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整備されていない場所を歩いていると、野生動物の姿を多く見かける。道を歩いている時は殆ど動物の類は見なかった。極端に多い、というほどでもないが、かなりの数の野生動物が存在している。見かける多くの動物はこちらが近づくと逃げることが多いが、中にはこちらに攻撃を仕掛けてくる場合もある。そういう場合はエリテに訓練させるという理由で戦闘させている。
装備は騎士人形に持たせていた木で作った剣や盾。鎧の類は装備させていない。足りない防御力はこっそり魔法による身体防御力の強化で補っている。木の剣で倒せるのかと思われるかもしれないが、作成に俺の魔法を使い、鉄で作られた剣と同じくらいの重量を持つ密度に圧縮している。斬れなくても打撃威力が高い。なんとなく、銅の剣という言葉を思い浮かべる。
「ねえ、ジュンヤは戦わないの?」
何度目かの野生動物の攻撃を経て、エリテにそう言われた。すこし心に刺さる言葉だが、俺が戦わないのには理由がある。
「エリテが強くなったら考えよう。ほら、回復するぞ。全ての怪我を癒せ。"ヒーリング"」
単純で誰でも使えるような最低の威力の回復魔法を使用する。それだけでエリテの傷はすべて回復する。最低レベルの魔法でも俺の魔力量だと高威力にするのは容易だ。これが攻撃魔法にもそこそこ適用されるのである。大蛇を倒した時の爆発の魔法のように、少し使うだけで大破壊を起こしかねない。この高威力化は選択する魔法の種類にもよる部分があるようで、本当に攻撃を意識した攻撃魔法だと威力が自然と高くなる傾向がある。
もちろん、攻撃魔法でも、攻撃を主目的として攻撃魔法を使わなければいい話だ。例えばエリテを助けるときに使用した"フレイムスフィア"だ。あの魔法はエリテに当てない、相手に確実に命中することを意識して使ったためか、攻撃威力は上がっていない。ああいった感じで、攻撃でない部分に意識を割くと高威力化はしないようだ。逆に大蛇を倒した時の"ボム"みたいに攻撃しようと意識すると高威力になる。
さて、そこでなぜ俺が戦わないのか。それは戦闘を明確に意識して戦闘するとなると、魔法の選択が大変になるからである。前例のあるスフィア系を使えばいいのだろう。しかしそれだと戦闘が単調になりすぎる。ただ遠距離から魔法を撃つだけ、攻撃は相手を自動で追尾して当たればそれで終わりだ。戦闘に面白み、学習項なんてあっても仕方ないが、無意味に戦うのはよろしくないだろう。
「でもジュンヤだけ何もしないのは不公平だよー!」
エリテがそう言うのもわからないでもない。回復魔法を使っているが痛いのも疲れるのもエリテだ。
「それじゃあ、次は俺がやろう。ただ、何が起きても文句を言うなよ?」
「うん! 頑張れジュンヤ!」
ずいぶん調子のいい反応をされる。今は整備されていない場所を歩いているが、きちんとした道となっている場所まで行けば戦闘になる頻度は少なくなるはずだ。もうかなり近くまできている。このままいけば大丈夫だろう。
そして、そんなことを思うこと、それを誰かはフラグと言っただろう。
「うわっ!?」
「エリテッ!」
エリテがいきなり横から襲われる。この辺りで俺たちに対し襲い掛かってきたのは、小動物くらいの大きさを持つ虫や、攻撃性のある小動物が主だ。しかし、今回のはそれまでとは違い、いきなり大きな穴を開け、そこから出現している。見た目は恐らく蟻地獄か何かの虫だ。ただ、大きさが子供くらいの大きさがある。
「"ブラストウィンド"!!」
咄嗟に詠唱を省略し、呪文のみで魔法を発動させる。突風の魔法だが、魔法はある程度意思でその性質を変えられる。突風でも上に巻き上げるような突風を発動させ、エリテごと蟻地獄を空中に巻き上げる。流石にエリテを襲っている相手を正確に狙い撃つなんて不可能だ。両者を引き離す事から始めないといけない。
「うわああああああっ!?」
先ほど空を飛んだ時は浮かんでいたが、今回は吹き飛ばされ、先ほど以上に自由がないだろう。
「空を駆ける翼の力を! "ウイングフライト"!」
"レビテーション"よりも自由に空中移動ができる魔法を使い、風で吹き飛ばされたエリテを追う。その途中、同じく飛ばされた蟻地獄を発見する。放っておくのも何なので、始末しておこう。手間をかけさせた礼も兼ねて。
「叩きつける力の風よ吹き潰せ。"ダウンバースト"」
本来風というものはも尾を動かす力は強くてもそれ自身が物理的破壊力になることは少ない。しかし、その風は地面にたたきつけるような豪風だ。そして、その一撃に込められた魔力はとても大きく、地面に叩きつける前に物理的な破壊力を伴った風が蟻地獄を潰し破壊する。そのまま蟻地獄は風により潰れたまま地面に叩きつけられ、原形すら不明となった。
