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ハルトの魔術を斬って地面に着地した。ハルトには悪いがあいつは倒さなければならない。別にギルドから頼まれたとか、あの巨大な竜を放置していなければならないとかそういうまともな理由じゃない。これは俺の私怨だ。
夢の中、といってもあの夢の現実感は普通の夢とは全く違う。俺はあの竜に何度も殺され師匠もあの竜にその時の場合によっては夢の中であるとはいえ死に追いやられた。あの悔しさは今も忘れられない。夢だと分かっている。わかっているはずなのに、あの夢を夢だと思うことは出来なかった。
ハルトが言うには予知夢かなにかで未来のことじゃないかと言っていたが、俺としてはあれを未来のことだとは全く思えなかった。言ってもわかっては貰えないだろうけど、俺があの夢に感じたのは、あの夢が未来ではなくて過去にあったことじゃないか、ってことだ。そんなことはありえない。本当に過去にあったのなら師匠はすでに竜に殺されているし俺も死んでいる。それはあり得ない。だから言わなかった。ハルトなら色々と考えてはくれそうだけどな。
テンカウントを使いながら竜に近づく。竜は一歩一歩王都の方へと向かって歩いている。恐らくだがこいつは何かあっても途中で行き先を変えたりしない。なんとなくそんな感じがする。
「神儀一刀、鬼神一閃!」
鬼振りに速度を合わせた一撃、以前に出会った竜の翼を斬り飛ばした技で斬りつけたが、傷を残すことは出来てもたいしたダメージじゃない。攻撃に反応してこちらを攻撃しようとしたようだが大振りの体の動きにテンカウントを使っている俺が当たることはない。
こいつは師匠の奥義ですら駄目だった相手だ。多少改良して威力を上げたとはいえ、普通の技では通用しない。たとえ通用しても足を攻撃したところで大した意味はない。
体をかけ登る。巨大さゆえに鱗のデコボコなどの体の様々な部分に足をかけるところがあって登りやすい。このくらいは俺たち、神儀一刀の人間ならばできて当たり前のことだ。高い所から落ちても平気だし、身体能力は異常なほど発達しているとハルトは言っていたが。これくらいできないとやっていけないのが俺たちだ。直撃でないとはいえ、技を受けて覚えるのだからある程度耐久力がないとやっていけない。
足を登り腰の部分を超え背中に上る。途中で腕や尻尾が俺のいた所を攻撃しているようだったがすでに登り切っているので意味はない。これで自分にダメージを与えてくれれば少しは楽になるがそんな楽な話はない。自分の攻撃で自分の体に対するダメージはないようだ。背中に上った後も翼で攻撃し、風を起こして俺をはたき落としたいようだがこれくらいは耐えられる。しかし、テンカウントを使いながら登っている俺の位置をしっかり把握できるあたり、速度に対応できなくとも感覚的に追うことは出来るのか。翼の動きは以前見た竜の物とは少し違う。翼の根元が変になっているせいだと思うが、竜については詳しく知らないしどうでもいいことだ。攻撃が当たらないのであればそれでいい。
例の構えをとって攻撃をしかける。改良した技でも師匠の奥義でもダメならば、俺にはこれしか効果のありそうな技はわからない。
「天剣!」
他人の技に頼らなくちゃならないというのが少し嫌だが俺の出せる一番の技はこれだ。首を狙った強力な剣戟、それは竜の体に大きな傷を与えた。だがそれだけだ。俺はこの技で竜の首を斬り飛ばするつもりだった。これでも届かないということはもはや俺にはこの竜を倒す手段がない。
ハルトすら置いて勝手に行動したのに全く意味がない、通用しないということが分かっただけだ。どうしよう、俺がそう思っていると目の前に竜の顔があった。
「っ!?」
目の前の竜の口が開き、中に黒い炎が作られるのが見える。咄嗟に竜の体の上を駆け、避ける。無意識とはいえテンカウントが間に合ったのでギリギリ回避できた。あの炎は浴びたら終わりだ。師匠のように、受けた部分を斬り飛ばせば助かるかもしれないが、結局死ぬのを先延ばしにするだけでしかないだろう。
竜の攻撃が俺を追っているのが分かる。背中側には抜けられない。反対側に、前に出るしかない。咄嗟のことでまともに判断できなかった。体の前方ではなく、腕の方に逃げればよかった。空中ではテンカウントを使えない。一歩踏みしめられなければテンカウントには入れない。前に逃げたことで、空中を落下し、その時にテンカウントから脱した。それは、落ちる間なにもできなくなることを意味している。
「くそっ!」
