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道なりに進み、イールヴの街にたどり着く。最も、長居することなくすぐに出て行った。
イールヴの待ちはトゥエルバとそこまで違いはなかったが、獣人に対する視線、当たりがトゥエルバよりもきつい感じだった。最大の問題は宿の確保が大変だった事だろう。そういう意味合いではトゥエルバはまだ滞在しやすかったと言える。一応宿に泊まっても、俺たちは隠れ家で寝泊まりするのだが、滞在場所がなければ奇妙に思われるだろう。そこまで親しい相手がいるわけでもないが、どんな形で知られるかはわからない。問題になりそうな点は潰していくのが肝要だ。
そういうこともあり、ギルドで少し依頼をこなした程度で街を出たのである。イールヴの街を出て道なりに進んでいると、山にぶつかる。どうやらこれから先は山道になるようだ。
「今度は山登りか」
「ジュンヤ、前にみたいに横道に逸れたりしないよね?」
恐らくは村から降りた時の話だろう。あの時は森の中に入って道に迷って大変だった。
「……ああ、そうだな」
「本当に? もし森の中に入っていったりしたらひっぱたくよ?」
今のエリテは結構強い。たまに人形を出して戦わせているが、そろそろ人形側の負けが見えてくるくらいである。自己流ではあるが、人形の振るう魔法に設定されている騎士の能力を吸収して自分のものにしている感じがある。魔物相手だとあまりはっきりと強さはわからない感じだが。
なので本気で叩かれると痛いですまないかもしれない。エリテの目を見る限り、本当に本気でやりそうな感じである。
「大丈夫、流石に山登りするのに脇道には逸れない」
「ほんとかなぁ……」
実に信用がない。今までが今までなので仕方がない。
山を登る。基本的に山道の整備などはされていない。そもそも、現代、前にいた世界基準での山道を期待するのも問題だが、それを考慮してもやはり人のあまり入らない所は大した整備をされていない感じである。街の近く、というわけでもなければ村のようなものがある感じでもないのが原因だろう。人の往来が多い所ならば必要に応じて手が入るものだ。
どの程度道のりが山なのかを確認するため、魔法を用いて空からの情報を得る。空を飛んで確認するようなものではなく、鷹の目みたいな感じで上から下を見る視点を持つ、というようなものだ。その視点から見る限り、結構な道のりが山だ。周囲を見回しても、結構山が連なっている。
山道を進むが、山の道は登りと言っても本当に上る道だけではない。山の道は上下に上り下りするような道が多く、かなり移動が大変だ。俺は一応身体強化を使っているが、それでもきつい。魔法を使っていないエリテは俺よりもきついらしく、途中で休憩が必要となっている。
「大変だね」
「そりゃあ、山だから当然だな」
平坦な山はない。上り下り以外にも、高さゆえに空気が薄くなるなどの問題もあるだろう。最もそこまで標高の高い山ではない。高い山は見えるが、道はそちらには続いていない。わざわざ山に登る人間でもなければいかないのだから当然だ。あくまで道の途中に山があるから山に道が続いているのだ。
「ジュンヤと会ったところの山はそこまでじゃなかったのになあ」
あの村のあったところは自然豊かで勾配も少なく、高さもそれほどではなく移動もしやすかった。ここよりも低い高さだったはずだ。だからこそ、村も作られていたのだろう。ここは恐らく村のようなものはない。先ほどの上方からの視点では一応山小屋のようなものは見えたが。
ある程度進んだところで、簡易的な寝所を作る。山ということで、どうしても平野と違い光の入りが少ない。そのせいもあって、暗くなるのも早く感じる。山の中で暗い中を進むのは普通の道を進むのよりも危険度は高い、ということで道の脇の隠れたところに休める場所を作って隠れ家に戻っている。休憩できるようなところは山小屋以外には見当たらない。その山小屋もかなり遠い。俺たちは隠れ家に戻る上に、魔法で防護しているからいいが他の人は山の中で休む場合はどうしているのだろうか。
翌日、山に戻ってきて道なりに進む。先日の疲労などは魔法を用いてなるたけ無くすようにはしている。隠れ家には魔法で結界を張り、回復などの良い影響力を持たせている。だいたい戻ったら張りなおしているのだが、いちいち魔法を使うのも面倒だから何か魔力を蓄積するような物質が欲しい。魔法で作れるっぽいのだが材料がない。
道なりに進んでいると、分かれ道が存在する。一方は高いほうの山に向いているが、山そのものに向かっているわけではない。鷹の目を用いて向こうを見る限りでは、さらに道が分かれている様子だ。
山に向かうわけではないが、道が分かれているとなると少々迷うところがある。どちらの道に進もうかと思っていた所でエリテの様子が変なことに気づく。
「エリテ、どうした?」
ぴくり、と耳を動かし、軽く鼻を鳴らすかのように匂いを探っている様子が見受けられる。獣人は見かけ的にも獣の特徴を持っているが、実際の獣と同じくらいの能力を持っているわけではないだろう。それでも、普通の人間よりは高い性能がある可能性はある。そのあたりエリテに聞いてもわからないし、実際に検証しないと分からない所だ。
「あっち……あっちから音と、匂い。戦闘の音と血の匂いかな」
エリテの向いている方向は山の方ではない方向への分かれ道。鷹の目でこちらはまだチェックしていなかった。
「……こっちに行くか。急いでな」
「うん」
エリテはいい子だ。この先にあるのはおそらく人間同士の争いだろう。もしかしたら獣人と人間が戦っている可能性もあるかもしれないが。その出来事に気づいたうえで無視もできるはずだが、わざわざ異変があることを伝えてきたのだ。それはこちらに進みたい、というエリテの意思表示のようなものだろう。危険であることはわかるはずなのに。
駆けるように山道を進む。エリテが匂いや音に気づく以上、それほどの距離でもないと思っていたが、その出来事が起きていたのはそこそこ先のようだった。
道の先、馬車を襲う山賊もしくは盗賊らしき者と、それらを相手にする馬車側にいる騎士らしき姿が見えた。
「演出は劇的に、突っ込むのがいいよな」
「うわっ!? ちょっとジュンヤ!?」
ここまでの移動には魔法を用いて空中を移動してきた。走るよりも速いからだ。その魔法の操作はこちらでおこなっている。その操作でエリテを空高くに飛ばす。
「エリテ、空中から下にいる馬車を襲っている奴らを攻撃しろよー」
「高い、高いって!」
エリテの高さは結構なところまである。空からエリテが降ってくれば敵も味方も驚くだろう。虚をつくのは戦法として悪くないはずだ。さあ、エリテ。早く剣を抜け。そうしたら魔法を解いて自由落下させてやろう。