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翌日の朝早い時間、他の村人が起きていないような時間帯に目を覚ます。別にいつもこの時間に起きているとか、今日が村を出る日で精神的に昂ってうまく眠ることができなかったとかそういうわけではない。事前に睡眠操作の魔法でこのくらいの時間に目を覚ますようにしておいただけだ。何故そんな時間に魔法まで使いわざわざ目を覚ますのか。それは今日この村を出るから、である。村を出るのに誰かに気づかれてはどうもやりづらい。どうせ出るのであれば夜に出ればいいのに、と思うかもしれないが、夜に外に行けば獣など危険が大きいだろう。なので、朝誰にも気づかれずに村を出て、昼間に移動するのが一番いい。
俺はまだ寝ているエリテを起こす。
「おい、エリテ起きろ」
「……ん」
体を揺らしても反応はするがなかなか起きない。時間がかかりすぎると良くない。
「眠りに落ちしものよ目覚めよ"ウェイクアップ"」
魔法によりエリテが強制的に起こされる。
「……おはよう…………まだ暗いね」
眠気はほぼなくなっているはずだが、寝起きということもあり頭がうまく働いていないようだ。少し意識がはっきりするまで待ちたいが、時間は有限だ。
「エリテ、外に出るぞ」
「……まだ外暗いよ」
まだ朝が早い時間なのだから当然だ。しかし、だからこそである。この時間であれば何をしていても暗闇に紛れてわからない。自分からは動こうとしないエリテのてをつかみ、外に引っ張り出す。エリテは特に抵抗もせずに外に連れ出される。
「……外? あれ、じゅんや? 暗くて見えないよ?」
「ちゃんと起きたか?」
エリテがきょろきょろと周りを見ようとしているが、まだ月の明かりがあるとはいえ、夜は相当に暗い。この村の立地が周囲が森であるのも要因だろう。
「えっと、なんで外に出てるの?」
「村を出るからだよ」
「こんなに暗いのに?」
「むしろ朝早くに出ないと、途中で夜になったら大変だろう? 村から離れて休むのなら、結構な距離の場所まで行かないと」
この世界の道は恐らくそこまで整備されていないはずだ。歩いていくとなれば大変であるだろうし、道中で休憩できるような場所は少ない。時間もかかるとなれば、どこかで野宿をすることになるだろう。もし昼から出ていれば、村からそこまで遠くない場所で休むことになる。それは村から離れる、というのにどうも変な感じがする。
「……本当に村から出るんだ」
「エリテを一人にするつもりはないからな。それに、俺としてもずっと村にいるわけにはいかない理由があるんだ」
エリテに行った理由は村を出る要因そのものではないが、嘘ではない。エリテが追い出されようと、追い出されなかろうと俺は村を出ることになっただろう。その時はもっと先に旅に出る準備などをして、完璧な状態にしてから出ていたはずだがそれは言わないでおく。
「……ごめん」
「気にするな…………と言っても、気にするだろう。迷惑をかけたのならば、その分だけ相手にお返しをすればいい」
タダより高いものはない。気にするなと言っても、多くの場合は気にしてしまうだろう。ならば代償を支払う形にしてしまえばいい。そうすれば、いつか受けた恩に対するお返しをするという形でその時点での精神状態は改善されるだろう。本当に恩を返すかどうかはこの際どうでもいい。返してもらわなくてもこちらはかまわないと思っている。エリテは恩返しをするぞ、と気合を入れている。
「それじゃあ、村を出るんだね」
「その前にやることがある。それだけやってから村を出よう」
「やることって?」
エリテは疑問の表情でこちらを見る。そもそも今は朝になる前の暗い時間だ。そんな時間に一体何をやれるのか、と誰しもが思うことだろう。別に暗いとか明るいとか俺には関係ない話だ。
「家を放置していくのはもったいないからな」
家は殆どが俺の力で建てられたものだ。大工の力もあったが、必要な木材を作ったり運んだりしたのは俺だ。この村の新しい開拓地の開拓、防壁の作成、色々とこの村に貢献したのに、もう村を出ることになった。それは俺の選択のせいでもあるが、この村のためになることを多大にやっているのに俺は少しの間住まわせてもらっていた程度でほとんど恩恵を受けていない。ならば自分で建てた家を俺が持っていたところで文句を言われる筋合いもないだろう。
自分でも少々暴論だとは思うが、俺の行動を咎めることのできるような相手はいない。
「この地に存在する物よ我が望みの地へ送り届けられよ。"トランステレポーテーション"」
