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妄想設定作品集  作者: 蒼和考雪
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「すまぬ!」

「え?」


 今俺の目の前には光輝く白髪の老人がいる。その老人は一般的な老人とは違い、体つきがしっかりして老人というには少々若々しくも見えるが、その顎から伸びる髭は胸元まで伸びるくらいに長い。その姿は絵本の御伽噺や神話の挿絵で見られるような、代表的な老人の姿をした神様のように見える。

 今俺のいる世界は真っ白で物が存在しない謎の空間である。そして俺は今ここで意識が目覚める前は工事現場の高所で作業をしていた。命綱はあったのだが、古くなっていたのか理由は知らないが不幸にも落下したときに命綱が切れてそのまま落ちてしまったのである。結構な高所だったので、恐らく死んでしまったのだろう。そしてここに来た。

 しかし、それならばなぜこの老人は五体投地、いわゆる土下座をして謝っているのだろう。


「あの、何故謝っているんですか」


 まずは老人が謝っている理由を尋ねなければ話にならない。俺は老人にどうして謝っているのかを聞いた。


「あの時儂はテレビを見ていたんじゃ。そこで野球の試合をやっておってな。ちょうどその試合が儂の応援する球団と最も儂が嫌いな球団の試合だったのじゃ。その試合を儂は見ておったんじゃ。そしてあそこで相手の球団の選手が……選手が……」


 話の途中でわなわなと老人が震え始めた。何かの感情を抑え込むように耐えている。しかし、すぐに抑え込めなくなって老人は爆発したように叫ぶ。


「なんであそこでホームランを打ったんじゃあ?! ふざけておるとはおもわんか! その試合は結局そのホームランで二点を入れられ、儂の応援する球団も一点をとったが巻き返すことは出来ずに試合に負けおった! 選手が不甲斐ないのもあるかもしれんが、あそこでホームランがなければ儂の球団は負けておらん! 実にふざけているとは思わんか!!」


 老人が感情をむき出しにして俺に向かって叫び同意を求める。俺はその言葉に戸惑いや困惑が浮かんだが、軽くうんうんと頷いて同意をしたふりをする。こういう場合は無理に否定したりせずに同調したほうが感情的な行動は収まりやすい。少しの間、老人は相手の球団を貶す悪口を言っていたが、ある程度好き放題に言って満足したのか興奮は徐々に収まってきた。


「すまんのう。野球というのは魔性のスポーツじゃな。この儂の感情を昂らせ、理性を一時的に失わせるとはのう。しかし簡単に世界に浸透したスポーツを消し去るわけにもいかぬし、儂もこのスポーツが大好きじゃなからな。どうしても残さざるを得ないんじゃ」


 わかってくれ、と言わんばかりに言ってくるのだが、その表情は沈痛な表情をしておらず、少しにやけた表情だ。恐らく言っていることは本心ではないだろう。そもそも、その話は今俺がここにいる理由、老人が謝った理由とは関係がない。


「それで、何故それが俺に謝る理由になったんですか?」

「おお、おお、そうじゃった。お主に謝っている理由を説明しているところじゃったな。そうじゃのう。儂が野球の試合を見て、興奮し精神が昂ってしまった。その時持っていた……缶ビールを、ついテレビに向かって投げてしまったんじゃ。中身も大分残っておる缶ビールがテレビに直撃してテレビ画面が割れたんじゃよ。ここのテレビはお主の知っておるテレビのようなものとは違って簡単に作られたものじゃからのう。儂も神をやっておる身じゃ。力も相当に高い。その儂が全力で投げた物じゃ。むしろお主の知っておるテレビでも画面が割れるじゃろうな」


 老人の話がずれ始めた気がする。このまま話を進めているといつまでも話が終わらない。話の軌道を修正しよう。


「それで、どうしたんですか?」

「おお、そうじゃな。その時割れた画面がお主の世界に落ちたんじゃ。テレビとは言ったが、本当にテレビというわけではない。お主の世界を映し出す空間をつなげる力場なんじゃ。そこに割れた画面が落ちたことで、お主の世界に画面の破片が落ち、その破片が主の命綱を切ったんじゃ。本来お主の寿命はもっと先のはずじゃったが……」


 最後まで話を聞いて、俺は絶句した。まさかそんなふざけた理由で自分が死んでしまっていたなんて思わなかった。あの落下が命綱が切れた事故ならば多少はしかたがないとは思っただろう。しかし、目の前の老人が野球の試合で興奮して缶ビールを投げたその結果によって俺が死んだ、といわれれば正直言って『ふざけるな!』と言いたい。

 だが、相手は神である。自称かもしれないが自分で神と言っているし、先ほどの話も明らかに現実離れした話だ。おまけに今自分はこんな世界に連れてこられている。そして反省したかどうかは不明だが謝られてもいる。感情的に叫びたい気持ちはあるが、ぐっとこらえた。


「………………話は分かりました。それで、あなたは何故俺をこんな場所に連れてきたんですか?」


 この世界に今いるのは自分だけだ。死者は世界中で一秒ごとに何人、何十人、何百人と出ているだろう。ここが死者が来る場所であるならば他にも死者がいてもいいはずだ。恐らくはこの老人が、自分の行動で予定にない死者を出したからここに呼んだのではないか、というのが俺の推測だ。


「うむ。本来の死者でないお主を冥府に送っても全然かまわないのじゃが、確実に儂が関係各所から文句を言われることになるじゃろう。そして今後の野球の観戦や酒を飲むのに影響が出るに違いない。そこで、お主を異世界に送ることで対処しよう、ということになったのじゃ」

