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父さんに例の竜の討伐、およびその竜の遺骸の運搬先について話す。流石にその竜をその貴族がどうにかした、とかそういう話は荒唐無稽過ぎる話になるが、あくまで予測、推測、の類であるという前提でその内容を話した。父さんは神妙に話を聞いていたが、その内容をそのまま信用しているわけではないものの、とりあえず先の咆哮の原因として国王の方に連絡してみる、ということになった。
こういう場合の連絡先は基本的に母さんの実家である。武威の貴族はどうしても王家など国の中心、政治に関わることは少ない。大体武威の貴族がかかわるのは同じ武威の貴族、特に領地が隣り合っている相手がほとんどだ。しかし、それではいろいろと問題がある。そのため、多くの場合武威の貴族との婚姻は文政の貴族が相手になる。文政の貴族は領地を持たないきぞくであり、領地を持っている武威の貴族とつながりができるのは悪いことではない。
父さんの連絡相手は母さんの実家になるわけだが、俺の場合はフィンドルさんになるのだろう。まだ俺自身がそういう繋がりでやり取りをすることがないのでわからないのだが。家に戻ったら、そのあたりも学ぶことになる。ちなみに他の文政の貴族がかかわらないというわけではない。最初の相手、もしくは中心人物、連絡の橋渡し、まとめ役などの重要なポジションを担うというだけで、他の貴族とも連絡を取る。そのあたりは文政の貴族の派閥やネットワークによるものがあるようだが、俺や父さんはそのあたりにはかかわらない。
そうして国王側から連絡が来るのを待っていると、国側ではない別のところからの客が来た。
「すみません、ギルドからの使いですが……」
「はい、なんでしょう?」
「ハルトさん、アルツさんの二人は今いらっしゃいますでしょうか」
「……少しお待ちください」
玄関でそんなふうにやり取りがあり、メイドがこちらに連絡してきた。
「……十中八九今回の事かな」
「だろうな。さすがに国も関与しているだろう。俺に連絡が来ないのは残念だが……」
父さんは元冒険者で、今は冒険者をやめている。領主になる時点で冒険者をやめるのはしかたない。というか、おとなしくしていろ現領主。
「大人しくしていてほしいんだけど」
「わかってる。領主だから行きたくても控えなきゃならないのはな」
「ならいいけど。俺はアルツと一緒に話を聞いてくる」
「……気を付けろよ。他の仲間が呼ばれていないなら、ランクの制限があるってことだろう」
俺とアルツのランクは他のメンバーより一つだけだが高い。緑の手前、黄のランクだ。赤以下はお呼びでないということであり、それはつまりそれだけ危険が存在するってことでもある。
アルツを連れ出し、ギルドの使いに話を聞く。緊急の用件でギルドへと来てほしい、ということである。呼び出しに応じてギルドへ行き、話を聞く。要約すると、今回の事件の元凶が判明し、それの様子を確認するために俺たちを行かせたい、ということであるらしい。以前の緊急依頼に即時対応したことが影響しているようで、一応先に送った国王の兵士から情報を得ているものの、元凶に接触した結果壊滅気味なうえに混乱もひどく、はっきりと情報を得ることができていない。ただ、わかっているのは巨大な竜である、ということだけだ。
さらに言えば、俺たちのチームによる竜の討伐の実績もあり、出現タイミングからしてもその討伐した竜が関係している可能性もある、ということだ。責任をとる、というわけではないが、俺たちであれば多少竜についての経験と知識が新しいという考えもあるのだろう。
そういうことなので、空を飛んで竜の下へと急いでいる。
「しかし、また竜か」
「……………………」
アルツは無言で何か考えているようだ。やはり、竜ということに引っかかりがあるのだろうか。
「アルツ、どうした?」
「…………………………」