目の前に存在していた俺の家がこの場から消失する。正確に言えば、消えたのではなくテレポート、空間移動したのである。物を指定した場所にテレポートするのは質量や座標の指定などで大変だが、以前俺が作った拠点は転移の目印もあるし簡単に送ることができる。空間転移も、指定した地面とその上の空間を指定することで、入れ替え指定をよりわかりやすくして簡単にしている。
「えっ!? 家が消えちゃった!?」
エリテが目の前で起きた光景に驚いている。これが普通の反応なのだろうけど、この程度でこれほどまでに驚かれるとこの先驚いてばかりになるだろう。
「俺の魔法だよ。消したんじゃなくて、遠くのある場所に送っただけだ」
「…………そうなんだ」
よく理解していない、といった顔である。魔法に関してはまったく教えていないし、知らないのだろうから仕方がないだろう。ただ、そんなことができるのは凄いと思って貰えていればいい。
「さあ、皆が目を覚ます前に村を出よう。今はまだ暗いけど、そのうち明るくなるよ」
「ジュンヤ、前が見えないのにどうやって村を出るの?」
全く見えないわけじゃないが、足元がはっきりとわかるほどではない。このまま行けば、木の根に躓いたりするし、明かりが必要ない生物などに気づかず襲われる可能性もある。もちろん、そんなことはわかっている。
「夜目の魔法を使っているから暗くても見えるんだ。ああ、エリテも見えるほうがいいよな。夜の暗闇の中にも昼の光を。"ナイトビジョン"」
エリテの目に魔法をかける。魔法をかけると、ぱちぱちと目を瞬かせる。俺にその手の趣味はないが、可愛らしいと思える子供らしい反応だ。
「凄い! 暗いのに見える!」
あたりが暗いということは目で分かるのに、物ははっきりと昼のように見える。明るく見える魔法ではなく、昼と同じように物が黒いのに見えるというよくわからない魔法だ。もう少し科学で分かるような魔法であってほしいと思うのは贅沢だろうか。そう思って知識を探ってみると、物を見るために必要な光の集まりを調整する魔法があるのを確認した。どういう魔法か使って試したいところではあるが、今すでに使っている魔法もあるし、無駄に魔法を使うのも持ったいない。次の機会があれば使うことにしよう。
「それじゃあ、村を出よう。とりあえず村から続いている道沿いに歩くつもりだ」
「あ、でも僕は…………」
エリテは獣人だ。その姿を人々が見ればどう思うだろう。獣人は嫌われ者、というわけでもないが、偏見を持っている人間は少なくないのだろう。人間よりも立場が下の存在とされているので、他人の庇護を受けている獣人でもちょっかいを駆けてくる輩がいてもおかしくはない。
「…………とりあえず、耳を隠しておけばいいか」
獣人と人間の差異、はっきりと目で見てわかるのはその獣耳の存在だ。獣人には獣尻尾があることも多いが、獣尻尾は尻尾の大きさが大きいものでもなければわざわざ外にやらず、下着など服の中に隠すようだ。
「必要なものを引き寄せよ"アポーツ"」
隠れ家として作った拠点に今先ほど送った家からある程度の大きさの布を手元に引き寄せる。
「エリテ、ちょっとじっとしていろよ」
「え? うん、わかった」
いきなりのことで驚いた様子だが、おとなしく従ってくれる。小さく蔓を生み出す魔法、茨を生み出す魔法を組み合わせた魔法を知識から引きだす。どうも、この魔法は存在しない魔法だが、必要な魔法として既存の魔法の知識を組み合わせて一つの魔法にしたようだ。いまいちこの魔法の知識の使い方、性能が分からない。便利なのだが、この知識がどれほどのことまでできるのか不明にすぎる。
「フードを取り付けたから、これで頭をすっぽりと隠せる。耳を隠せば獣人とは早々ばれないだろう」
「……うん、ありがとう」
エリテは少々複雑な顔をしている。獣人であるということに隠すという行為で対応してしまったからだろうか。俺にとっては堂々としていても問題ないが、その選択はエリテにとっては大変な話だ。だから隠したのだが、エリテにとってはエリテが獣人であると知られると俺が困るから隠したと思ったのかもしれない。そのあたり難しい所なのだろう。
そのあたり、詳しく説明しようかとも思ったが、言い訳に聞こえるかもしれない。何も言わないで、エリテの頭をなでる。
「……何、ジュンヤ?」
「何でもないよ。暗くても見えるとはいえ、躓いたら危ないからゆっくりと行こうか」
二人で村の外に向かう。そういえば俺は村から道沿いに進むのは初めてだ。ずっと森の奥を探索していた。この先何があるのだろう。それは言ってみなければわからない。