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翌日、竜が王都へと向かってくるのが見える。あの様子だと、俺たちが竜と戦った場所から真っ直ぐ来ているようだ。竜の向かう先、竜の足元には土の上に黒い粉が広く盛られている。これは火薬の類だが、同時にここに竜が入り切った時点で攻撃を仕掛ける、ということを示すものでもある。この辺りは事前に集められた時点で集まった各冒険者に連絡されている。
冒険者はそれぞれ周囲の隠れられるところに隠れて攻撃のタイミングを待っている。殆どの場合、冒険者同士で息の合った攻撃は、いつも一緒にいるチームの仲間でないと難しい。なので、それぞれで別れて待機している。だいたいの冒険者は、魔術師とその護衛役の前衛という形になる。アルツのような、あの巨大な相手に直接戦闘を仕掛けられるような前衛は相当に珍しいのでしかたがないが。
俺の護衛役のような位置づけにいるアルツは朝から始終無言だ。難しい顔をしているが、昨夜話したことをまだ考えているのかもしれない。寝ていない、ということではないようだが。最も寝ていなくても、数日は平気らしいのでそこまで気にすることもないけど。
空に、頭上、直上に太陽が昇る。食事は朝に取ったきりだから少しお腹がすくくらいの時間、お昼、いわゆる正午の時間。竜が歩を進め、黒い粉、火薬の上へと歩を進める。周囲の冒険者たちが緊張し始めた空気を感じる。雰囲気的なものだが、なんとなくわかる。攻撃のタイミングをしくじらないよう、最良のタイミングで攻撃できるよう、絶妙な、最良なタイミングを狙っている。
「"炎よ爆炎となりて破壊の力を内包する炎塊となれ"」
攻撃タイミングは自分でやるよりも他人の攻撃に合わせたほうがいい。火薬への着火は誰かがやってくれるはずだ。俺は自分の魔術で直接爆発を叩きこむことにする。呪文で発動できる待機状態にし、待つ。
竜が完全に黒い粉の上に載った時、周囲の隠れた冒険者の炎の魔術が飛来してきた。同時に無数の炎の魔術が同じように飛んできて火薬に火をつけ爆発させることを狙っている。
「"爆裂撃砲"」
タイミング的には爆発に一歩遅れる感じだが、悪くはない。爆発の中を飛んでいき、爆発に紛れて竜に着弾するだろう。火薬の爆発、炎の魔術による攻撃、および爆発、それらは相当な威力の攻撃になるだろう。ただ、その程度では竜を倒すのは無理だろう。アルツの攻撃が通用しなかった相手なのだから。
「っ!」
火薬に火が付き、爆発炎上する。火をつけるだけで爆発するかは知らないが、どういうものなのだろう。その爆発の中、俺の放った炎の魔術も横っ腹にぶつかり爆発する。最も、見た限りどちらの爆発もやはりダメージを与えるには至っていない。
しかし、爆発に面食らったのか、竜は動きを止めて周囲を見回す。爆発を引き起こした原因の存在を探っているのだろうか。そのあたり竜の行動の目的は不明だが、竜が動きを止めたことを好機と思ったか、各場所に潜んでいる魔術師がそれぞれ魔術を使用して攻撃する。炎の大玉、氷の槍、風の刃、他にも雷を落としたり、岩石を生み出して撃ちだしているのも見える。全く効いている様子は見えないが、多くの見たことないような魔術のオンパレードだ。中には隠れている所から出て自分の姿を見せている魔術師もいるくらいだ。護衛役が困っているのが見える。
「って、馬鹿じゃないかあれ!?」
姿を見せなくとも、攻撃し続けていればいずれは攻撃場所を見つけられ、例の黒い炎を吐いてくるだろう。しかし、実際に目の前に出てくれば攻撃場所を見つけるまでもなく、攻撃対象がわかる。すぐに攻撃が来るだろう。実際、その姿を見つけた竜が口を開け、炎を溜めて狙っている。
「"風よ盾となり敵の魔の手から彼のものを守れ"!」
攻撃されようとしている魔術師たちと竜との間に風の壁を作る。もし魔術師に向けて放たれれば、その魔術師の出てきた後ろの隠れる場所も炎の影響を受けるだろう。そうなれば、他に隠れている冒険者の犠牲もでる。
竜が炎を吐く。風の盾が辛うじて防いでいるが、攻撃されたことでわたわたして魔術師たちが逃げるのが遅れている。あの風の盾がどの程度持つかは不明だが、早く姿を隠してほしい。
「"風の矢よ横から叩きつけろ"!」
竜が炎を吐いている顔の横に風の塊を生み出して横顔にたたきつける。ダメージはなくとも、攻撃の感触はわかったのだろう。炎を吐くのをやめ、横を向く。
「はあ……なんとか逃げたか」
魔術師たちは後ろの隠れていた場所に戻って身を画したようで、姿は見えなくなった。しかし、これから先どうするか。攻撃が全く効いていないからか、魔術攻撃も止んでいる。このままでは何の効果もなく、竜が王都へと向かうのを見届けることになる。
「どの程度持つかはわからないが、足止めだけでもしておくか…………?」
魔力の消費量は半分以上使うが、並の人間ならば丸一日は足止めできるくらいの強固な束縛の魔術、術式そのものは何度も構築して組み立てだけはできるようにしてあるが、実際に使用したことはない。あくまで効果は自分の力量からの推察だ。人にはそれくらいの束縛ができるとしても、あの竜にどの程度通用するかはわからない。
