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「あれ、ジュンヤもう戻ってきたの?」
隠れ家に戻るとエリテに帰ってくるのが速いと言われる。確かにまだ夕方にもなっていないのだからある意味仕方がないとも思うが、言われるとなんとなくショックな言葉である。一応ちゃんと仕事をしているのだが、普通そういうのは時間で計ってしまうものだ。少々精神ダメージを受けたものの、表には出さない。
「ただいま、エリテ。そっちは……もうやるべき分はやった感じか」
畑になる、木を植えるその予定地は十分に耕されていた。畑はともかく木を植える場所を耕す必要があるのかは不明だが、種にしろ、苗にしろある程度植えやすいほうがいいので纏めてやっておいてもらった感じである。必要ならばあとで固めるなりなんなりすればいいだけだ。
しかし、エリテはまだ子供だが、十分に早い。今日あった獣人は人間と大して力の差はないと言っていたが本当だろうか。
「エリテ、少し話がある。ちょっと家に入ろう」
「え? いいけど……」
エリテはいきなりの俺の言葉にちょっと戸惑いつつも、持っていた耕すための道具を置いて俺に続いて家の中に入った。内容自体はそこそこ真剣な話だが、そこまで厳しく話す内容でもない。そもそもエリテはまだ子供なのだから、なんでもチャレンジさせるのが一番なはずだ。なので軽い感じで話すことにした。話す前に飲み物を入れてくる。元の世界のようなガラスのコップはないが、この隠れ家の周りの地盤、岩や石を再利用して作ったコップがある。いろいろと魔法で処理をして安全安心のものだ。そこに新鮮できれいな水を入れ、自分とエリテの側に置く。
「エリテ、ここでの生活はどうだ。退屈じゃないか?」
「え……えっと、ジュンヤ。いきなりなんでそんなことを?」
「……エリテがどういう生活を送り、どう思っているのか、それが気になるだけだ。それで、どうなんだ?」
「別に退屈じゃないよ」
軽く言うが、本心でないように見える。少なくとも感情がのらない、隠しているように見える。
「……本当に?」
「……うん、うそだよ、ごめん。宿でもここでもやることがなくて退屈なんだ。今日は暇つぶしになることができたけど、それでもやっぱり退屈だよ」
それはそうだろう。何らかの与えられた仕事をする、というのは悪くはないだろうが、こんな場所で単調に仕事をするのは面白くないだろう。他に人がいるわけでもないし。
「そうか……なあ、エリテ。街の中を歩くのは平気か? 最初に街を歩いたとき、色々な視線が向けられただろう?」
「……少し怖いけど、ジュンヤが一緒なら大丈夫だよ」
なんともうれしい言葉である。もしこの子が女の子であったら飛び上がるくらいうれしい、と思っただろう。いや、その思考は少し変態的で気持ち悪いな。しかし、俺も男である。女っ気がないのはやはり少し微妙な感じだ。性別的な倒錯にはまらないように気を付けよう。
「それなら、ギルドに登録して仕事をしてみるつもりはあるか?」
「ギルド?」
まずはギルドについて説明をしないとエリテにはわからないだろう。
「ギルドというのは色々な仕事を仲介する場所だ。仕事ができる人間をわざわざ探さなくても、ギルドに依頼を持っていけばギルドにその依頼に合致する人物が来て、依頼を受けてくれる。俺たちはあくまで依頼を受けて行う側だから、たくさんの依頼、仕事を受けることのできる場所、と思えばいい」
「……それって何か意味があるの?」
「意味と言われてもよくわからないが、自分でやりたい仕事を探しやすい、っていうのが利点だな。最も、仕事を受けるのに必要な能力が必要になるが」
ギルドにおいてはその点が一番のネックだろう。能力がなければ選べる仕事は限定されてしまう。ある意味俺のような、すべての依頼を受けられそうな、全属性の魔法使いというのは極めて例外的な存在だろう。
「……じゃあ、僕ができることってあまりないんじゃない?」
「そうだな。だけど、エリテ。エリテは一体何をしたい?」
「え?」
「エリテがしたい仕事っていうのは何かあるのか?」
そういうと、顔を伏して考え始める。エリテはまだまだ子供だ。自分に何ができるのか、何が得意なのか、そういったことの把握は出来ていない。親がいればまだ話は違うのだろうけれど、今親とは別れ、生きているかどうかも不明だ。それに、ここまで移動してこればもう会うこともない可能性の方が高いだろう。そう考えると、エリテのことは俺が責任を持つべきあだな。だからこそ、今すぐにすべてを決めろと言うわけではないが、ギルドで仕事をしてみるのはありなのではないかと思う。
「僕のしたいこと……ない……いや、仕事としてはないけど、やりたいことはある!」
「……何をやりたいんだ?」
「僕は……僕を助けてくれた、騎士、ジュンヤが動かしていたのだけど、騎士がすごくかっこよかった! だから、僕も同じように剣を振るいたい!」
そういえば、森の中で人形騎士とエリテを戦わせ鍛えていたときもあった。村を出てからはやっていないが、あれは元々自衛、簡単な戦闘能力をつけさせる意味合いでやらせていたのだが。本人にとっては騎士、もしくは剣士となるための修行みたいなものと感じていたのかもしれない。
「騎士か、剣士になりたいってことか。それなら、やはりギルドに登録してみるのはありかもしれないぞ? ギルドには討伐の依頼がある。その依頼を受け、魔物を討伐する剣士になるっていうのもありだな」
騎士になる、というのもありかもしれないが、騎士というのは個人でできるものではない。そもそも騎士は馬なんかの騎馬の類が必要だし、例え歩兵的な騎士だとしても、ただ剣をもって戦えれば騎士というわけではない。国の所属とか、そういうものが騎士と呼ばれるものだと思われる。ならばただ剣を振るうものであれば剣士と呼ぶのが正しいだろう。あの人形のことはついつい騎士と言ってしまうのだが。
「剣士かあ……」
少し目がキラキラとして、わくわくとした表情をしている。なんだかんだでエリテも子供であると実感できる子供らしさを感じる。
「どうする? 別に無理にギルドに登録しなくてもいいし、別に何かやるとしてもいい。ただ、その場合はやはりここに残るなりしてもらうことになるが」
流石にそれは選びにくいだろう。外に出て、楽しめるようなことを提示されたのに、中にこもり退屈するような選択を選べるはずもないだろう。
「ううん、ギルドに登録して仕事するよ。ここにいても暇だし」
「そうか」
エリテがそれを選択したのであれば、それを尊重しよう。たとえ俺がどう言ったところで選ぶのはエリテなのだから。
そういった話をして、後はのんびりすることになった。以前作ったオセロをしながらである。前はほぼ俺が勝利する形になったが、エリテも慣れて互いに勝ったり負けたりとなった。そのうち俺が負けが続くことになるかもしれない。俺は将棋や囲碁、チェスのような先読みが必要なゲームは苦手だから。やはりトランプでも作るべきだろうか。遊び道具は多いほうがいい。問題は人数が少ないことだろう。せめて他に遊び相手がいればいいが、隠れ家にエリテ以外の人を呼ぶわけにもいかないし、そもそも友人や知り合いの類はいない。いずれはどうにかしたほうがいいと思うが、どうするべきか。