにもいくまい」
「魔物が増えるのであれば、早急に決着をつけねば……伝説と同じことになりそうですな」
魔物は増えるが、人間は減っていく一方というのが伝説における人間側の状況だった。このままにしておけば、魔王が力を回復させ、魔物がより増えることになる。今すぐけりをつけに行かなければ、危険が増えるだけだ。
「魔王の城の防衛機構、魔王が張り巡らせた力に関しては私が対応します。あまり時間をかけるとよくない状況になるでしょう。すぐに動ける人員はいるのかしら?」
「…………騎士たちはどうなっている?」
「そ、その……すぐに動かせる状況では」
「各地に散っております。招集をかけても、簡単には集まらないでしょう」
「魔王の城を確認して怖気づいて逃げた者も少なくありません」
「……やれやれ」
王様が頭が痛いとでもいうように額に手を当てている。まあ、騎士の状況が悪いようなので仕方がないのかもしれないが。
「あてにならないわね。あなたたちの方は問題ないわね?」
「……ああ、もちろん。手伝わせてもらうさ」
「それは頼もしいわね」
こちらを見て言われた。強制参加のようなものだが、まあ、元々どうにかするつもりはある。
「そちらがどうするか、は置いておくわ。魔王に関しての話をしましょう。元々、私はそのために来たわけですから」
「うむ、頼む」
そうして、魔女の知る限りの魔王についての知識、それをこの場にいる人間に教える講義が始まった。まず、最初に魔王に関しての情報、伝承と照らし合わせて誇張されている内容から、実際よりも過小表現されている内容に関して、そういった内容から推測される現状の魔王の力量、そして、何よりも重要なのが魔王の能力について、である。
魔王の能力は、動物を魔物に変えたこと、魔力を必要としない拒絶と隔離の結界、範囲内における常識、世界法則の書き換え、そう言ったことから判明したことが、性質や法則の塗り替え、変質である。既存の魔法は神から受け取った力だが、魔王の能力はその力の枠を超えたものであるということだ。
そもそも、神と魔王はもともと対立関係、もしくは同性質の立場にある者であり、それが敵対関係になったことで、神が魔王に攻勢をしかけ、その力の大部分を削ったのが今の魔王の状況となる。そして、その後人間の手により討ち果たされ、肉体は滅んだが、その存在、魂までは消滅しなかった。今は奪われた自身の力を回収することで、失われた肉体を修復し、昔の自分に匹敵するまでには回復しているだろう、ということだ。
つまり、伝説における魔王そのものが今の魔王である。流石にその内容を聞いて動揺が広がったが、当時の人間たちでも勝てた以上、今の人間でも勝てない道理はない、ということで話がまとまった。
「……一週間待ってほしい。その間に、こちらで魔王討伐に出向く騎士の選出など、準備を行う」
「こっちもすぐに行ける準備が出てきているわけじゃなからいいわ。そちらはどう?」
「ちょっとした準備はする必要があるし、一週間猶予ができるならちょうどいいかな」
実際のところ、すぐにでも行けるが、やはり心構え位あったほうがいい。どうせなら、ここで何か借りれそうなものを借りると言うのもありかもしれないし、準備時間はあったほうがいい。
「それじゃあ、一週間後に魔王を討ちに行くということです」
「ああ……まさかこんな騒動に発展するとは」
魔王復活の代となった王様は苦労が絶えない状況だろう。同情せざるを得ない