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「それではまず何から話しましょうか」
案内された先は教会の中にある普通の部屋だ。俺は目の前に神父を、横にエリテを置いて椅子に座っている。いざというとき逃げるのにもそこまで困ることはないだろう。そんなことが起きるはずもないとは思うが、宗教施設と聞くと怪しいと思ってしまうのは偏見を持ちすぎだろう。
「……まず、この教会の発端、何故この教会ができたのかについて教えてもらえませんか?」
「そうですね、この教会ができた、教会に伝わる伝説をお話ししましょう」
そうして、神父の語りが始まる。
かつて世界には神と呼ばれる存在と、魔王と呼ばれる存在がいた。神と呼ばれる存在は天上の世界に住み、この世界を見守っていたが、ある時魔王と呼ばれる存在が地上に現れ、地上を自分のものにしようと暴れ始めたらしい。その時に多くの獣や虫などのはっきりとした自意識を持たない多くの種族が魔物へと変じたと言われている。今残っている動物の類は、後に神様が再び生み出した、とも。そのあたりの話は正確なところは不明だが、とりあえず世界は魔王の力により変じた魔物で満ち溢れた。それに対抗していたのが、当時から存在しいた獣人と人間だ。正確には人間も一種の獣人であるらしいが。実際それを証明するかのように、猿の獣人はいないのだと言われている。
少し話がずれ始めたので本筋に戻す。獣人と人間は魔物と戦い、その数を減らすが、魔王がいる限り獣や虫は魔物へと変じてしまう。魔物も食べることは出来るが、魔物を倒すのは動物を倒すのよりも大変である。そのため、食料不足、戦死で獣人と人間は数を減らしていってしまう。そこに魔王に対抗する存在として出てきたのが天上から見守っていた神様である。神は魔王と戦い、その力を奪い、魔王を弱体化させた。そして、人間や獣人に力を与えたという。この力が今の魔法の力である、と言われているが信憑性は定かではない。人間側に神が力を与え、神が魔王の力を奪ったことで魔王側は徐々に勢力を減らしていき、最終的に魔王は人間たちの手によって討たれた。それにより、今の人間たちが強い勢力を持つ世界情勢が出来上がった。
獣人たちも魔王討伐に参加していないわけではなかったが、当時の情勢で獣人側に魔王側についた種がいた。特に凶暴性の強い肉食の獣人がついたらしい。そのせいもあって、その種の獣人に対しての偏見や差別が当時はひどかったが、今はそれが他の獣人に広がった形である。人間も獣人である、という思考は今の人間にはない。ただ、教会ではその伝説の話もあって人間もまた獣人であり、獣人を差別するのは間違いである、となっている。
「なるほど。そんな伝説があったと。でも、それでなぜこの教会ができたのかは説明がつかないが」
「ええ、教会ができたのはその伝説の後の話です。かつて神が魔王から奪った魔王の力、それはどこに行ったと思いますか?」
いきなり話を振られたが、魔王の力、か。普通に考えれば、奪った存在が持っているはずだ。
「神が持っているのでは?」
「そう思うのが当然かと思います。しかし、実情は違っています。魔王は力を奪われたものの、神からその力を取り返そうとした。その結果、神はその力を地上にばらまいてしまった」
つまり、いま神の手もとにはない。その話が真実であるならば、魔王の力は地上にあるということになるが。
「魔王は人間の手によって討たれましたが、その魔王はまだ魂は生きていると言われています。その魂だけの魔王が力を取り戻し、地上に復活しようとしている」
「それはまたとんでもない話ですね」
話があまりに突拍子もない。横にいあるエリテを見ると、もう呆然としているというか、思考が追い付いていない。話が頭に入ってきていない様子である。流石に子供にこの手の話は情報量と思考する内容が多すぎて対処しきれないだろう。エリテには後でわからなかったところかみ砕いて教えることにして、話を進めよう。
「……教会は結局なぜできたんです?」
結局のところ、話がずれて本来の内容が言われていない。
