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「すまない、少しいいか?」
獣人自体は街中でも少しだけ見かけることはある。実際にはそれ以上の数がいると思われるが、街の裏か、建物内か、表に出てきて仕事をしているような獣人はほとんどいない。しかし、今ギルドに獣人が訪れている。これはつまり、ギルドで獣人が仕事をしている、仕事ができるということである。今はエリテを隠れ家においてきているが、ギルドの仕事を獣人でもできるというのであればずっと隠しておく必要はないだろう。
話しかけた獣人はこちらを見定めるように鋭い目で上から下、下から上とこちらを見てくる。
「……なんだ?」
不機嫌そうな、突き放すような言葉が向けられる。しかし、拒絶ではない。
「少し、話がしたい。駄目だろうか」
「………………」
訝しむような視線をこちらに向け考えている。
「……昼食を奢ってくれるのならば考えてもいい」
「それでいい」
間を置くこともなく返事をする。どの程度食べるかは不明だが、昼食の代金を支払うくらいはある。その気になれば誤魔化すことだってできるし、お金を複製することもできる。さすがに偽金を作るのはどうかと思うので、本当に必要にならない限りはあまりやるつもりはないが。ギルドにわざわざ登録なんてせずに、適当に金塊でも作って売れば楽なのだから。
「……本当に奢ってくれるのか?」
「ああ。なんなら先に金だけでも渡そうか?」
「いや、いい。先に依頼を受けてから行こう。少し待っていろ」
そう言って獣人は掲示板で依頼を探し、一つの依頼を受付へと持って行って受領した。依頼を受けた後、こちらに来て話しかけてくる。
「さあ、行こうか。店はそちらが案内するのか?」
「いや。俺はこの街に来たばかりで店を知らない。そっちが案内してくれないか?」
仮に俺が店を知っていたとしても、獣人が言って大丈夫な店かは不明だ。そうであるなら獣人の方から行ける店に案内してもらった方がこちらとしては困らない。
「……ああ、いいだろう」
そう言ってギルドの外へと先導する。こちらはそれについていった。街の中を歩いていると、やはり獣人に対しては色々な視線が向けられる。改めてその視線の元を確認してみると、そこまで多いわけではないようだ。最初この街に来た時はどうしても周囲に対して注意を向けていたせいか、少し過敏になっていたようだ。獣人に対しての視線は十人人がいれば二人か三人が視線を向けてくる、といった程度だろう。それを多いと思うか少ないと思うか人の感覚によるが、俺としては想定していたのよりも少ない、と思った。しかし、獣人自体への差別はあっても獣人自体の数は極端に少ないわけではない。そこまで物珍しいものでもなければ見慣れてそのうちどうでもよくなるものだ。それならば視線が少なくても変な話ではない。むしろ少し多いかもしれない、と思える。
獣人が案内した先は、裏通りにある店だった。恐らくは表通りにある店の多くは獣人お断りなのだろう。宿の時もそうだが、獣人が行っても問題ない店はだいたい裏通りにあるのではないだろうか。
「ここだ。少しうるさいし、騒ぎもあるかもしれないが普通にしていれば恐らく大丈夫だろう」
「……恐らく?」
実に不安になる言葉だ。
「ああ。向こうが絡んでくる可能性もあるからな。昼間から酒飲んでいる馬鹿がいれば、だが」
「……そうか」
中に入ると、外の様相と比べると、明るく雰囲気も悪くない。少し普通の料理屋、というよりは酒場、といった雰囲気の方が強いが。席に座り、注文を取る。支払いは俺であるが、そもそもどんな料理があるかも知らないので、獣人に料理の注文は任せることにした。
「それで、話ってのは何だ?」
「……そちらは獣人だろう?」
「ああ。だから何だ?」
少し剣呑な視線を向けてくる。別に差別する意図はないが、そういうふうに聞こえたかもしれない。