哀れにも地面に叩きつけられることになった虫はともかく、吹き飛ばしたエリテを早く回収しなければならない。このまま放っておけば地面に叩きつけられ真っ赤な花を咲かせることになるだろう。エリテはすでに落下をし始めていたが、その分上昇時の加速はなくなっていた。フードをつかみエリテを確保する。
「げっ!? ぐげぐ!!」
「あ、締まってるか? 空を舞い浮かぶ翼を。"レビテーション"」
掴んだのがフードなせいで服が引っ張られ、服の首を出す穴が首に引っ掛かって息を止めることになっていた。流石に危ないのですぐに浮遊の魔法を使いエリテを浮かばせる。
「げほっ、げほっ……あ、ありがとうジュンヤ」
「どういたしまして。襲われたけど怪我は……ないみたいだな」
咄嗟だったので間に合ったかどうかもわからないし、あの突風の魔法でも怪我か何かを負わせてしまう可能性はあった。しかしエリテにけがはないようで、うまくいったようだ。
全く隠蔽などせずに空を飛んだが、近くに人がいれば見られている可能性がある。そうであるなら今更隠しても仕方ないので、空を飛んだまま道まで行き、そこで降りる。
「……最初からこうしていればよかったか」
道がないところを行くから野生動物に襲われる可能性が多いのである。最初から道を行っていればちまちまとした戦闘を行う必要性はなかっただろう。
道を歩き、徐々に空が赤くなる。もう夕方になる。この世界には電灯のようなものはなく、明かりは松明などの火の明かりを使うか、月明かりに頼るか、それとも魔道具や魔法を明かりにするかである。つまり普通は夜に行動するようなことは出来ない。光源の問題だけではなく、夜行性の野生動物などもいる。夜に動く生物は闇でも見えるような目を持っている。普通の人間は夜目はなかなか聞くものではないのだからやはり夜に行動するのは難しい。
俺はその両方をカバーできるが、だからと言って夜に進む道理もない。そもそも結構な距離を歩いているのだから休まなければきつい。
「しかし……休憩場所見たいのは見当たらないか」
こういう道沿いに、旅人や馬車で移動する人間が休むための場所があるのではないか、と思って移動していたが、今のところそれらしき地点が見当たらない。気づかなかっただけか、それともまだ先にあるのか、手前にあったのか。もしかしたらそういう場所がない、という可能性もあるかもしれない。
「ジュンヤ、どうするの?」
エリテはあまり疲れた様子は見せないが、どの程度体力があるのだろう。いや、エリテの疲労具合などは今はいい。
「……エリテは皆で移動していた時とか、休むときはどこで休んでいたんだ?」
エリテは逃げてきた際、一日であそこまで到達したわけではないだろう。何日かは途中で眠ったりと休む機会をとったはずだ。
「大きな木の洞とか、枝の上でなんとか過ごしてたかな。僕らは眠っていても音とか結構気付くし、そこまで気にしなくてもいいんだけど」
獣人の生活は過酷である。そうであるためか、普通ではない酷い環境でも休むことができるようだ。だが、俺がそういう場所で休めるかは疑問だ。それに森や山ならばそれでもいいかもしれないが、ここは平地である。
「木とかはないからな。しかたない……」
本当はあまりやりたくない所ではあるが、エリテにお披露目も兼ねて休憩場所に移動するとしよう。
「目印をどうするかな……持続する魔力の塊。そうなると……」
今いる場所は多くの人が通る場所だ。そう考えると、かなりの時間魔力を持つ目印はあまりよくないだろう。転移する場合も、ここの付近に人がいる可能性も考慮の対象だ。そこまで考えて、この場所が見えるようなものを作っておくべきであると思い至る。
「視点移し……目の魔法…………察知……指し示す場所のすべてを見通し感知せよ。"ポイントサーチ"」
使った魔法は指定した場所からある程度の範囲のすべてを感知する魔法だ。この魔法であれば周辺に誰かいてもわかる。余程遠くだと無理だが、遠くであれば転移で現れても見間違いか気のせいかと思うかもしれない。物質的に残るものではないので単なる魔力の目印としてもいいだろう。
「………………隠蔽の魔法を使えば気にする必要はないのでは?」
昼に透明化の魔法などを使用していたことに思い当たり、同じような魔法を使用して転移すれば全く問題ないことに転移しようとする直前に思い至った。目印も、魔力隠蔽などの魔法もあるのだから、そういう手を使えばいい。あらゆる魔法の知識は伊達ではない。
「まあ、いいか。エリテ、こっちによって」
エリテが大人しく寄ってくる。先ほどから無言でこちらを見ていたが、何をしているのかと思われていたのだろうか。
「我ら空間を渡り彼の地へ飛べ。"テレポート"」
「え? わっ!? ここどこ!?」
景色が一変する。空が見える平地から、結構な明かりはあるものの少し暗い洞窟内へと移動した。
「あ、あれって村にあった家?」
「そうだよ。俺の隠れ家へようこそ、エリテ」
エリテにこの場所のことを教えるのに少々興奮が混ざる。いつの年齢になっても、秘密基地みたいなものを教えるというのは心を刺激するもののようだ。




