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自分の所属している悪の組織のアジトを攻めるというのは奇妙なものだ。
今まで過ごしてきた場所が戦場なのだ。元仲間たちが混乱している状態を見ながら施設を駆けていく。
基本的に誰かが裏切った、仲間のうちの一人が敵であるとは思っていない。そんな情報はそもそも漏れていないのだから。
正義の味方の基地を侵攻しようと思っていたら逆に攻められたせいで統制も正しい情報連絡もなっていない。
ただ、侵攻前ということで怪人はほとんど全員が集まっている状況だ。混乱が落ち着けば正義の味方達も苦労することになるだろう。
その前に、アジトを落とす。前に悪の組織を責めた時は他所で全容を把握していなかったが、今回は自分のいた場所だ。
首領のいる場所はわかる。まだ仲間という認識なので途中にいる怪人は素通りで首領がいる場所まで来た。
「首領! 正義の味方側が攻めてきました!」
反応がない。玉座ともいえるような豪奢な椅子に座ったままだ。
「早いな。お前がそれほど相手の情報を得るのが得意だとは思わなかった」
くっくっくっ、と首領が笑う。
「しかし、見事な悪行よな。裏切り。実にいい」
既に気づかれている。早い。
「常々、この組織のうちで何かあるならお前がきっかけになるだろうと思っていた。そうだと思っていたからこそ、お前をよく使ってきた」
どうする? うちの首領は前に戦ったような老爺の首領とは違い、肉体的にも強い。
能力を発動させようと考えたところで呼びかけられる。
「能力は使うな。私はお前と話したい」
その言葉とともに、猛烈な気配、存在感ともいえる圧力が向けられる。
蛇に睨まれた蛙のように動けない。
「話を聞け。どうせ正義の味方側では私は倒せん。それができるのはお前のような奴だけなのだからな」
ふっ、と圧力が解ける。流石にうちの首領はやばい。
「なんで俺だけが首領を倒せるんだ?」
「ふっ。理由を説明してもいいが、まず座れ。立って話すのも疲れるだろう」
首領が手を振る。横に椅子ができる。一瞬で物を作る力、もしこれで攻撃されていればどうだっただろうか。
大人しく座る。恐らく抵抗は無意味だろう。力の差が大きすぎる。
もし正義の味方側が攻められていればどうなっただろうか。首領が動いていれば確実に落とされたと思う。
「さて、改めて理由を説明しよう。そもそも、私は悪の首領の中でも特殊だ」
「……あんたが強いのはわかる。強いだけなら倒すのは不可能じゃない。だけど特殊ってのはどういうことだ?」
「そもそも私はある神の暇つぶしで作られた闇の存在。普通の生物とは違うのだ」
神の暇つぶし。そんな理由で作られたと言う。
「それは本当なのか? そもそも神様が何で暇つぶしにそんなものを作る?」
「意外と神は暇をしている。ある神は暇つぶしに異世界に人を送るし、ある神は暇つぶしに異世界に転生している。ある神は悪の存在を作り、悪の組織を結成させ、その所業を見守っている。私はその存在だ」
にわかには信じられない。
「その証拠にこの組織名はジャシーンだ。私は邪神に作られた存在なのだ」
余計信じられない。
「……仮にそれが本当だとしても、何であんたを倒せない?」
「私は闇だ。それは物理的な意味での闇であり、精神的、存在的な闇も含む。人がいる限り、人の心の闇は消えん。光の対として闇は生まれ、光の存在しない場所は闇だ。どうやってその闇のすべてを消し去るというのだ?」
「……」
仮に首領がこの世界に闇が存在する限り生き続けるならば、確かに不可能だ。
「それならなぜ俺があんたを倒せる?」
「自分の能力を理解しているだろう? この世界の法則から外れる規則破り。かつては八島の人間にその能力を持っているのを見たことがあるが、それ以外の存在にはついぞ生まれ出でなかった能力。絶対能力に比べれば格段に落ちるが、世界に匹敵するほどの能力であろう。それであれば、私も世界における絶対性から外れることになる」
規則破り。かなり特殊な能力だが、まさかそこまで絶賛される能力だとは……
「そもそも、こうなることは運命だったのだろうな。お前を改造したときにその能力を得たせいで闇に染めることもできなかった。もし、お前が悪に傾いていればこうはならなかっただろう」
「……何?」
「本来悪の組織に自発的に参加するような悪の心を持つ人間であれば、わざわざ闇に染める必要はない。しかし、お前たちのように応募で来たような人間は悪の側に傾いていないものばかりだ。そういった存在をそのまま使っていればよくない結果になる。だから改造してから闇を流し込み悪の側に傾けていた。能力が変質してしまうから改造前にはやらなかったが、そのせいでお前を闇に染めることはできなかった」
初耳だ。
「ここですねっ!」
話している所に水城が入ってきた。
「む? 正義の味方はここには入ってこれないはずだが」
「佐山さん!」
「……ふむ、何らかの繋がりがあるのか? なるほど」
椅子から立ちあがり、水城のそばに行く。
「水城! 他の奴は!?」
「入ってこれないみたいです…」
「ここは闇に包まれた場所よ。正義の味方のような光側の存在は入ってこれぬ」
どうやら他の正義の味方は入ってこれないようだ。もともと対策されていたのだろうか。
「さて、そろそろこの戦いを終わらせるか」
そういって首領が立ち上がり剣を抜く。
「っ!」
「落ち着け。別にお前たちに斬りかかるつもりで抜いたわけではないわ」
そういって剣を投げ、床に突き刺す。剣は真っ黒だ。色が黒なのではない。
その全体が闇に包まれている。
「それを折るがいい。お前の能力ならそれができよう」
「……折ってどうする?」
「それを折れば、すべての怪人は死ぬ。もともと改造するときに闇を流し込み、その剣に宿している闇の力と一心同体だ。その剣を折れば闇は解かれ全ての怪人は闇を失い、その力に支えられていた肉体は死に向かう。そうすればここも終わりだ」
何故、首領がそれを望むのか。
「それは……! 佐山さんも死んでしまうのでは!?」
「ふむ。能力に関しては聞いていないようだな。面倒だから説明はせぬが、そいつは死なんぞ」
「……まあ、死なないだろうけど。なんであんたがこんなことをする?」
「お前がここに来た時点で決まっていたのだ。ここで終わらせる運命だと、な」
たったそれだけの理由を聞かされても正直納得がいかない。だが、本当にそれで終わるならこれ以上ないくらいのチャンスでもある。
「……本当にいいのか?」
「ここで終わらせなければ正義の味方の基地に攻め入るぞ? 別に私はそれでもかまわん」
選択肢はない。いや、あるのかもしれないがその選択肢を見つけることはできないだろう。
首領を前にして生き延びたいのなら、首領の言うとおりにする以外はない。それほどに実力差は絶望的だ。
能力を使いながら剣に手を伸ばす。流石にあの闇に触れたらまずそうだからだ。
そして剣に能力の影響を与え、この世界のルールから外す。そのまま剣を手折る。
ぱきん、とそんな音をして剣が折れた。
「これでようやくお仕事も終わりですね。ラスボス役もなかなか大変です」
目の前から、女性の声が聞こえた。
首領のほうに目を向ける。そこにはぴりぴり、と体の皮膚が線のようにはがれている首領がいた。