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「お、この作品小説になってたのか」
昔ネット上で見た漫画作品が小説になっていた。悪の組織の怪人の話だ。
今の世の中では実際に悪の組織が存在し、その相手と戦っている正義の味方がいるため、そういった内容の作品は規制されている。
政府は今は正義の味方が議員をやっているのだ。そうでもしないと悪の組織が総理大臣をさらっていうこと聞かせる形になるからである。
ならばすべての市長なんかのお偉いさんを正義の味方がやればいいのでは、というやつもいるかもしれないが、そうするとこっちとしても容赦できなくなる。
つまりあまりやりすぎると徹底抗戦の形になっちゃうので緩い部分を作って犠牲を少なくする方向性で動いている。
「同人はいいんだけど商業はもうみかけないんだよな、こういうの」
これらはフィクションなのだが、そういったものに影響されて悪の組織に感化する存在も出てくる。だがこういった規制は普通の商業ルートのみで同人までは禁止していない。
あまりに禁止しすぎると別の反動が出てくるからだ。なんだかんだでそういう題材の需要もあるのだから。
ちなみにこういった表現の規制に文句を言う団体がいたのだが、悪の組織が干渉して悲惨なことになったせいでそっち系の内容の規制には文句を言わなくなったらしい。
「これとこれを買って…あとこれも。最近コミックは読まなくなったなぁ」
一通り欲しいものを買って店を出る。こつん、と靴に何かが当たる。
「ん…? スマホ……?」
誰かのスマホが落ちている。珍しいタイプだ。珍しいというか、市販されているものじゃない。
というかこの手のスマホをどっかで見た。
「んー……この雰囲気、よくないな」
そう思って拾ったスマホをどうしようかと思っているとヴーヴーと鳴り出した。マナーモードらしい。
画面を見ると公衆電話からの着信らしい。もしかしたら落とし主からのだろうか。
「どうしよう」
交番に届けてもいいのだが、連絡が来たのに出ないで交番に届けるというのも奇妙だ。
というか悪の組織の一員が交番に届けるとか何かおかしい気がしないでもない。
大人しくでることにする。
「もしもし」
『もしもし。すみません、今電話しているのは私のスマートフォンなのですが、もしかして拾ってくださった方ですか?』
「そうだけど」
『拾ってくれてありがとうございます。失礼ですが、今どちらにいらっしゃいますか? 取りに向かいたいのですが…』
「ちょっとまって……近くが駅前だからそこに来てくれればいいよ。買った本を隣においてベンチに座ってるから」
『はい、わかりました。すぐにそちらに向かいます』
がちゃん、と通話が切れる。今時礼儀正しいというか、堅苦しいというか。
「ま、どうせ暇だし今買った本でも読んで待ってるか」
それにしても、何か忘れている。いや、忘れているというよりは思い出せていない。
「何だったかなぁ……」
「まさかあなたが拾い主とは思いませんでした」
「ああ、こっちもまさかスマホを落としてたのがお前さんだとは思わなかったよ」
何を忘れているのかは理解した。ああ、そうだこのタイプのスマホは正義の味方の施設で見たんだけっけなー!
