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「あっ!!」
家に帰ると部屋の中で獣人の子供が部屋にあった食べ物を食べていた。こちらが事前に準備していたわけではない。勝手に夕食に食べる予定で置いていたものを食べている。いきなり知らない建物の中に寝かされていたのにその建物内にあるものを食べるのは少々不用心ではないだろうか。安全だとしても勝手に人のものを食べるのもよくないだろう。
「ごめんなさいっ! お腹が減ってて、勝手に食べちゃいました! ごめんなさい!」
獣人の子供が頭を床につけて謝る。勝手なことをされたのは少しむっとしたが、そこまで平身低頭にすることでもない。
「謝ってくれるなら別にいい。調理もしていないのに食べて大丈夫なのか?」
謝意を十分に見せてもらえたのでそれでいいが、ここには薪はあっても火を起こすものはない。包丁も魔法で代用しているので俺が何もしていない状態であれば置いてある物を丸齧りになるだろう。
「え……怒ってないの?」
「この程度なら怒るようなことでもないよ。部屋が荒れてたらちょっとは怒っただろうけど」
食べ物の恨みは恐ろしい、というが余剰が持っていかれるくらいなら別にいい。それ以上に物が壊れていたらそちらの方が怒り心頭だっただろう。物は壊れれば返ってこないのだから。
「でも……僕、獣人だから」
獣人の立場は人間よりも下。本人たちがどう思っているかはともかく、社会的にはそうなっている。そんな獣人が勝手に人の家のものに手を出せば酷いことになるだろう。ならばなぜ手を出したのか、とも思うが、それ以上に腹が減っていたのかもしれない。
「俺は獣人だとかそういうことで差別するつもりはない。そもそもお前を連れてきたのは俺だ」
「あ!」
俺の言葉を聞いて思い出したようだ。襲われて気絶したためか前後の記憶に問題があったのだろう。
「あの時剣を持った人が助けてくれたんだ! えっと……おじさんは知りませんか?」
「おじさん…………」
この年齢でおじさんと呼ばれるとは思わなかった。一応まだ二十代である。自分の年齢と見た目についてはさておこう。そのあたりは子供の感覚で決まる話だ。この子供を助けた時、介入させたのは人形だった。その人形を人間と勘違いしているのだろう。
さて、どう話すべきだろう。本当のことを話す必要はないが嘘をつく必要もない。魔法について教えてもいいのだろうか。
「あれは魔法で動かしていた人形だよ」
「え……? 魔法ですか?」
「ああ。実際に見せてみようか」
結局難しく考えず魔法について教えることにした。この子供がどれだけの知識があるかは不明だが、そこまで人間の魔法使いに関して詳しいというわけでもないだろう。
人形の体を作るためのパーツを置いてある場所に移動する。人形は普段はそれぞれのパーツで別々にしており、スペース確保のために狭い空間に置いている。獣人の子供は俺が移動すると自分はどうしたらいいかと戸惑っていたようだが、選べる選択肢も少ない。俺についてきた。
「人の形をとる命無き駒よ我に従え。"ドールオペレーション"」
人形のパーツに魔法を使い、それぞれのパーツが人型として適合する場所に配置され、いつもの姿をした人形が出来上がる。人の形をしているが、顔はなく、見かけもおおよそ木に近い。ある程度魔法を使い改変していっているがまだ途中だ。
「本当に人形だ……魔法だったんだ……」
獣人の子供はかなり驚いた様子を見せる。
「つまり、おじさんが助けてくれたんだね。ありがとうございました!」
「どういたしまして。ところで、お前はいったいどこから来たんだ? この辺りはここの村があるくらいで、他の村はない。今まで俺はこの付近で獣人を見たことはない。教えてくれないか?」
本当は知っているが、それを言うわけにもいかない。魔法で記憶を呼んだ、というのも不気味な話だからだ。だから知っていても一度聞かなければならない。
「えっと……その……」
獣人の子供は話しづらそうにしている。流石に逃げてきた、なんていうことを簡単に話すのは難しいだろう。しかし、それも少しの間だ。決心したように自分の生い立ち、ここに着た理由を話し始める。内容は記憶で呼んだものと変わりがない。生活苦で過ごすのが大変な北の国から家族で逃げてきた。そして途中で別れてしまい、ここまで来たのはいいが襲われて、その場面に俺が遭遇したという話である。
「ねえ、おじさん。僕以外の獣人は見なかった?」
「残念ながらな。大人の獣人がこちらに来たのならばもう会っていてもおかしくないはずだ。子供はお前以外は今のところ見ていない。途中で別れた、ということなら恐らくは別の方向に行った可能性が高いな。他の獣人が見つかることは期待しない方がいい」
「……そうなんだ」
かなり気落ちしている。家族がどこに行ったかわからなければそうなってもおかしくはない。もう少し優しく言えたらいいが、現実は非常だ。はっきり言っておく方が後々いいだろう。
