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「他にはどんな話がありますか?」
「えっと、これはお父さんから聞いた話なんだけど……」
俺は今馬車の中にいる。エリテと、姫の女の子と、騎士四人と一緒に。どうしてこうなったのか。
生きている馬の治療をした後、馬車の中から姫さんが出てきた。どうも、色々と手を尽くしてくれたことにお礼を言う、ということだった。そのあと、こちらはその場を去ろうとしたのだが、そこを引き留められた。助けられたこと、馬の治療をしてくれたことなどに対して、言葉ではなく正式にお礼をしたい、ということらしい。これに物申したのは騎士たちだ。俺たちのような怪しい人間や獣人に対し礼をする必要はない、というのが騎士たちの主張である。最も、姫さんはまったく騎士の話を聞かないし、助けられたのにただ言葉でのみ礼をする方が非礼であると主張し、最終的に姫さん側の勝利となった。なんだかんだで騎士たちも雇われている側であり、雇い主、主人である姫さんの方が立場が強いのである。
そういうこともあり、一緒に行くことになったのが、それで馬車の中にと誘われた。もちろん、安全面の問題もあり騎士たちも止めてほしいと言ったのだが、受け入れられることはなかった。しかたないので中に対処できる騎士を入れるということになった。もともと護衛としての役目もあり、騎士は入っていたが、それでも中には猶予があるくらいだっただろう。その猶予の分だけ、騎士が入っている。何かすればすぐに動いて止められるように、ということだろう。
「アルリア姫、話はそれくらいにしましょう」
「あら、まだ聞いてない話はたくさんあるみたいだけど?」
騎士はどうやら獣人であるエリテと話をしている、というのが気になるらしい。どうも、騎士たちは獣人であるエリテのことにはいろいろあるみたいだが、どうも姫さん、アルリアにはそういう感情はないらしい。
「なあ、姫さんは獣人に対して特に何も感じないのか?」
隣にいる騎士に小声で尋ねる。騎士とアルリアが話し合っていることもあり、それに紛れて聞こえない程度の声量だ。
「獣人についての教育そのものは受けている見たいだが……差別的な教育ではないらしい。こんなことをお前に話すのも変だが、王はどうやら今の獣人に対しての差別的扱いに疑問を持っているようでな」
「それはまた珍しい。でも、ほとんど影響はしていないみたいだが」
「そんなことはない。この国の獣人の扱いは他の国よりもいいからな。それは王の方針による影響だろう」
話を聞く限りでは王様は獣人の今の扱いに対して思う所があるようだ。でも、大勢には影響は出ていないみたいだが。つまり、獣人に対しての差別的な教育を受けた騎士側の獣人に対しての感じ方と、全く獣人に対してその手の教育を受けていない姫さん側の感じ方では全く違うせいでエリテとの会話に対して言い合いとなっているということだ。
「なあ、お前はなんで獣人の子供なんかを?」
「そもそもなんで獣人を嫌うんだ?」
根本的な疑問である。もっとも、人間同士ですら争うのに、種族が違えばそういう意識を持つのは仕方ないともいえる。それでも、少々過剰に感じるところがあるが。村で聞いた話も実に人間側に都合のいい話にも聞こえる。その手の話は宗教的というか、神話的というか、よくある話だとも思う。
「……人間ではない、からだな。仲間ではないからだろう。あと、どうも獣人の中には人間を食べるのもいるという話も聞く。そういう悪い話は広まりやすいからな」
「一部の悪評が拡散しているせい、か」
確かに肉食動物の獣人もいる、というのはわかる。でも別に普通に肉食なのは色々といるはずだが。そもそもエリテだって肉食系タイプの獣人だろう。凶暴性を持った獣人もいるということだろうか。
「アルリア姫、そこの子供とだけでなく、魔法使いの方と話をするのはどうでしょう」
「私は同じくらいの人と話をしたいんですけど……」
姫さんと話していた騎士がこちらに話を持ってくる。しかし、姫さんはどうやらエリテと話したい様子である。同じくらい、確かに見た目の印象的には同年代くらいだろう。もしかしたら、姫ということだし同年代の友達みたいのはいなかったのだろうか。
その後もいろいろと言い合いが続いたが、エリテも交えたうえで俺の話を聞くことになったようだ。最も、俺としてはあまり話せることはない。俺とエリテがあった頃、その前で村で過ごしていたこと、あとはここまでくる途中の道中での話くらいである。そんな話をしていたところ、魔法について興味を持たれた。
「私魔法見てみたいです。城にいる魔法使いよりも凄い魔法が使えるんですよね?」
「俺は普通の魔法使いの魔法は知らないんだけど……」
実感はない。凄いと言われても、できることをできるようにやっただけの話である。一応神様の話だと世界を滅ぼせるくらい、と言っていたが。流石に嘘くさい話である。魔法の中に世界を滅ぼすような魔法は……一応ない。隕石を落とすとか、日照りを起こさせるとか、津波を起こすとか、地震を起こすとか、そんな災害規模はごろごろとあるけれど。でも、俺が今まで使ったのはそこまでとんでもないものではないはずだ。
「正直言って、本当にできるのか問いたいくらいですね」
「そういえば、馬車を守ったときに使っていた魔法は……」
「シールドサークル、だったか? あの手の防御魔法ってあそこまで強くなかったよな」
馬車内の騎士が色々と魔法について話している。どうやら他の魔法使いが使ったことがあるのを見たことはあるみたいだが、範囲、防御能力共に俺の張ったものより下であったらしい。
「魔法、見せて下さい!」
騎士の方に視線を向けて助けを求めてみるが、視線を逸らされ無視される。しかし、この馬車内で使えるような魔法というと……色々と小規模の攻撃系でない魔法を探す。
「空間よ黒に染まれ。"シャドウカーテン"」
一瞬で馬車の中が暗くなる。それだけでも驚いた様子を見せるが、あくまでこれは準備段階である。
「舞い踊れ光の妖精よ。"フェアリーズライト"」
暗くなった場所の中を妖精の形をかたどった光が宙を舞う。それはまるで踊っているようにも見える。少しだけ、魔法を使用した後、どちらの魔法も解除した。
「凄いです」
「見たことない魔法ですね」
魔法の話に関しては大体信用してもらった様子である。実際に見たことがない魔法だったからというのもあったかもしれないが、即行で二つの魔法を使ったのも大きいかもしれない。
その後もいくつかの魔法のデモンストレーションを行ったが、夜になり山道の途中で休憩することになった。本来であれば夜になる前に山を抜けるくらいの速度で移動できたようだが、途中で襲われたせいでそれもできないようだ。今は山中の道程の半分を超えたあたりであるらしい。騎士の多くも馬を失っているし、仕方がないのかもしれない。
流石に夜に休むのは馬車の外で休むことになった。姫さんは馬車内で休もうと誘ってきたが、それは流石に問題があるということで、どちらからも却下の意見となった。なお、この夜間の休憩に俺は魔法を使い安全を確保している。自分のためでもあるが、騎士たちも見張りを建てたりとする手間がなければかなり楽になるし、心象もいいだろう。もっとも、見張りそのものは立てていたが。いくら凄い魔法が使えても、絶対的に信用できるわけではないからだろう。