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魔王が住んでいた地域、そこを進んでいると何もないぽっかりと空いた空間が見える。見えるのは草も生えていない荒涼とした土地だけだ。どうにも奇妙に見える。今まで建物の名残や、人の作った道の痕跡、そうでなければ大体は草原のような自然あふれる場所になっていたのに、なぜかこの先は荒涼とした草も生えない土地になっている。
「……なんか怖いね」
「怖くはないが、妙な感じだな」
別段土地がどうこうなっていても怖いということはない。ただ、極めて奇妙だ。恐らくは何らかの影響があるのだろうけど、とりあえず様子を見に行こう。草の生えない土がむき出しの土地へと入ろうとする。
「っ!?」
「痛っ!?」
見えない壁にぶつかる。どうやら土が見える部分と見えない草原部分、その境目となる部分に結界のようなものがあるようだ。結界のようなものと称するのは俺にはこれが何かわからないからだ。
「何だこれは……」
触ってみるが、触れたこちらに対し攻撃してきたりする様子はない。魔力を流しても反応はない。恐らくだが、これは魔法で張られた結界ではないのだろう。
「"サーチ"!」
結界の範囲を探る。少なくとも、かなり遠くまで続いているようだ。曲線を描くように結界は張られているようで、恐らくだが中心部分から球形、もしくは円形に貼られているのだろう。円柱状か球状かはあまり重要とは言えないが、何かわかる可能性はあるかもしれない。
魔法で似たようなものがないか検索してみるが、そういったものはあまりない。そもそも魔力に反応しなかったということは魔法ではないか、俺の知っている魔法の知識に存在しない魔法である可能性は高い。魔力が反応するならば力押しができたとは思うがそれもできないようだ。
「エリテ、少し離れるぞ」
「うん、わかったけど……」
結界から離れても、エリテの視線は結界の方を向いている。最も、俺も結界の方に目を向けたままだ。
「炎の弾丸、一直線に撃ち貫け。"ファイアシュート"」
手をかざした先から銃弾のように炎の弾が結界へと飛んでいく。結界に当たった炎の弾は当たった所で潰れ、散逸して消えた。
「ぜんぜんダメだね……わっ!?」
「"フレイムシュートマシンガン"!」
大きさ、威力、速度を上げ、弾数を増やした魔法を使いもう一度攻撃する。しかし、すべて打ち出した弾は、結界に衝撃を与えることもせず消えていく。少なくとも結界は固いとかそういうレベルの話ではなさそうだ。壁、というよりは次元の層に近いのか?
「意味ないね。どうなってるの?」
「少なくともまともな手段では通れなさそうだな」
見えているとはいえ、空間的に隔絶されているのであればテレポートも難しそうだ。どちらかと言えば、この手の結界を超えるのは異世界系の転移魔法になる。そういった知識は俺の魔法の知識からは除外されている。自分で作ろうともしたが、次元的な位置把握とか、そういった部分がかなりぼかされている感じでうまく作ることができない。余程俺の異世界移動を禁じたい、ということなのだろう。世界を破壊することが余裕でできる力を貰っているので仕方がないと言えばそうなるのだが。
結界を前に考え事をしていると、不意に近場に気配が生まれる。転移とは違う、恐らくはずっとそこにいた感じの気配だ。先ほどまではうまく隠れられていたようだが、尻尾を出したようでこっちが気づいた。
「エリテ」
「うん、わかってる」
エリテもどうやら気付いたようだ。少ない言葉で話が伝わるのはありがたい。向こうは恐らく気づいていない。このまま結界を探るふりをして、近くまで移動して、不意をうつ。
「とりあえず、結界沿いに歩いて様子を見てみるか」
「どっちに行くの?」
「こっち……かな。来た方向とは反対の方に行くか」
結界沿いに歩き、隠れていた気配の方に向かう。気配の横か、前か、後ろかは不明だが、そばを通り過ぎる。通り過ぎたところで、エリテが止まり、地を蹴って気配の側に飛んでいく。
「くっ!?」
隠れていた気配、草原に伏せていた全身を隠せるような外套を纏って隠れていた気配が立ち上がる。しかし、遅い。すでにエリテが後ろに回り込んでいる。俺も急いで近づく。身体強化しているとはいえ、エリテほど身軽でないので仕方ない。
「動くな」
「……最初から気づいていたのか?」
外套を羽織った……声からして男がエリテに剣を突きつけられている。少しでも余計なことをすればグサリと行くだろう。
「途中であんたが気配を出したからだ。突然気配が出たから何かと思ったよ」
「我が身の未熟か……不覚を取った」
妙に格好つけているような台詞。時代劇っぽい感じがするが、この世界でもそういう時代錯誤的なものはあるのだろうか。それともどこかの風習でそういうのがあるのか。
「……お前は何者だ? 姿を隠していたようだが」
「………………」
男は答えず黙り込む。エリテは剣を突きつけているが、脅し役というわけでもないし、エリテはまっすぐ育っている子なので、こういう時にいぢめたりはしない。最も、怪しい動きをすれば即殺するタイプだが。躊躇がない。
「フード、外させてもらおうか」
男は外套のフードを深くかぶっている。それを跳ね上げてずらす・
「……獣人か」
男は鬣をもった獅子系の獣人だ。肉食系でも、一部の獣人は魔王側についたが、その一部の中に含まれる獣人。
「……獣人、とは言うが、そちらもその子供がいるではないか」
「そうだな。ただ、お前たちの種族は魔王側についた種族らしいな?」
「…………そうだ」
苦々しい表情をしていたが、こちらの問いに肯定を返す。そのあたりは自分たちでもしっかり認識しているのか。
「……魔王の復活の話を聞いたことがある。お前たちはそれを目論む輩か?」
魔王のいた地域に、元魔王側についた獣人、考えられるのは魔王を復活させている、ということだろう。そう思って質問すると、慌てて、そして怒ったように叫んできた。
「違う! 我々は魔王についたりなどしない! むしろ逆だ!」
「……逆?」
かつて魔王側についた種族が、今はその逆の体勢をとっている?
「……ああ。我々は、魔王の復活を防ぐ、魔王に関しての知識を伝えることを目的にしている」
「ならなぜこんなところにいる? ここに人はほぼ来ないだろう」
魔王の住んでいたこの場所に今は人がほとんど来ない。仮に来ようとしても途中で巨大な魔物に襲われ死ぬ。
「……我々もここを脱することは出来ない。逃げるの難しいのだ。ここまで来るのは、魔王の張った結界が今どうなっているかを確認するため、というのが理由だ」
「なるほど。だが、知識を伝えることが目的ならば最初から出ていればよかったんじゃないか? なんで隠れていた?」
「誰彼構わず知識を教えるわけにもいかない。伝えていい相手かどうか見極める必要がある」
もっともだ。品定めか、善悪の判別をはかっていたという所か?
「……まあ、自分で気配を漏らしていたらしょうがない話だが」
「ぐっ」
さて……こいつらの知識、魔王に関しての情報は少々欲しいところだ。
「魔王に関しての知識、俺たちに教えるつもりはあるか?」
「…………それは我に判断することは出来ない」
「誰が判断する? 判断できる人間のところに案内してくれないか?」
「……わかった」
諦めたようにうなだれる。最も、命を握られているのだから肯定するしかないだろう。別に魔王の知識は必須というわけでもない、死んでも惜しくない相手だ。
「エリテ、剣を放してもいいぞ」
エリテが突きつけていた剣を放し、男は自由になる。
「さあ、案内してもらおうか」
「……ああ、もちろんだ」