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「結界が消えた?」
獣人の村に戻ってきて、長である老婆が話してきた内容は、魔王の張ったらしい結界が消失した、ということだった。
「そうさね。結界だけじゃない。あの巨大魔獣も、今では出現しなくなった、って聞いてるよ」
「……どうしてそのことを?」
「そりゃあ、監視に回していた奴らが全員戻ってきたからに決まってるじゃないか。結界に何かあったら報告しにくるに決まってるよ」
確かにそうだろう。先ほどの質問の意味はそちらの意味もあるが、どちらかと言えばなぜこちらにそのことをわざわざ教えるのか、という意味でもある。
「……まあ、それはいい。なぜ消えた?」
相手の意図や目的はこの際おいておこう。重要なことは何故、そういった異変が起きたか、ということだ。最も類推はできるが。
「お前さんはどう思う?」
「……魔王が消えた、可能性としては低くはないだろう?」
「そう思ってないねぇ。今更魔王が消えたっていうのはちょっと妙じゃないかい?」
「妙とは思わないが、それなら片鱗くらいはあるとは思ってる」
もし、今も復活を待っている魔王が完全に消失したら消える、というのであれば、いきなり消えるのは少し妙に感じる。最も、ありえないとは言えない。
「まあ、そうさね。魔法と同じ考え方なら急に消えるってのは変だ。力が弱まって消えるか、時間が指定されていて消えるっていうならまだ話は分かるよ。だけど、今回のは本当に唐突だ。ちょーっと、ありえないだろうねぇ」
「魔王が討たれてからの時期、力の供給量の関係とか、そのあたりでは全く考えられないと?」
「一定時期にしている意味があるかい? 籠められた力がなくなった、っていうならとっくの昔に消えてるさ。そもそも、魔王は死んじゃいない。体は死んでも、存在はそうそう死なないだろう。なら供給は続けられていたか、それとも別の要因で維持されていたかってことじゃないかい?」
「…………じゃあ、なんで今消えたのか」
ずっと維持されていた結界と、魔物の出現。それが唐突に消えた……いや、消されたというべきか。もしくは変更されたという所か。
「まあ、予測を立てるのであれば……結界や魔物の出現をしていた意味、それがなくなったってところじゃないかい?」
「……そもそも、なぜ結界を作る意味があったのか」
「そりゃあ、魔王が住んでいた場所だから、だろうねぇ」
「すでに住んでいない、自分の死んだ場所を守る意味、そして守る必要がなくなったという意味」
「つまり」
「「魔王の復活」」
言葉が老婆と重なる。内容も、重なる相手もあれだからあんまりうれしくはない。
「ひひひ、嫌になるねえ。まさか魔王が蘇っちまうなんてねぇ」
「あくまで推測だ。確定事項じゃないだろう」
そう、まだ現状から推測している内容である、というだけだ。そうだと決まったわけじゃない。
「まあ、そうだね。でも、最悪の想像はしておかないといけないよ」
「……そうだな」
魔王が復活したのであれば……倒すしかない、とは思うが。そもそも、魔王の力は神の下へ送られている以上、以前よりは弱いはず。いや、弱体化させられた時点でそこから力を回収したのであれば戻ってる? でも、回収して強くなったのであればとっくに復活している……回収した力が、復活できるくらいの力になる程度に力が満ちた……そんな感じか?
「お前さん、いつまでここにいるつもりだい?」
「……何が言いたい?」
「もし、魔王が復活しているなら、お前さんがここにいる意味はあるか?」
ここにいる意味。あると言えばあるし、ないと言えばない。単純に、この老婆と話し合うことでより可能性や理論に幅を広げられたのがよかったからここに泊まっていた。獣人に対しても、恩返し代わりにいろいろと教えたり、逆にこちらのやりたいことを労働力なりで叶えてもらったりとしてもらっていた。
だが、もし魔王が復活しているのであれば、それに対しての対策をとる必要はあるし、対処も必要だ。魔王がここを襲ってくる可能正は……ないとはいわないが、どうだろう。襲ってくるところを返り討ちにする、というのはありだが、俺の魔法が通用するのかは未知数だ。少なくとも、あの結界には魔法は通じなかった。
「……難しいな。魔王に対抗する手段はなくはないが、それが有効かは疑問なところだ」
「確かにねえ。お前さんが強いってのはわかってるけど、だからってそれが魔王に効くかはわからないよねぇ。魔王の力……能力は魔法とは別種、歴史、勝たれていることから、変質、変化、変更、そんな感じの作用をもたらすもの、っていう推測はできる」
「変更……だから結界はルールを変えられて魔法は効かないものになっていた」
「可能性でしかないけどねぇ」
魔法が効かないようにルールを変えられればどんなに強くても魔法は通じない。そうなれば、俺が強い魔法を使えても、意味はない。まあ、やりようはなくはないけど、単純な攻撃では意味がなくなるだろう。
「お前さんは本来の予定通りにしたらどうだい?」
「……魔女か」
「そうさ。お前さんは行くとは言っていたが、何故かは知らないがここに残ってたじゃないか」
エリテを連れていく以上、余裕を持っておきたいという考えがあったからだ。最近はどうも、エリテは俺と一緒にいることが多い。それが悪いとは言わないが、俺とだけといっしょにいる、っていうのはあまり良くない。ここは獣人の村であり、エリテに対する辺りはよそ者とはいえ弱い。俺が人間であるから、というのもあるかもしれないが、割とエリテに対しては親切というか、良く関わろうとしている感じが村人には見られる。
最も、エリテは俺に対する村人の対応で少しやきもきしている感じだ。別に俺に対してはちょっと一線を置いている感じがあると言うだけで頼めば聞いてくれるし、こちらからの知識の提供もあってかそこまで関係は悪くはない。ただ、やはり人間に対して、という感じの間の置き方は残ってるが。そこが余計に気になる部分みたいだ。まあ、エリテも大分精神的には成長しているのでそういう所があっても見せない、出さないようにはするようになっている。
「まあ、色々と準備することがあったからだ」
「あの子のこととかかい? まあいいけどね。とっととおいき。時間は待ってくれないよ」
「……ああ、ただ、今から出ていくと時間があれだから明日かな」
「ああ……そうだね、追い出すみたいになるとあれだねえ」
魔法で飛んでいけるとはいえ、ここを出て元来たところに向かうとなると、結構時間がかかる。いや、最初ほど時間はかからないか? 巨大魔物が出てこないとなると……いや、それでもやっぱり今から出ると遅いな。野宿、隠れ家に行けば休めるが、それはこっちの人間は知らないわけだし、やっぱり今出るのはよくない。
「……明日、出る。そのつもりで今日エリテに話す」
「そうだね、それがいいよ」
いきなり出ていく、とエリテに告げてもダメとは言わないが戸惑うだろう。一晩だけとはいえ、心機一転できる時間はいる。とりあえず、以前話を聞いた魔女のところにいくことにする。魔王の方とは反対方面だったから、かなり遠くになる。ここに来た魔女に関して知らないらしいから、話に聞いた魔女が知っていることを期待して行くことにしよう。対価があれば願いを叶えてくれる可能性もある、という話だし、それくらいなら問題なく叶えてくれそうだし。