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられる。
「ハルト」
「……アルツ。考え事は終わったのか?」
アルツだ。何か、意思のこもった視線を感じる。前に進む、何かをやろうとするような感触を受ける。
「ああ。あいつを……俺はあいつを倒す。手伝ってくれ」
「別にいいが、どうすればいい?」
覚悟は決まったようで、アルツはまた竜に挑むつもりだろう。以前のように体を登っていくのかとも思ったが、手伝ってくれと言われるのでとりあえず内容を聞いてみる。
「前に、ハルトが竜に誘いをかけた時のように、顔の正面に立てるようにしてほしい」
「つまり、あの柱を竜の顔に届くくらいに立てればいい、ってことか?」
「ああ。頼む」
何をする気か知らないが……この言い方的には真っ向勝負を挑むつもりかな。まあ、内容は別にいい。ここでアルツが駄目なら本当にだめだと思うしかない。少なくとも、俺には足止めくらいはできてもあいつを倒せる手段はない。
「"土よ無数の柱となりて、導く小さな台地となれ"」
横に人が足をかけられるような棘の生えた柱が数十生える。高さもまちまちだが、いくつかは竜の顔の高さまで届く。そこまで半ば階段状に上っていけるように配置している形だ。
「ありがとう、行ってくる」
そばにいたアルツの姿が消える。テンカウントを使用して駆けて行ったようだ。俺の作った柱を高速で登っている姿が見える。竜がその動きを捉えているのが見える。あのままでは攻撃が来るだろう。
「はあ、全く、うちの一番強いやつの行動の邪魔をするなよな……"風よ、水よ、土よ、火よ、空間を、周りに存在する水を、踏みしめている大地を、その体を動かす熱を、停め、凍て包み、沈み押さえ、熱を奪い、その全ての行動を阻害し邪魔して黙らせろ"」
主に使う、火水風土の四属性をふんだんに使った、普段少ない字で構成する魔術陣も日本語を盛大に使い、数十字の文章にした魔術を使う。本来この世界の魔術はこれくらい字を使うのが普通だが、漢字を含む前世の文字を使えばこれくらいでも同じくらい字数を使う者の数倍以上の威力を叩き出せる。
竜が完全に動きを止める。それでも、まだ動こうともがいているのが分かる。ぎしぎしと、拘束されているのに動こうとしていることでかけた束縛がきしんでいるのが感じ取れる。この辺りは俺の魔術と力比べだ。魔力そのものでの維持できる限度は決まっているが、あとは意思による魔術の維持がどの程度できるかだ。
「アルツが決めるまでは持ってほしい所だな」
柱を見る。その最上段に、アルツが立っていた。
ハルトはあっさりと俺の話を聞いて、竜に届く柱を作ってくれた。一度、俺は竜に負けているのに、信じてくれているのは嬉しく感じられる。
昨日の夜、奥義について、最強について話してからずっと考えていた。でも、やっぱり俺にはどうすればいいか、最強の一撃をどう作ればいいのかわからなかった。結局、今日も竜を前に悩んでいた。
竜を見ているうちに、天剣を竜にはなったことを思い出す。そして、天剣のことについて考えた。そもそも、あの技……いや、あの一撃はなんだったか、と頭をよぎった。天剣は、構えをとって放つ技のように見える、その実ただの強いだけの一撃でしかない。あれが天剣として、明確な技になるのは放ったのが神という存在だったからだ。俺のあの技はそれをまねたものでしかない。
そう、あれは技ではない。神の放った、ただ強力なだけの一撃でしかない。そもそも、神儀一刀の類ではないはずだ。だけど、俺の使った技は神儀一刀の類に含むような形態になっている。なんで、俺はあの技を使えたのか。
深く考えて、わからなくなって、考えることを放棄した。その時、ハルトの言葉を思い出した。難しく考えるなって言ってたことを。
天剣は、神の放った強力な一撃だ。それが奥義の手前の技になる。もし、奥義がその先にあるのならば、天剣以上に強力な一撃を撃てばいい、ということになる。そう、ハルトの言っていた、一番の一撃。それが最強の一撃だ。どうやって放てばいいか、そう考えようとしたが、そこでもハルトの難しく考えるな、という言葉を思い出して難しく考えないことにした。ただ、振るうままに、最強を、最も強い、強さをのせてふるう。
竜が目の前にいる。竜の顔の高さまで延ばされた土の柱を登ってきた。途中で竜に動きがなくなった。なんとなくだが、ハルトが何かをしたのだろう。余計な邪魔はこれでない。
剣を構える。振るうのは、最強の一撃。
「神儀一刀、奥義」
剣を、振るう。何も考えず、ただ全ての強さをのせて。
「神降り」
竜を切り裂く。
目の前の竜が、アルツの振るった剣を受けて、真っ二つに切り裂かれた。出鱈目にもほどがある。アルツのいる場所と竜のいる場所には距離があるのに、距離なんて関係がないと言わんがごとく、真っ二つになった。最も、綺麗に真っ二つとはいかず、半ばまでで真っ二つだが。
「しかし、届いたって感じか?」
アルツの言っていた奥義、それに届いたのだろうか。後で話を聞こう。
「……っ! あれか!?」
真っ二つになった竜の中、心臓があると思わしき場所に、黒い塊、邪神の言っていたものが存在していた。