「なぜそこで異世界に送る話になるんです!?」


 あまりに突飛な話だ。そもそも自分の責任なのだから大人しく罰を受ければいいはずだ。それになぜ俺を異世界に送ることがそれらの対処になるのだろう。


「異世界に人間を送ることは世界のルールから外れるんじゃ。お主が異世界に行く存在であれば、ルールから外れた死が起きても問題はない。異世界関連の世界間のルールは多少複雑で面倒じゃが、異世界には他の世界からの住人を欲しているところもある。そういう所に援助として人を送れば多少のルール破りはできるじゃ」


 その言葉に俺は声が出なかった。こういう時になんといえばいいのか、俺の頭では思いつかない。少し内容が滅茶苦茶に過ぎると思う。


「本当にそれでいいんですか? 俺の意思は?」


 俺が尋ねるときょとんとした表情で老人がこちらを見てくる。


「なんじゃ? 異世界に行きたくはないのか? 最近の若者は異世界に行きたいという願望を持つものは多いぞ? 今なら特別サービスで特殊能力もつけてやるぞ」


 俺はそういうタイプの若者ではない……と言いたいところだったが、その手の小説や漫画、アニメなどで異世界に行きたいという願望がないとは言わない。ただ、異世界に送られるとなると色々な苦労が付きまとうものだ。例えば人種、衣食住、トイレ、娯楽、さまざまな面において今いる世界とは比べ物にならないくらい進歩していないことが多い。


「えっと、近未来的な異世界はないんですか?」

「あるが、その手の世界は異世界からの住人を欲しておらん。大体その手の世界は異世界移動技術が発達したところも多いしのう」


 実際に神様がいるくらいだ。その手の技術を実際に作り上げた世界があってもおかしくはないだろう。そしてそう言った技術があるのならばわざわざ他の世界の神から異世界の人間を送ってもらう必要はなく、自分で異世界に行って誘致すればいい。


「ふむ。少し思考を読ませてもらうぞ」

「えっ?」


 そう言って老人は俺に向け手をかざす。僅か一瞬だけだったが、それですべてが分かったように理解を示す表情をされる。


「確かに異世界に行くと生活するのは大変じゃのう。もちろん文明がこの世界のような発達をしていなければ様々な面で苦労をすることになるじゃろう。じゃが、そういう時はチートで解決すればいいんじゃ。お主は魔術や魔法に憧れがあるようじゃな。ならば、あらゆるすべての魔法を使える力を与えよう。もちろん、世界を滅ぼすような強大な魔法を連続して使っても消費しきれないくらいの魔力も与えよう。それだけの力があれば戦闘の危険もあっさり解決できるし、魔法でもともとの世界で使ってきたような技術を再現することも簡単なはずじゃ。よし、お主の能力はそれにして異世界に送ろうかのう」


 そう言ってかざしたままの手から光の玉が俺に向かって飛んでくる。ぶつかると思い、思わず目を閉じる。ぶつかった衝撃は来なかった。代わりに俺の中に何かが入ってくるような感覚があった。恐らくは老人の言っていた魔法を使える力と魔力なのだと思う。ただ、それを考える余裕はない。

 目を開けると周囲にいくつもの魔方陣が見えた。その魔方陣がどういう意味を持っているのか俺にはわかってしまう。それは異世界転移、異世界移動の魔方陣だ。そしてあらゆる魔法を使えるとか言いながら、その魔方陣や魔法の使用はできないと俺に植え付けられた知識が言っている。恐らくは異世界移動をさせる気がないということなのだろう。確かに異世界にわざわざ送ったのに別の世界にすぐに移動されては困る話だ。だからといってすべての魔法を使える力という前提を最初から覆しているのはどうなのだろうと思った。ただ、その思考の最中におれは異世界転移の力を受け、この世界から消滅、同時に意識も一時的に失ってしまった。








「行きおったな……」


 異世界転移の魔方陣の力で異世界に送られた男の姿を見届け老人は呟く。そして、そのつぶやきの後老人の身体、中心から真っ直ぐ一つの線が走る。その線で老人の体が二つに分かれ、その中から一人の男性の姿が現れた。


「はー、多くの人間が抱く神様像ってのも疲れるもんだ。しかも異世界に送る理由もひどい。今時あんな理由で事故る神様なんていてたまるかって話だ」


 男性から離れた老人の体はばらばらに崩れ光となって消えていく。大きく疲れた息を吐いた男性は今まで老人の姿をしていた自分が言った内容に駄目出しをする。すべてはこの男性の考えたことであるため、つまりは自分の考えたすべてが悪いと言っているのに等しいのだが。


「ま、荒唐無稽の方が色々気にしなくてもいいだろう。そういう理由なら力を与える理由づけも楽だし。まさか力を与える理由が俺が異世界で色々なことをしている姿を観察して楽しみたいから、なんて言えないもんなあ。事故死は実際に事故死だったけどさあ。」


 先ほどの老人で言っていた内容と今の内容でどちらの方が酷いだろうか。


「さて、賽は投げられた。これからどういう行動をとるのか見させてもらうぞ」


 男性が手を上げると男性の周りの空間に無数の半透明のモニターが浮かぶ。そのモニターには先ほど送られた男や、それ以外の無数の男性や女性、そしてその人物たちが送られた異世界の景色があった。

 この男の名前は『伊達と酔狂の神』、異世界に多くの人間を送り、彼らの行動、生活を観察して楽しんでいる神である。その神に送られた今回の男は一体どのような異世界生活を送ることになるのだろうか。

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