「それで、お前はどうするつもりだ? 逃げてきたは良いが、家族とも別れ、どこか行く当てもないだろう」
この獣人の子供は現状どうしようもない状態だ。家族はいないし獣人という社会的地位の低い種族。はっきり言って詰んでいる。
「うう……」
どうしようもない。顔を下に向けて口噤んでいる。
「行く当てがない、ということならうちに住むか?」
「……え?」
獣人の子供が顔を上げてこちらを見る。この子供にとっては思ってもみない提案だろう。
「拾ったものを捨てるのもどうかと思うしな。どうせ他のところに行ってもうちよりましなところは少ないだろ?」
「…………」
悩んでいるようだ。最もこの子供にとってほとんど選択肢はないだろう。仮にここから出ていくとしてどこに行けるだろうか。
「うん、ここに残るよ。おじさんいい人みたいだから」
「そうか。なら、まずやることがあるな。自己紹介だ。俺は皆口淳也。おじさんじゃなくて淳也と呼んでくれ」
「あ……えっと、僕はエリテ・ハーメイル。エリテでいいよ、じゅんや!」
「よろしく、エリテ」
こうして初めての異世界での同居人、しかも獣人という別種族との共同生活が始まった。
基本的にエリテは家の外に出すことはない。獣人という立場である以上扱いが難しいからだ。この村でどのように獣人が扱われるかわからない以上、自分の保護下にあるとはいえ簡単に外に出すわけにはいかない。かといって全く外に出さないというわけにもいかない。そのあたり複雑だが、俺には魔法があるので難しいものではない。家から村を通さず外に移動することで問題なく移動していた。本当ならば村人に説明するべきなのだろうけど、俺の立ち位置は少々難しい。新参者の特殊な魔法使いなのだから何か言われればやりにくくなる。
エリテは身体能力はそこそこ高いようだ。これが獣人自体の持つ特性なのかは不明だが、少なくとも俺よりは高い。もともとこの世界の住人ではなく、魔法を扱う能力を得た俺は身体能力がほとんど変わっていない。それでも大人と子供だから大人の方が有利なはずだが、それでもエリテの方が身体能力が高い。その身体能力を生かすことを考え、簡単に木材で剣を作り、人形と戦わせることにした。人形操作の魔法の最大の利点は自分自身が必要な動作を知っていなくても指示した動作が可能である点だ。これに気づいたのは人形の騎士を戦わせてからだ。命令を聞いて剣を振るい闘っている姿を見て、自分が知っているような振り方とは違うな、と思ったからである。
最も、これも完ぺきではない。騎士の人形は剣を振るったり、盾を使わせたりしてその形に見合った能力は持つが、裁縫や料理をやれと命じてみてもできなかった。これは人形操作のやり方の問題か、素材の問題か。もしかしたら人形操作の魔法が最初からいくつかの動作命令が存在し、それにより騎士の動作ができるのかもしれない。そのあたりの知識はない。引き出せないのか、それとも存在しないのかわからない。結局そういった知識にない内容の検証は自分でやるしかない。あらゆる魔法を使える能力もあらゆる魔法の知識を与えてくれるわけではないようだ。
エリテを鍛え、森の見回りをし、家でゆっくりと過ごす。エリテと共に過ごすようになっておよそ二週間は穏便に行けた。しかし、三週が経った時、俺はジェレミンに呼び出さる。
「ミナグチ、呼び出しに答えてくれてありがとう」
「村の住人だ。別に当たり前の話だろう」
ジェレミンは村長であり、俺は村民である。何かあるならば呼び出しは変な話ではない。しかし、今呼び出されるような事情は、ある一つの事柄を除いてない。
「それで、俺に何の用なんだ?」
「……単刀直入に聞こう。君は一体何を家に住まわせているんだい?」
エリテの存在、それに気が付かれているようだ。流石に新参とはいえ住人に変化があればわかるのだろう。
「……何のことだ?」
「君が何かを住まわせていることを隠しているのはわかっている。君の下に確保される食材は量が増えているし、用事があって君の家に行こうとするとなぜか用事を忘れたりしてうまくいくことができない。魔法でどんなことができるかはわからないけど、君の魔法にそういうものがあるのかもしれない、と考えることくらいはできる。そんな感じで君がこそこそと何かを隠しているのはわかっているんだよ」
流石に森に向かった後についてくることはしていないようだ。もし俺の森の見回りの様子を見にきていたらエリテのことはすでに知られているだろう。
「誤魔化せないみたいだな。実は獣人を匿っている」
「……獣人か」
かなり厳しい表情をしている。やはりこういう村社会において獣人に対してのあたりは強いのかもしれない。
「ミナグチ。その獣人を追い出してほしい」
ジェレミンがエリテをいう存在に対して判断した内容は、俺にとっては看過できないような内容だった。




