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ギルドの中に入る。目につくのは目の前に存在する巨大な無数の依頼を張られた掲示板だ。文字が読めないので、何が書かれているかわからないが、カラフルな色合いをしている。色分けされているみたいだが、依頼の難易度か種類と行った所なのだろう。内容が分かればいいのだが、やはり文字が読めないのはネックだ。魔法に言語に関する魔法がないのが悔しいところだ。あらゆる魔法が存在すると行っていたはずなのに、不備が多い。
さて、入り口で立ったままでいても交通の邪魔になるだけで意味はない。中に入り、受付らしき人に話を聞くことにしよう。
「すまないが、ここがギルドでいいか?」
「はい、そうですよ。お仕事の依頼でしょうか?」
話しかけたのは女性の職員だ。一番近い受付だから、という理由であって女性だからという理由ではない。むしろ話しやすさで言えば男性の方がいいはずだが、わざわざ一番近い所に行かないというのも変だからである。
「いや……実は依頼を受けたい、と思っているんだが。ギルド登録、みたいなものは必要なのか?」
ギルドに登録するとなると少々面倒だ。俺は文字が読めないし、出身や得意項目、色々と不都合が大きい。しかし、必要ならば登録するのもやぶさかではないだろう。
「いえ、別に必要はありません。ギルドはあくまで依頼を紹介する場所であるだけですので。ですが、ギルドに登録すればいろいろな特典があります」
「例えば?」
「一つは仲介料の減免です。通常、ギルドが掲載する依頼は、受領者七、ギルド三の仲介料ですが、登録者は受領者九、ギルド一の仲介料になります」
七割から九割になるというのは大きい話だ。しかし、それだけ大きな変化があるというのならばギルドに登録しない、ということもないはずだ。もしかしたら義務の方が問題が大きいのかもしれない。それとも、登録しないことを考えていないだけかもしれない。
「他には何かあるのか?」
「はい。魔物の素材の買取の受付をしたり、何か困ったことがあれば可能な範囲で手助けをしたりします。必要なものの融通とか、借金の肩代わりとかですね」
「……文字の教育もあるか?」
「その程度の事であれば、全然問題ありません。文字が読めなければ依頼を受けるのにも苦労しますから。一応登録されたなら職員が必要な依頼を探すことも可能ですが」
確かに文字が読めないのに依頼を受けるのは無理だな。そもそもギルドに来るのは文字が読める前提、といったところだろうか? いや、でもこういった登録で手助けをするシステムがある以上、それがある程度知られていれば文字が読めなくてもギルドに来る人間が多いはずだ。そしてギルドに登録をする。
「もし登録した場合、こちらに課せられる義務は?」
「一つは能力を把握するための数値化をこちらで行います。明確な能力が分かるわけではなく、あくまで受けた依頼から判断するだけですが。その能力に応じ、こちらから指定した依頼を回したり、場合によってはこちらの招集の対象とされることがあります。もちろん、こちらで登録者の居場所は把握しています」
手段は不明だが、登録者はその現在を把握されるようだ。もしかしたら悪用されている可能性もある。登録するのであれば誤魔化す手段を探す必要があるな。
「……わかった、ギルドに登録したいのだがいいか?」
「はい。文字を書けないのですよね? こちらで代筆いたしますが」
「お願いする」
少々恥ずかしいところだが、仕方がない。こちらの文字を書くことはできない。
「お名前をどうぞ」
「……偽名、もしくは名前だけでもいいのか?」
「ええ、構いません」
構わない、と言われるとは思わなかった。別に偽名を名乗りたいわけではないが、全部の名前を登録するのもどうかと思ったので聞いただけだ。
「名前は淳也で頼む」
「ジュンヤ様ですね。出身はどこでしょう?」
「……秘密にしたいんだが、問題ないか?」
「別に構いませんが、その場合記載なしとなります」
「記載が必須な項目は?」
「名前以外ですと技能……役職や能力などです。必須でないものには年齢や家族の有無などもありますが」
ちょっと色々とあると面倒くさいし、必須のみにさせてもらおう。
「悪いが、必須項目のみの記述することにしたいんだが」
「ええ、いいですよ。では能力についてですね。どのような技能をお持ちでしょう? できるだけ教えてください。これは受ける依頼の許可にもかかわる項目ですので」
ああ、確かに様々な依頼があるのなら、例えば木こりが採掘の依頼を受けても仕方ないし、薬師が討伐の依頼を受けても仕方ない話だな。だから能力で受けられる依頼を制限している、ということか。
「……魔法が使える」
「特異な魔法がどの属性でしょう?」
「全部」
「えっ」
驚かれる。全属性ってのは珍しいものなのだろうか。こちらの常識がないので少々わからない。
「すみませんが……本当に全属性扱えるのですか?」
「実践してみてもいいけど?」
今ここでやると危ない気もする。簡単な魔法を発動、維持する程度ならば問題もないか?
