38
流石に扉を開いて不意打ち、ということはなかった。中には大きな円形の部屋が存在し、奥に扉が存在している。
「……何もいないね」
「今までと同じなら、絶対に何か出てくるだろうな」
もともとこの迷宮に魔物は最初から存在しているわけではない。時間で現れるのだから、同じように突然出現するとか投げるのが妥当だろう。最も、ここは恐らく時間じゃなくて、中に入ったらというパターンだろうけど。
「中に入るぞ。ここにいてもしかたないからな」
「うん」
中に入り、扉に向かう。歩調はどうしてもゆっくりになる。いつ、突然現れて襲撃されるかわからないからだ。真ん中のあたりまで来たところで、向こう側の扉の前に力が集中し始めた。あの力がそのまま魔物のようなものになるのだろう。
集中した力が形を持ち、人型をとった。今までの魔物のように機械のような見かけではないが、どちらかと言えばぬるっと、つるっとした、感じだ。人型と言っても、人間のように明確にパーツがはっきりと区切られているものではなく、液体的というか、曲線的な存在だ。色は銀色一色だが、目と口のような表情だけははっきりとわかる。そして、光っている。太陽とか、電灯みたいな明確に光が分かる感じではないが、ぼうっという感じで光っている。
「ナンジ、ココカラタチサレ」
「喋った!?」
わざわざ人型をしているのだから意思くらいはあるのでは、と思ったがいきなり喋ったのには驚いた。最も、エリテのようにはっきりと驚いてはいないが。しかし、喋るということはだ。
「……お前は何者だ?」
「ココヲマモルモノ。スグニタチサレ」
「何故、立ち去らなければならない?」
「ココニアルモノニヂカヅクナ。タチサレ」
やはり、ここに何かがあるということか。あの話のとおりであるのならば、魔王の力であるはずだが。
「ここは何だ?」
「ココニアルマオウノチカラヲダレニモワタサヌヨウニタテラレタバショ。チカヅクナ、タチサレ」
「……魔王の力があるんだ」
「そうみたいだな」
しかし、この存在が立ち去れ、近寄るなと言うのであるならば、先に行こうとすれば襲ってくる可能性は高い。
「エリテ、準備しておけ」
「……うん」
相手に近づかない限り、反応はない。ならば、すぐに行動する準備はできる。攻撃しない限り、近づかない限りは安全というのはありがたい話だが、その手のは大抵強いのがお約束だ。そもそも最下層なのだから確実に今までの魔物よりも強いと思った方がいい。しかし、こうして考えるとやはり魔物とは思い難い。
「ジュンヤ」
「ああ」
エリテの行動の準備が終わったようだ。ならば、開戦といこう。
「悪いが、魔王の力は貰っていくぞ」
「ダレニモワタサナイ」
「"ダウンバースト"!」
下へ向けての突風、叩きつけるような風の圧力。それによりこの存在……ボス魔物の動きを止める。先ほど貰っていくと言ったからだろうか、魔物がこちらに跳びかかろうとしている。最も、風により動きが止められているが。
「やあっ!」
風の影響を受け止まっているところにエリテが斬りかかる。風は上から下へ、同じように剣も上から下へ振り下ろせば振り下ろす力、重量、下へ叩きつける風圧、その全てが重なって力になる。堅い者同士が衝突して起きる鈍い音がしてボス魔物が吹き飛ぶ。風圧の影響もあって勢いは弱いが。
「ちっ」
「コウゲキヲカイシスル」
「わあっ!?」
ボス魔物の腕が伸びてエリテに突きを放つ。いわゆる手刀だが、エリテが剣で防いだところ金属音がしている。どう考えても硬質化、金属化しているのだろう。
「"ディメンジョンポケット"! "ソードダンス"!」
空間に穴を開け、しまっていた以前購入した剣を取り出し、それを魔法で操作する。複数の剣が宙を舞ってボス魔物に襲い掛かる。金属音がするだけでまるでダメージがない。相手も気にしていないようで、今度はこちらに向けてもう片方の腕を伸ばしてくる。
「くっ、硬いのかこいつ」
剣が効かないということは明らかに金属の状態になっているのだろう。そのくせ体を伸ばすことができるというのもおかしい話だと思うが。試しに伸びた部分に剣で攻撃してもまるで効いていない。
「たあっ!」
