12
村を出て結構な時間がたった。今はもう昼間である。
「ねえ、ジュンヤ。ここどこかな?」
「…………森の中だな」
エリテはこちらを非難するようにじっと視線を向けてくる。道沿いに歩いていたはずなのに、なぜ今森の中に俺たちはいるのか。それは全て俺の行動が原因である。
「…………僕たちが来た道はどこかわかる?」
「わからないな」
「…………わからないのになんで森の奥に入っていったの?」
「ちょっと魔法に使える茸を見つけて、つい…………」
魔法は単純に魔法だけで使えるものばかりではなく、特殊な道具や素材を扱うもの、特定の条件が必要な魔法などがある。俺の魔法の知識の引き出し方は、必要とする魔法の性質を思い浮かべ、それから逆算するのだが、特殊な素材や道具などから、それが必要な魔法の知識を自動で引き出す要素もあるようだ。
そのため、何か必要となる素材を見かけると、つい集めたくなってしまう。採集癖というやつだろうか。もともと収集癖というか、コレクター的なところはあったが、それはこちらに来ても変わることはない。たとえ必要なくても、何かに使えると分かってしまえばつい集めてしまう。そうして森の中に素材を見つけ取りに行き、さらに先に素材を見つけそれを取りに行く。それを繰り返した結果が現在だ。
「ついじゃないよー! ここどこなのー!?」
エリテが俺に向かって叫ぶ。エリテの不満、文句ももっともだろう。今回は完全に俺が悪いのだから。
「ごめん。場所はわからないけど、方角はわかる。森を出るには南に行けばいいはず。道が見つかるかはわからないけど、とりあえず南に向かえばいい」
「森の中なのに方角分かるの? 太陽はほとんど見えないし、今は昼だから真上だよ?」
この世界でも太陽が上るほうが東、落ちるほうが西だ。影も北側にできるのも元の世界と同じだ。それが分かっていれば、方角をしるのは容易い。ここは森の中なのだから。
「高速の水よ小さな粒を含み物を切り裂け。"ウォーターカッター"」
指先から工業用のウォーターカッターのように高速の砂が混じった水を噴出し、近くにあった木を切断する。真横だと倒れない可能性があるので、俺とエリテのいる方向には倒れてこないように注意して斜めに切断した。斜めだと年輪分かりづらいのもあり、残った斜めの切断部分を真横に切断しておく。
「年輪を見れば方角が分かるんだ。日の当たるところの方が成長が速い、日の当たらない所が成長が遅い。そこで年輪の差ができる」
「……同じだけど?」
年輪を見てみるが、特に違いがあるようには見えない。
「……他も試してみよう」
いくつかの木で同じように試してみたが、木によって多少の差異はあったが、方角が分かるようなものではなかった。そもそも、日の当たり方なんて木の密集具合や、山なんかの影響を受けて変わるはずだ。当てになるような話ではなかったということだろう。
「ジュンヤ?」
エリテの視線が厳しいものになっている。
「…………上から見れば、どこに行けばいいかわかる」
奥の手を使うことになった。この手は正直言って目立ちかねないのであまり使いたくはないのだが。
「上?」
「そう、上だ」
地上では木々が生い茂り、多くの障害物があり先を見通すことは出来なくても、空の上から地上を俯瞰すれば遮るものなど存在しない。
「エリテを置いていくのも危ないし、どうせなら一緒に見るか」
「え、何するつもりなの!?」
「空を舞い浮かぶ翼を。"レビテーション"」
足が地面から離れ、浮き上がる。この状態だと足を使って移動ができなくなる。地面を蹴って移動するように空中を蹴って移動するということができないからだ。エリテが地に足がついていない状況に浮足立っている。
「わ、わ、わ、なにこれっ!? 浮いてるの!?」
魔法を使っているのは俺であり、エリテではない。つまりこの魔法による空中移動の操作の決定権は俺にある。俺はエリテとともに空高くに浮かびあがる。
「うわあっ! どんどん空に上がってく!?」
エリテは先ほどから驚き通しだ。流石にそんなに驚いていると疲れてくるのではないだろうか。木の生い茂る枝を避けて木の上、そのさらに上の方に浮かび上がる。だいたい今はビルの五階くらいの高さだが、この状態でもある程度遠くまで見える。しかし、やはりもっと高い所から物を見たい。何とかと煙は高い所に上りたがると言うが、別に高い所に上りたいのは多くの人間の好奇心、本能のようなものではないだろうか。だいたい十階ほどの高さまできて、かなり遠くまで見渡すことができる。これくらいまでこれば十分だろう。いつの間にかエリテは落ち着いたようだ。