「とりあえず、ほれ。もう落とすなよ」
「あ、はい……」
大人しく受け取った。特に何かするわけでもない。のんびり本を読ませてもらおう。
そう思っているとなぜかおずおずと隣に間をあけて座ってきた。
「……なんか用?」
「いえ、別に」
要がないのに隣に座れても迷惑なのだが。
「……なぜここに」
「さっきスマホ渡したじゃん?」
「いえ、そうでなくて……あなたは悪の組織の怪人でしょう?」
「うちの組織は週に一度、土日のどっちか休めるから。今日は休日だよ」
「きゅ、休日?」
意味が分からないという顔をしている。別に仕事だし、会社みたいなもんだから休みくらいある。
週に1回休日があり、一月の給料はだいたい百三十万ほど。まあ、死亡の危険があるんだから百万越えでもあれだが。
まあ、完全なブラックというわけじゃないのは一応救いかな。
「休日ですか……悪の組織にも休日はあるんですね」
「そりゃあるよ。正義の味方にはないの?」
「怪人がでなければその日が休日です。私は平日学校ですけど」
「あー。魔法少女は基本的に学生だもんな」
土日は休みだろうが、正義の味方をやってると休日返上になるんだろう。
「……なぜ私はここであなたと語らってるんでしょうね」
「知らんよ。というかそっちが座ってきたんだろ」
「そうですけど……いえ、そうでなくて」
よくわからん。何が言いたいのか、もうちょっとはっきりしてほしい。
「私たちは敵同士ですよね。なのに争うでもなくここで語り合えている」
「そんなもんだろ。どっちだって基本的に人間だし。悪の組織としての活動さえしてなければまだ普通に話せるやつだよ、もともと」
「そうなんですか? 私を捕まえたそちらの怪人はどう考えても話し合いできる存在ではありませんでしたけど」
「悪の組織に自分から入った屑野郎だから、まあ。職業怪人なら仕事してないときは普通に話せるぞ、多分」
「しょくぎょうかいじん……」
頭を抱えている。正義の味方にはあくまで仕事で正義の味方をしているやつはいないのだろうか。
まあ、うちでも職業怪人は俺を含めて片手で数えられる数しかいないが。大抵は自分から悪の道に落ちた屑ばっかだ。
昔はまだ職業怪人だったやつもいたのだが、そのうち本当に悪党になってるんだよな。やっぱ感化されやすいのかね。
「あなたたちはいったい何なんですか…?」
「何、とは?」
「どうして怪人なんて、悪の組織なんてやってるんですか…?」
悪の組織をやっている理由……まあ、組織のほうは首領が作ったからそっちに聞くしかない。
俺が怪人をやってる理由は単純で仕事だからである。
「それは……」
音がする。何かが落ちてくる音だ。怪人の身体能力ゆえに微かに聞こえる程度だが、聞こえた。
勘だ。感でもあるが、結局は第六感だよりだ。嫌な予感とは往々に当たる。空を見上げる。目を凝らしてようやく見える黒点。
そしてそれの黒点よりも大きい、どんどん大きくなる黒点がある。あれはこちらに落ちてきている。
違う。落ちてきているのではない。こちらに加速しながら向かってきているのだ。
「悪い、掴むぞ」
「えっ!?」
服の首元をつかむ。服が伸びるかもしれないが危険から助けるのだ。物への被害はあきらめてほしい。
とん、とベンチを蹴って駅前から跳ぶ。その数秒後。
爆弾が落ちたような轟音とともに、駅前が破壊された。
「っ!?」
「ちっ!!」
その破壊の衝撃はすさまじく、破壊された建物や地面の破片が周囲に吹き荒れる。
空間をずらし、その被害から逃れる。掴んでる魔法少女も能力の影響下に置かれ、破壊の嵐から逃れている。
破壊を巻き起こしたそれは異質な人の姿をしている。怪人、それも肉体強化に重点を置かれたタイプだ。
「おい、仕事だからとっとと変身してこい」
「え? あなたはどうするんですか?」
「うちは一般人の殺戮禁止の方針なんだ」
そもそもこれほどの大破壊となると協定破りだ。悪の組織にもルール、守るべき一線がある。
たまにそれを破る輩がいるのが問題だ。
「もともとお前らの仕事だけど、お前らが来るまでは抑えてといてやるよ」
「……すみません」
そう言って離れていく。魔法少女は変身する場合人に見られないようにしてやる必要がある。
以前変身する前に見つけて変身するまでずっと追っかけてたら泣かれた。首領にも叱られたので魔法少女の不文律とやを守らされている。
さて、とりあえず……今まさに逃げ遅れた市民を襲おうとしているクソ怪人を叩くとするか。