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「追い出してほしい、とは穏やかじゃないな。何故追い出す必要がある?」
理由がわからない以上、無条件で肯定するわけにもいかない。本来村で過ごすのならば従った方がいいのだろう。だが、エリテは俺が保護した存在である。助けた者として相応の行動をとるべきだ。責任、というと少々重苦しい言葉になるが、俺としてはそれを持つべきだと思っている。
「言わなければわかりませんか?」
ジェレミンは睨むようにこちらを見てくる。自分が決めたことに対して是と帰ってこなかったことに苛立った様子で、こちらにかけてくる声にその感情が見える。
「俺は獣人についての知識はほとんどない。俺のいたところでは獣人がいなかったからな。親からも教えてもらったことはない。獣人はいったいどんな存在なんだ?」
知識がないのも、獣人がいなかったのも、親から教えてもらったことがないのも事実だ。異世界に住んでいたから当たり前だが、この世界でも、この村のように獣人がいない場所もある。そのうえで獣人について教えてもらわなければ知ることもない。そう勘違いしてくれるだろう。
「……我々にとって、獣人とは人の姿を獣が模倣して成った存在と言われています。獣は人よりも下等であり、たとえ人の姿をとったところで人間よりも下等な存在である、というのが一般的な我々人間の獣人に対しての教えです」
「一般的な、というからにはそうは思っていないんだろう?」
「そうですね。私は教えをそのまま受けて止めてはいない。だが私がそうだからと言って、他の村人はどうでしょう? 村に訪れる旅人や商人は? それに、獣人側もどう思うか。そういった教えのあるところでわざわざ過ごすのも気分がよくないだろう。それならば別のところに行った方がいいに決まっている」
ジェレミンの言っていることは確かにそうだと言える。しかし、それは本心ではない。獣人に対して心配しているような様子は表情からは見えない。むしろ邪魔に思っているように見える。
「それだけか?」
もう一歩、踏み込んでみる。単純に今までの話だけでもいいが、ジェレミン自身の本心を知りたいところだ。その本心は色々とこの先を決める一つの要素になり得るだろう。
「…………先ほども言った通り、獣人がいると村人の心情が変わってくるんです。特に村というある程度閉鎖された環境では、そういった存在に対しての攻撃性が生まれやすい。その感情は村にとってはよくないことになる。村人たちが穏やかに、争いなく過ごすのが村にとっていいんです。獣人という存在は村にとっての不和の種なんですよ。だから追い出すのです」
ジェレミンの言葉を聞き、獣人を追い出す理由を理解する。
「……つまり、村のために獣人を外に追い出したいと」
「そうです。私はこの村の村長だ。村を思い、村のために行動する。何か間違っていますか?」
真剣な表情だ。その気持ちは嘘ではないのだろう。理由は理解できるが、その選択には納得がいかない。しかし、だからと言ってこのまま村に置いておくのは難しいだろう。ジェレミンが知っている、気づいている以上は村人が知ることになるのも時間の問題だ。
「間違っていない、村長として村のために行動するのは実に正しい」
「ありがとうございます。それでは追い出してもらえますね?」
言葉が止まる。こちらから答えは返さない。俺とジェレミンの間に沈黙が落ちる。
「少し待て。直ぐには無理だが、ちゃんと獣人を村から出す」
「ええ、お願いします」
今度は肯定を返され、安堵したような表情だ。これ以上話すことはないだろう。
「用件はそれだけか?」
「ええ」
「それじゃあ俺は戻る。じゃあな」
できるだけ感情を隠して別れを言い、家へと帰った。
「ジュンヤ、おかえり!」
「ただいま。エリテ、ちょっと話がある」
エリテをいつも食事する机の前に誘導し、対面して座る。そして今日、ジェレミンと話していたことを話す。エリテはその話を聞いて、涙をこらえるような表情をする。流石に色々と精神的にきついようだ。
「ジュンヤ、僕追い出されるの?」
「……エリテがこの村を出る。これは変えられないだろう」
俺がいくら説得したところで聞いてくれるとは思えない。力で無理やり脅しをかけてもいいが、そんなことをしても村と敵対するだけだ。結局意味はない。
「そう、なんだ」
泣きそうになっている。俺はエリテの側により、頭を撫でてやる。こう、自分がこうするのに気恥ずかしさはあるが、子供に対してはこうやって優しくするべきだろう。エリテは最初触れた時点ではびくっ、とおびえたようだったが、なでるだけだったのでそのまま受け入れる。