「いえ、構いません。ただ、その人の能力に合わせた依頼を受けられるので、もし内容が虚偽であればできないような依頼が回ってくる可能性もあります。その場合、罰則があったりしますので」
嘘をついていた場合、それに対して罰を下すこともある、か。一応全属性は事実だが、できない可能性はないとは言えない。だが、全属性というのは嘘ではない。最悪の場合、追っ手を全部殲滅すればいいし、逃げるのに問題はない。
「問題ない。実際に全属性の魔法を使えるのは事実だからな」
「そうですか」
記述を終え、何かの宝石のようなものを当てる。宝石なものが記述された用紙に触れると同時に用紙が宝石に吸い込まれる。とんでもない異常な光景だが、だいたいこういった光景は魔法で見慣れている。珍しいものでもない。
「手のひらを上に向けて左手を出してください」
言われた通りに手のひらを上に向けて差し出すと、手のひらの中心に宝石を当てる。そしてこちらに聞こえないように、受付が微かに詠唱を行ったのが聞こえた。それと同時に宝石が体に沈み込む。
「これで登録は完了です」
「……恐らく、この宝石に情報が記録されていると思うけど、その確認はどうやって?」
尋ねると受付が驚いたような表情でこちらを見てきた。ただの推測だったが、大体予測できるような内容だ。反応からして合っていたのだろう。
「え、ええ。こちらのボードに左手で触れていただければそちらに表示されます。そこに必要であれば備え付けのペンで書き加えれば情報を書き換えたり追加することもできます」
「この宝石の取り外しはできるの?」
「可能ですが、その場合ギルドの登録消去となります。その場合、登録解除料が必要となります。今外されるおつもりですか?」
「いや、そういうわけじゃない。つけられるのならば外せるのかな、と思っただけだ」
先ほど詠唱をしていた、ということは付け外しは恐らく魔法によるものだ。ということは……知識から外すための魔法を引っ張り出す。なるほど、やはり魔法により外せるようだ。まあ、今外す必要もないだろう。
「登録はこれでいいのか。なら、依頼を受けたいんだが……」
「文字の読み書きができないということですよね?」
「できれば文字を学ぶための本か何かあるか? 簡単なものでいい」
「子供向けのものでよければ……」
「それで構わない。持ってきてくれるか?」
受付が奥に行き、すぐに戻ってくる。持ってきたのはだいたい三十ページほどの本だ。
「これでだいたい日常で使うような文字が学べます。しかし、これを読んでもすぐに文字が分からないとおもいますが」
確かに文字を学ぶのは大変だ。必要ならばその本を借りて、本を使いながらでもいいだろう。だが、こういう時こそ魔法のチートを使うべきである。なぜか文字に関する魔法はなかったが、知力や記憶に関する魔法ならば全く問題はない。
「"メモリーインプット"」
小声で呪文を唱え、魔法を発動する。見たもの、聞いたことをすべて記憶する、瞬間記憶能力者にするような感じの魔法だ。本を受け取り、中身をぱらぱらと読む。速読する必要すらない。見るだけで内容を覚えられるのだから。ただ、覚え方が歪になると大変なのでより正確に本をまくり、歪みがないように中身を記憶する。そして全てのページを記憶したので本を受付に返す。
「え!? もう覚えたのですか……?」
「ああ、問題ない」
まだ整理ができていないが、それはすぐに別の魔法を使い整理する。これで言語に関しては、全ての文字を知ったわけではないが問題ないだろう。ついでに書きもできるようになったのはありがたい。
「"メモリーチェッカー"」
記憶の中にある知識の再分配、再編集の魔法。これにより、無駄になっている記憶の中にある知識をより正しい知識の場所に配置される。今回であれば、今記憶したばかりの文字の乗った本の記憶を、文字を抽出し、それを言語分野に持っていく。そして、その言語の内容を種類にわける。今回であれば、この世界の言語に分類するということだ。さらに名詞動詞、文体などのもっと細かな分類もあるがそこまで細かい内容に関しては置いておくとしよう。
さて、文字に関しての問題もなくなったことだし、仕事を探すとしよう。