じっと向かう先を見つめている。今、空を飛んで目的地まで向かっているのだが、結構時間がかかる。遠い。一応空を飛ぶの地面を走るよりも速いが、速度だけで言えばそこまで極端に速いわけではない。それに、あまり空を飛んでいると風圧などもあってこっちもつらいので、折を見て休んでいる。そんな時もアルツは無言でじっと遠くを見つめている。
「……アルツ、やっぱり例の夢のことを考えているのか?」
「っ!」
夢について指摘をすると反応する。やはり、竜ということで例の夢の竜と関連付けているのか。
「…………わからない。だが、なんとなく嫌な予感というか、嫌な気配というか、そういうものは感じてる」
「そうか……」
アルツの勘や感はいい。あてにはなるのだが、その内容が分からないことも多くて微妙なところはあるが、その良し悪しはわかる。
「もし、例の夢の竜だったらどうする?」
「……………………」
また無言に戻る。仮に例の夢の竜であったとしても、俺たちのやることは変わらない。現状、俺たちは偵察だ。偵察のすることは相手に戦いを挑むことではなく、様子や行動、場合によっては能力のチェックもするだろう。ただ、戦闘することはメインではない。最も、二人で竜と戦闘するのはかなり無謀なんだが。
「っ!」
「ん? あ、見えてきたか!」
アルツが最初に反応する。目の良さもアルツの方がいいようで、こっちよりも遠くにあるものを発見するのが速い。アルツが反応してから少し言った先でようやくこちらも相手を確認できた。
「滅茶苦茶でかいんだが……」
遠目でも明らかに大きいことが確認できる。俺たちが倒した竜の何倍……十倍以上はあるんじゃないかと思うくらいの大きさである。正直言って、倒した竜が関係あるかと思ったが関係ないかもしれない。明らかに大きすぎる。
だが、そうなるとあの竜は元々どこにいたのか。いや、どう考えても自然発生したものではない。見た目きちんと竜に見えるが色々なところに変化している所や改造痕が見える。明らかに人造だ。どうやって作ったのかは不明だが、キメラの部類だろう。人の手が入っている、ということは伝えなければならない。やはり例の竜の遺骸を運んだ相手か。でも竜の大きさが違いすぎるのはどう説明すればいいのだろう。
そんなふうに色々と考えながら近づいていると、アルツが突然剣を抜く。
「アルツ?」
「悪い、先に行く!」
先に行くと言っても、今は魔術で空を飛んでいる状態なのでどうしようもないはずだが。
「神儀一刀、包み破り」
アルツが剣をバツ字に振ると、魔術が破壊された。もちろんそんなことをすれば魔術で空を飛んでいるアルツは重力に従って地面に墜落するわけだが。
「アルツー!?」
思わず叫んで下に落ちていったアルツを見る。落下しているアルツに再度魔術をかけるのは難しい。そもそも術を制御しているところにいきなり別の魔術を使用するのは難易度がとても高い。咄嗟に行動をとることができず、地面にアルツが落ちる。明らかに鈍い、地面を破壊する音が聞こえた。ただし、アルツはまったくの無事である。地面に穴を飽けるような着地をして、そのまま地面を走っていった。
「……はあっ!?」
正直言わせてもらうと、混乱している。この高さから落ちて、地面に着地できるなんて常識的に考えておかしい。いくら神儀一刀の技を使えるからと言って、身体能力まで異常なのはどう考えても変だ!
でも、今までの行動からそれくらいの身体能力を持っているのはわからないでもないが、だからといって無事なのはやはり納得がいかないのだが。いや、今はそんなことを言っている場合ではない。アルツが竜へと向かっていった。明らかにそれは問題だ。このままアルツは竜に挑むつもりだろう。勝ち目がある、とか、闘いたいとかそういう理由ではないと思うが。
「全く、こっちも急がないとだめか!」
アルツを止めなければならない。アルツの分の魔術の制御がなくなった分、今制御している自分の魔術の制御だけでいいのはある意味楽だが、とりあえずその制御に全力を費やしてアルツを追いかけることにした。