目の前に、頭上に竜の顔が見える。こちらを向き、口に黒い炎を生み出し、こちらへと吐き出そうとしている。俺の剣の技で黒い炎を斬ることは出来るだろう。だが、それは結局師匠と同じ道をたどることになる。どうしようもない、回避できない。
死を、黒い炎を浴びることを覚悟していた時、横から何かに吹き飛ばされた。そして俺がいた場所を黒い炎が過ぎ去っていった。
「うわあっ!?」
何が起きたかわからなかったが、黒い炎の直撃は回避できたようだ。ただ、そのまま吹き飛ばされて地面に落ちている。落ちても耐えられるが……さすがに空中でくるくる回りながら落ちたら死ななくても結構危ない。だけどどうしようもなかった。そのまま俺は地面に激突した。
竜のそばまで来たはいいが、アルツが竜の体を駆けまわっている。相変わらずおかしい身体能力をしていると思わざるを得ない。空中に浮かんでいると竜の的になりかねないので地面に降りているが、やはり見上げなければ全体が見えないくらいに巨大だ。
「やっぱりあの討伐した竜か?」
翼の根元は明らかに接合跡のようなものが見える。あの竜はアルツが翼を斬り飛ばしていたからそのような痕があってもおかしくはないだろう。ただ、首のところの痕は見えなかったが。
「今のは……」
背中に上ったアルツの攻撃が見える。あれは以前神から学んだ技の天剣、アルツの攻撃の中で一番の威力を持つ技だろう。
「……効いてない」
結構大きな傷を与えることは出来ていたが、それだけだ。もし、まともに竜を倒そうと思うならばあの技を何度振るえばいいだろうか。首を斬り飛ばすのにも、同じところに何度も技を叩きこまなければならない。アルツの能力があっても流石に難しいはずだ。
「っ!」
竜の首が後ろ、背中に乗っているアルツの方を見ている。アルツは天剣を放った後、どういうわけか硬直していた。それを狙って竜が炎を吐き出す。前に話を聞いた夢にでた竜、その竜が放つ黒い炎。当たるとやばいらしいが、具体的にどうやばいかは不明だ。竜の体には通用していないようだが。まあ、この手にはよくある自分の毒では死なないというやつなんだろうか。
「って! そっち行ったらだめじゃないか!?」
アルツは竜の前へと逃げる。行先は空中だ。流石に体を落下するように駆けおりるのはできていない。いや、あのタイミング的に咄嗟の反応だったからだろう。最適解を出すことができなかったということだ。竜がアルツの動きを追って首を動かし、アルツに向けて口を開く。
「あれはやばい! アルツは空中で避けることは無理、どうする!?」
どうすると言っても、アルツを無理やり空中から動かす、吹き飛ばすしかない。
「"彼の者を風の塊で吹き飛ばせ"!」
風の矢、アルツを吹き飛ばす威力を持つ風で吹き飛ばす。咄嗟だったから加減は出来ていないが、少なくとも明確な殺傷能力を持たせるものではなく大きい風程度のものでしかない。あまり威力が無かったら炎の範囲からは吹き飛ばせていなかったかもしれない。アルツのいたところを黒い炎が過ぎ去る。吹き飛んだアルツの姿を竜は追っていない。アルツの姿が見えなかったか……恐らくは黒い炎に隠れて見えなかったという所だろうか。
「って、そんなことを考えている場合じゃない!」
吹き飛んだアルツを追わなければ。竜に見つからないように竜の後ろを移動しながら、アルツの落下地点に向かう。流石にあの高さからきりもみ回転しながらの落下だから無事ではないかもしれない。死んではいない……よな?
落下地点に向かう。アルツが倒れているが、意識はあるようだ。
「アルツ、大丈夫か!?」
「……ハルト。ああ、大丈夫……かな?」
よろっとしながらもなんとか立ち上がる。だが、少々ふらふらしている。地面に落ちた時のダメージは結構大きいようだ。
「大丈夫じゃないな。ほら、手くらい貸すぞ」
「……悪い」
手を伸ばし、俺の手を取ろうとしたところでアルツがばたりと倒れる。
「……大丈夫か?」
返事はない。外傷は殆ど無いようだが、落ちた時の衝撃によるダメージは大きいようだ。担いでいくしかないな。そろそろ暗くなる。報告もあるし、いったん戻ろう。
アルツを担いで竜から離れる。移動途中に夕方になったが、竜の動きが止まる。暗くなったら移動しなくなるのかもしれないがそのあたりはちょっとわからないな。一応報告はすることにしよう。現状判明しているのは、黒い炎を放つこと、竜の大きさ、二足歩行、空を飛ばない可能性が高い、恐らく人造。だいたいこのあたりだろうか。あとはアルツの攻撃がほぼ通用しない、ということくらいだが、それを教えて何が分かるって話か。