「いや、実は獣人の子供を……預かっている、っていうのは変だな。保護している、というのが正しいか? まあ、内容は良い。獣人の子供といっしょなんだが、宿に置いておくとなるとどうも心配になる。そこで、一緒に仕事をしたいと思う。そこで、実際にギルドに登録している先達の話を聞きたい、と思ったんだ」
「なるほど」
少し訝しげにはしていたが、納得してくれたようだ。
「獣人でもギルドに登録していて何か問題はないのか?」
「ないわけじゃない。仕事先に行っても、獣人だと言うだけで追い返されることはある。そういう場合は依頼の失敗としては取り扱われないし、大体の場合は獣人お断りと書いてあるか、ギルド側で獣人に依頼を受けられないと言ってくるから問題はない。たまにそういうチェックから外れているのもあるが、そういうのがあってもこちら側に責任を吹っかけてこないから良心的な対応だ。報酬も、普通の仕事ならば獣人というだけで安くされることもあるが、ギルドはそれがない。そういう点ではかなりギルドは獣人にとって働きやすい職場だな」
聞いている限りではどうも獣人にとっていい対応をしているように聞こえる。しかし、それならばもっと獣人がギルドにいてもおかしくはないはずだ。
「どうも聴こえがいいが、ならばなぜギルドに登録している獣人は少ないんだ? あまりギルドで見たことがないが」
そうはっきり言える程ギルドに訪れたわけではないが、実際に見たのは今日が初めて、それも一人だけだ。本当にそれだけ待遇が良ければギルドに持っといてもおかしくはない。
「……獣人はまず文字を読める人間は少ないし、教育も碌に受けていないことが多い。一応文字はギルドで学ぶこともできるが、教育だけはどうしようもない。ギルドで仕事を受ける場合、どうしても獣人が行えるのは力仕事や討伐になる。そして、それらを受けると次に問題になるのが武器や防具だ。獣人は人間よりも多少力が強い程度で、ギルドに依頼されるような討伐を行うにはどうしても装備が足りていない。登録でふるいにかけられ、力仕事に従事するか、討伐に行き生きるか死ぬかのどちらかになるかがギルドに登録した獣人の結果だ。そして、討伐に参加して生きても大体は体に大きな傷を負ってどうしようもなくなる」
「……複数人で同時に討伐依頼を受けたりはしないのか?」
「同時に登録していればそういうこともある。俺なんかはそれで運よく大怪我もせず生き残れたケースだ。だが、そういう成功例のせいで犠牲がつきものだ、ということになる。そのせいでなかなか複数でということはなくなってな。変な話だが」
ようは成功例には犠牲がつきものだと思ってしまい、成功例と同じような手法を積極的に取るということがなくなったということか。それもどうかと思うが、そのあたり獣人の思考はどうなのだろう。しかし、教育も碌に受けていないと言うが、それで依頼を受けられないということはあるのだろうか。
「……人間と一緒に仕事をする獣人とかはいるのか?」
「そんな奇特な人間がいるわけないだろう」
「ああ、やはりそういうのはないのか」
と、いうことは俺が最初の奇特な人間になるのだろうか。もしかしたら目の前の獣人が知らないと言うだけで前例そのものはあるのかもしれない。他にも何かないか、といろいろ話を聞く。仕事の上で苦労した話、他のギルドの登録者に絡まれた話など。エリテの意思次第だが、ギルドに登録するのであれば参考になった話だ。そういった話をしていると、料理が届く。だいたい聞きたい話も聞いたところだったので、話を打ち切って料理を食べることになった。
食事を終え、向こうも受けた仕事があるということで別れることになった。先に言った通り、この店の支払いは俺が支払った。店を出て、この後どうしようか、と迷ったが、またギルドに戻って仕事探すのもどうかと思うし、何か探して店に行くのもどうかと思ったので、いったん隠れ家の方に戻ることにした。エリテにこれから先どうするか、ギルドに登録するかを尋ねるのもあったからだ。