「魔王の力、それが魔王の手に戻ってしまったら魔王は復活する。ならば、魔王の手に魔王の力を渡さなければいい。魔王の力が地上に散ったことを知った昔の人間はそう考えました。人々は魔王の力を回収し始めた。そして、回収したその力は魔王の手に渡らないように神に渡すことにした。その神へとつながる架け橋、そのためにこの教会ができたのです」
「……神とのつながりが教会にはあるんですか」
本当に神と呼ばれる存在がいれば、だが。一応俺は神に会っている以上、神と呼ばれる存在の実在を信用しない、なんてことはできない。最も俺のあった神は色々とあれだったし、恐らくはこの世界の神ではない神だ。
「ええ。実際に何度か神の下に魔王の力を送っているのですよ」
その話そのものは信じてもいいだろう。ただ、それならばなぜギルドの人間を一度教会に行かせるのだろう。
「話は分かったが、何故ギルドに登録した人間をここに来させる?」
「魔王の力の回収を手伝ってもらうためです」
「……教会の人間だけではできないと?」
教会に、この宗教に所属する人間だけを使えばいいのではないかと思う。もし他の人間を使えば魔王の力とやらを持ち去る人間もいるのではないだろうか。
「魔王の力が普通の場所にあるのであれば、問題はなかったでしょう」
「……普通の場所にない、と?」
「ええ。魔王の力は迷宮の中にあるのです」
迷宮。ファンタジーにおいてはよく聞く存在だが、この世界にもあるのか。
「迷宮……初めて聞いたが、どういう場所なんだ?」
「迷宮は地上に入り口が存在し、地下へと潜る……そうですね、遺跡と言いますか。洞窟とは違って、煉瓦が詰まれたような壁が中に続いており、中にはあまり地上では見られないような魔物が存在し、たくさんの罠もあります。かなりの危険が存在する場所と言えるでしょう。魔王の力があるのはそんな迷宮の最奥です。魔王の力と、それを護る強力な魔物が迷宮の最奥には存在しています」
「……魔王の力には大きな危険が伴う、か」
だからギルドの人間に頼む、と。ギルドに登録している人間であれば、討伐依頼などを経て強くなっている人間もいるだろう。しかし、ギルド登録者はそういった討伐を行う人間ばかりではないのだが。あくまで頼んでおくだけ、なのかもしれない。昔の話である以上、すべての迷宮攻略をして魔王の力を全部集めたのであれば教会は必要ないわけであるし。
「ええ、ですからギルドに登録した人間に話を伝え、可能であれば迷宮を攻略し魔王の力を回収してもらいたいのです。もちろん一方的に頼むだけというわけではありません。魔王の力を持ってきていただければ、相応の謝礼をいたします。ただ、迷宮に入って一度でも戦えばわかるのですが、迷宮内の魔物は倒しても死体が残りません。ですので迷宮攻略は自費でやるしかありません。それに関して私たちは援助することはありません」
「それだと迷宮攻略に乗り気な人間は少ないんじゃないか?」
「……そうなのです。ですが、魔王の復活の予兆は今のところありませんし、そもそも一度でも魔王の力を回収すればその場所にもう一度発生することもありません。無理に急ぐ必要もないでしょう」
確かに、魔王の力が増えないのであれば、今ある力以上の力はないわけで復活の可能性は低いかもしれない。そもそも、今も魔王の魂とやらは残っている伊のかも不明なわけだ。あくまで回収は教会の存在意義みたいなものでやっているのかもしれない。
「話は分かりました。ただ、それは別に絶対にしなければならないというわけでもないですよね」
「はい、もちろんです。あくまで話を聞いていただくだけですから」
ならば無理に参加する必然性もない。ただ、一度エリテを鍛える意味で参加するのもありか。
「……これ以上、何か話すことはありますか?」
「いえ、ありません」
「では、俺たちはこれで行かせてもらいます」
そろそろ宿くらい探したい。この街では獣人も過ごしやすいみたいだし、普通の宿で過ごせるのは少々ありがたい。今の俺は隠れ家に戻る必然性もないし。
「ああ、最後に! この街にも迷宮があります! ぜひ一度行ってみてください!」
最後に教会を出る前に、そんな言葉をかけられた。