「……ねえ、ジュンヤ。これジュンヤの魔法なの?」
「そうだ。いい景色だろう」
「景色はいいかもしれないけど、流石に怖かったよ? ぜんぜん自分で動けないし」
自分の行動の捜査権が他人に握られているというのは確かに怖い話だろう。その恐怖を味わせたのは悪いと思う。だけど、仮にエリテに空中操作の操縦権を渡すと上手く移動できるかわからない。魔法の制御ができる俺が操作権をもっていないといかなかった。
「それは悪いと思ってる。だけど、いきなり魔法で空を飛べって言われても困るだろう?」
「そうだけど……せめて浮かぶ前に行ってほしい」
もっともな意見だ。確かにちょっと、自分の覚えていた知識を披露したが実際には違っていたことに対する焦りがあったかもしれない。
「次からはそうするよ。それより、向かう先になるけど……森の切れ目、道が分かったし、そろそろ行こうと思う」
「じゃ、下に降りるんだね。こんな景色見るの初めてだからもう少し見たかったなー」
「何言ってるんだ、このまま行った方が速いだろう」
「えっ」
驚かれても困る。下に降りて森の中をさまよったら道に迷う危険もあるし、俺がまた素材を見つけた時誘惑にかられて取りに行かないとも限らない。そういったことを考えれば、このまま空を飛んで森の外まで向かった方が速い。ただ、空は空で地上とは違う危険もあるし、空を飛んでいるところを人に見つかったらどういう反応があるかわからない。
「その姿を隠し見えなくさせよ。"インビジブル"」
「え? ジュンヤが見えなくなっちゃった。あ、僕の姿も見えない? 消えちゃった!?」
一々魔法を使うたびにエリテが驚いてくれて、これが擦れていない人間の反応かと新鮮に思ってしまう。
「姿が見えなくなっただけだよ」
「あ、声は聞こえるんだ」
「触ればあるのはわかる。なんで見えなくなったかっていうのは多分言ってもわからないと思うから言わないけど」
そのあたりは現代知識、元の世界における科学知識がなければ本当に意味が分からないだろう。その手の知識は俺の世界にとっての魔法のようなものかもしれない。でも、魔法の知識を引き出すとどう考えても現代知識がわかっていなければ使えないような魔法もある感じだ。そのあたりどういう事情なのだろう。
「ほんとだ。見えないけど確かにあるんだね」
「ほら、森の外に行くぞ。空の上でのんびりしすぎるのもあれだしな」
そのままエリテを動かし、森の外まで飛ぶ。空は障害物もなく直線での一定速度での移動だ。あっさりと短時間で森の外にたどり着く。そのまま森の側に降り、周りを見回して目撃者がいないことを確認してから姿を現した。
「あ、戻った」
「よし、それじゃあ歩いていくか……空を飛んでいると楽だったな」
山歩きをしていたから大分体力はついてはいるものの、長距離の移動となるとかなり疲れることになるだろう。エリテも北にある国から森まで歩きできたようだが、どの程度の体力があるだろうか。
「エリテは体力大丈夫か? 昼まで結構歩いただろう?」
「別に問題ないよ? あれくらいじゃ全然疲れないよ」
あの距離をこちらに来る前の俺が歩いたならば確実に疲れていただろう。その距離を歩いてもエリテは全く疲れる様子がないようだ。これが世界の差というやつだろうか。それとも獣人だからだろうか。気にしても仕方ないのだが。
「当面の目標は街か何かを見つけることかな……道沿いに休むところはあるかな」
「……ジュンヤ、何するか決めずに村をでたの?」
その通りである。正直言って、何をやってもいいし、何もやらなくていいのだ。ある目的を達成するためにやることはあるが、急ぐ必要もないし、適当に行った先で必要なものが見つかれば手に入れるくらいでいい。今のところは。
「俺自身の目的は探し物があるくらいだな。エリテは何かしたいことはないのか?」
「……ないよ。僕たちができることってあまりないから」
獣人という立場のエリテは人の住む町でできるような仕事は少ないだろう。しかし、そう考えると獣人でありながらも正当に評価されるように育てるべきか。ならば相応に実力をつけるべきだろう。エリテの教育、戦闘能力の強化あたりでもやるべきかな。