「エリテを一人にするつもりはない」
「え? でも、僕はこの村を出るんじゃ……」
「そうだ。だから俺もついていく。いや、どちらかといえばエリテが俺についてくることになるかな」
そうエリテに言うと驚いたような表情でこちらを見てくる。
「だめだよ、ジュンヤ! 僕が追い出されるのにジュンヤまで村を出る必要はないよ!?」
俺がエリテとともに村を出る、ということでエリテはその行動に反対意見を呈してくる。たしかに今回の話は俺がエリテを追い出す、それだけで簡単に片のつく話である。だが、それを選択することに俺自身が納得いっていないし、エリテを一人で出せば野垂れ死にする可能性が高い。それをわかっていて行うわけにもいかないだろう。
「確かにそうだけどな。最初に言ったが、俺は獣人に対しての差別というものがない。俺にとって獣人は人間と何ら変わりない存在だ。それは普通の人の価値観とは違う。そんな俺が普通の人と一緒に過ごしていれば、いつか価値観の違いで大変なことになりかねない」
建前としてはそんな感じだ。本音は獣人とはいえ子供であるエリテを放り出す選択をした村に居たくない、という気持ちだ。ジェレミンが匿っている獣人が子供だと知っているわけではないかもしれない。しかし、そんなことは俺には関係ない。
「ジュンヤの言ってること、よくわからない」
エリテは俺の言ったことの内容がわからないと言った様子だ。まだ子供、精神も知識も経験もまだまだ足りていない。一人にするにはまだ早いだろう。
「わからなくていい。これから俺は旅に出る、エリテはそれについてくる。それだけわかればいいさ」
村を追い出されるのではなく、旅に出る。一生この村に帰らないだけだ。
「…………うん、わかった」
一応頷いてはくれたが、納得はしていない様子である。しかたがないが、納得がいっていないから、と仮にエリテがこの家から一人で出て行ってもこちらはそれを追うことは容易い。納得しなくても無理やり引っ張っていけばいい。少々乱暴なやり方だが、勝手に野垂れ死にされるよりはいい。
「明日、家を出る。今日はゆっくりしようか」
ジェレミンの呼び出しは森に出る前だ。森の見回りは任されてはいるものの絶対しなければならない、というわけでもない。そもそも今から行くのも中途半端だ。森の見回り中にエリテを鍛えているが、今回はない。しかし暇なのも困る。
「どうせだから、何か遊び道具でも作るか?」
「遊び道具? 何、どんなもの?」
「そうだな……そういえば、俺は色々な遊びを知っているが、エリテの知っている遊びはどんなものがある?」
この世界に遊び、ゲームの類はどういったものがあるのだろうか。正直言って興味がある。
「……僕は知らないよ。家族と追いかけっこしたりとか、それくらいしかできなかったから」
忘れていた。獣人の生活環境は人のそれより良くないことがほとんどだ。そんな環境であれば一般的な遊び道具なんて買えない可能性もあるし、下手をすれば子供でも仕事をしている可能性もあるだろう。それでも休みが全くない、ということは……多分ないだろう。簡単な遊びくらいしかできなかったようだが。
「そうか。なら、俺の知っている遊び道具を作ろう」
部屋の木材を魔法で加工し、八マスになるように木の板に縦横の線をつける。魔法は正確な傷をつけることが容易い。手で加工するよりも出来がいい。さらにその木の板に作ったマス目に収まる丸と四角の木の板をそれぞれ六十四作った。もっと別のゲームを作ってもいいが、遊び方が単純で分かりやすい方が子供受けは良いだろう。
「いつ見てもすごいね。何作ったの?」
「オセロだよ」
エリテにルールを説明する。表裏が白黒の方が必要な道具も少なくてわかりやすいが、今回は自分の使っている板に入れ替える形にした。よく創作物でこの手の遊具を作っている場面があるが、自分が行うことになるとは思わなかった。何故オセロなのか、と思うがルールが単純で複雑なものが必要ないからなのだろう。トランプは遊び方が多いが、各種類の札を作る必要があるし、チェスは駒が多いし動きも複雑、将棋はいわずもがな。囲碁なんかもあるが、あちらはルールが複雑だ。そういう意味でオセロはルールが明瞭で扱いやすい。
「負けたー!!」
「流石に今まで知らなかった相手に負けるわけにもいかないからな」
本当はこういう時はわざと負けてあげる位がいいのだろう。だが、負けようとすると明らかに手抜き、わざとらしさが見える。それをエリテに指摘され、負けることは出来ない。わざと負けられるのも嫌だが勝てないこともあってどんどん機嫌が悪くなっている。
「もうやだー! 勝ちたいー!」
勝ちたい、と言っても俺以外で戦える相手はいない。諦めるしかないだろう。