鈍い金属音がする。エリテに対し伸ばした腕はそのままになっているようで、そこにエリテが剣を叩きこんだ。腕が斬られてはいないが、叩いたことで叩いた部分がひん曲がっている。にゅるりと腕が戻っていき、ボス魔物はエリテの方に向きなおし、戻した腕をエリテへと伸ばす。こちらよりエリテの方が脅威と感じたのか、こちらの方に再度向かずエリテを相手し続けている。
エリテは流石に攻撃を受けている状態で斬りかかることは出来ず、逃げ回っている。そのおかげでこちらの攻撃準備が可能になるのだが。
「……並の攻撃じゃダメージはないよな」
剣のような並みの金属による攻撃でも傷はつかず、エリテが全力で一撃を叩きこんで曲がるくらい。そうなると、相当な威力が必要になるのは目に見えている。
「"シューティングスター"!」
狙いを定め、魔力弾を撃ちだす。空気を貫く、切り裂く、音の壁は超えない高速で魔力弾が打ち出された。その一撃は鉄板くらいは余裕で貫ける。エリテがいるため、あまり広範囲を巻き込む一撃にはできないので頭を狙い、しっかりと撃ちぬいた。ボス魔物の頭が吹き飛び喪失する。
「やった!」
「……いや、まだだ!」
頭を失ったのに動いている。今までの魔物ではこんなことはなかったが、この魔物はやはり今までの魔物とは大きく違うようだ。
「まだ死んでないの!?」
「コア……核となる部分を壊さなきゃダメなタイプか!?」
魔物の中核となる部分を破壊しなければだめ、となると広範囲狙いをしなければならない。急所を狙うにしても、どこにコアがあるかわからない。人型だから頭か心臓だとは思うが、頭はすでに打ちぬいたとなれば心臓か。
しかし、頭を生やしたボス魔物はこちらに標的を狙い続けている。エリテがこちらを狙うボス魔物に攻撃を仕掛けているがまるっきり無視されている。恐らく先ほどの一撃で確実にコアを破壊できる実力を持っている、ということが分かったからだろう。エリテの攻撃はなんだかんだでへこませたり折り曲げる程度でしかない。
「ちっ! エリテ、動き止められないか!?」
「全然止まってくれないよ!」
動きながらだと思考が難しい。何を使うべきか考える余裕がない。避けるのは難しくないが。どうにかしてくれ。
「止まった!?」
ボス魔物の動きが止まる。どうにかしてくれたようだ。
「エリテ、準備している間にこっちにこい。巻き込まれるぞ!」
「え!? う、うん!」
エリテが急いでこちらに来る。こちらも最大威力の呪文、とっさに使えるような高威力広範囲、確実にあのボス魔物を破壊できるようなものを探し、使う。
「神威の一撃を呼び起こせ! "スペリオルカノン"!」
魔力が集中し、巨大な光線のようになって撃ちだされる。触れたものを崩壊させる、原子崩壊的なあれがあるような魔法らしい。触れたもの以外には無害で、崩壊したものも何か世界の原始のエネルギーに変わるとかなんとか、知識を引っ張り出してもそれくらいしかわからない強力な一撃だ。その光線がボス魔物を飲み込み、後に残ったものは何もない空間だ。一応距離を無視してかなり先まで行ったはず、壁に当たっているはずなのに影響がないのは何故だろう。迷宮だからだろうか。
「ねえ、ジュンヤ。最初からそれやっていればよかったんじゃないの?」
「……いや、話ができる相手なら話をしないといけないだろ?」
「最初に攻撃しかけるときに使えばいいじゃん」
「…………いや、エリテの修行のために」
「いつもそればっかり理由に挙げるよね、ジュンヤ! 流石に僕も怒るよ! 横暴だよ! ジュンヤの怠慢だよ!!」
まあ、エリテの修行だ、と言って魔法使うのをさぼっている自覚はなくはないのだが。だからと言って、俺が全部やってしまうとエリテが楽を覚えてしまうからよくない。一番楽をしているのはお前じゃないの、という声が聞こえるかもしれないが、神から与えられたチート的なものとはいえ魔法を使っているのは全部俺であり、その制御や知識を引き出したりなどするのも俺なのだ。
しばらくエリテの文句を聞き、とりあえずエリテを何とか宥める。最下層のボスを倒したというのにこんな形で苦労しなければならないとは、また妙な感じである。