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「っ!?」
唐突に咆哮が響き渡る。とんでもない力が籠った、恐慌を引き起こす恐ろしいまでの咆哮。その影響を受け、この場にいた貴族のほとんどがパニックになったり、恐怖で混乱したり、気絶したりしている。
「ハルト様! ハルト様! ハルト様ー!!」
泣きじゃくりながら側にいたリフィが抱き着いてきている。少し大変な状態なので落ち着かせるために頭をなでる。子ども扱いのようなものだが、精神を落ち着けるのにはいい。すぐにリフィが落ちついて、こちらをつかむ力が弱まる。
「リフィ、大丈夫か」
「……はい」
このままリフィに構っていたいところだが、父さんたちの様子を確認しないと。父さんを見ると、俺と同じように母さんの対応を行っている。母さんは気絶しているようだ。フェリスさんも父さんと同じように影響がないようだが、この影響の差は一体どういう理由だろう。ルティは震えている。フェリスさんが落ち着かせようとしているようだが、震えたままだ。
「リフィ、ルティのところに行くから……」
「一緒です!」
まあ、置いていくわけにもいかないか。リフィを伴いルティの傍に行く。
「ああ、ハルト……ごめん、任せる」
「大丈夫です」
ルティの相手は慣れている。フェリスさんよりもルティの相手をする頻度は高い。ルティの方がフェリスさんたちから離れようとしている感じでもある。
「ルティ!」
「…………お兄ちゃん?」
一発である。いや、こちらを見てくれたのだが震えは止まっていない。
「ルティ、大丈夫か?」
「………………産声」
「え?」
「……何でもありません。手を握ってください」
ルティが言ったことが少し気になったが、言われた通り手を握る。俺がルティの手を握っていると、リフィも同じように手を載せてきた。
「私もします!」
「……ふふ」
気づいたらルティの震えが収まっている。俺が握ったのが効果が出たのか、リフィの行動が効果があったのか微妙にわからないタイミングだ。だが、ルティの反応は悪くない様子だ。なんだかんだでリフィと結構仲が良くなっているのだろう。意外とルティがあまり他者と深くかかわることがないから新鮮というか、心配事が解消されるというか。
「もう大丈夫……だな」
「はい。でも、周りはひどいことになってますね」
ルティが周囲を見て言う。同じように俺も周囲を見回してみる。気絶している貴族はまだいい。いや、あまりよくない。混乱、恐怖、さまざまな精神状態の異常によりうるさく、中には周りを荒している貴族もいる。おおよそ周りの様子を見回してみると、そういう風に混乱や恐怖に陥っているのは大体が文政の貴族だ。武威の貴族はこういう状態になれている、というほどでもないが、文政の貴族よりは経験がある。つまり、これはそういう精神影響を引き起こす……あの咆哮の影響によるものか。
「でも、すぐに治すにも……」
復帰した人間が落ち着かせて治す、ということは可能だが、それは関係者でないとなかなか難しい。いきなり他人に近寄られれば逆効果になる場合も多い。どうすればいいかと考えていたところに、会場いっぱいに大声が響き渡る。
「静まれぇい!!
少し大きすぎて思わず耳を抑える。大声の源は国王陛下だ。今の一喝は大きな効果があったようで、混乱していた貴族が正気に戻り、恐怖で震えていた貴族も大半は震えから脱した。中には落ち着いたことでふらっと気絶した貴族もいた。
「皆の者! 今起きた異変、咆哮についてはすぐに兵をやり調査する。何が起きたかわかるまでは各自、自分たちの住まう屋敷か城の部屋に戻り待機せよ!」
とりあえず現状混乱を脱したということで一度それぞれでまとめるようだ。それ以外にも、王都や各領地に兵をやり、何が起きたか、ここ以外への先ほどの方向の影響の調査などを行うようだ。
「父さん、うちは大丈夫かな」
「まあ、代わりに仕事する奴がいるし、何とかするとは思うがな……」
正直一度戻って確認したいところはあるが、すぐに戻るわけにもいかない。どうもタイミングが悪い感じである。最も、連絡を取るのはかまわないようだが。
「とりあえず、拠点に戻ろう」
ここに出た影響も大きいが、仲間たちがどういう状況になっているかわからない。拠点の方は無事だろうか。
拠点の方も同様の状態になったようだが、影響の少ない人間も多く、その人たちが相応に対処したようだ。
「メイドたちは気絶していたので優先して運びました。ハルト様のお仲間方は殆どが無事でしたが……」
「ハルト、そっちはお前が確認しろ。こっちは俺が見て置く」
「ああ、もちろん」
階段を上る前に結構ひどい状態の机を見る。色々とこぼれていたり皿が割れていたりする。恐らくは年越しのパーティーか何かをしていたのだろう。階段を上って仲間の容態を確認していく。順番に扉をノックして状態を確かめる。一度みんなを集めて話を聞く。
「えっと、とりあえず咆哮を聞いて、どうなった?」
「そっちはどうだったんだ? ていうか、貴族は城でパーティーなんじゃ?」
「恐らくだがここでも同じことが起きたならわかると思うが。パーティーどころじゃなくてな」
集まったのはゼス、カリン、ミエラ、エリナだ。
「そっちも同じような状況に?」
「……あの咆哮には力がある感じでしたから、恐らく精神に影響を及ぼした結果ですね」
エリナは的確にあの方向の内容を理解している。
「ああ、そうだな……まともに影響が出たのは、メリーとシェリーネか。シヅキは?」
「シヅキは震えていたからアルツが連れて行って様子を見ているみたい」
シェリーネは気絶、メリーは恐怖で震えていたようだ。それぞれカリンとゼスが解放したようで、今は寝ているようだ。
「……他のメンバーは影響がでなかった、戦闘経験の差か?」
「それなら私も影響が出ます」
「エリナはあまり直接戦闘には出ないからね」
ふむ。確かに後衛であるエリナは戦闘経験があると行っても直接的な殺気、先頭の気配には曝されないよな。メリーが影響が出たのも、戦闘経験という分に絞ればおかしいわけだし。
「……恐らくですが」
「うん」
「この咆哮、聞いたことがあります。少し前に」
「……ああ!」
エリナの言葉に何か思い出したような反応があった。俺も、エリナの言葉で一つ思い当たることがあった。
「……竜の咆哮か」
あの時、竜の方向を浴びたメンバーはアルツ、俺、エリナ、カリン、ゼス、ミエラ。この六人が影響を受けなかった、もしくは受けても大したことがなかったのは一度咆哮を浴びて慣れていたから。でも、まあ、そう考えると一度も浴びていない人間への影響が少ないのはなぜか、ということになるが。そのあたりは元々の精神耐性か、別の経験によって精神的にタフになっていたか、なのだろうか。
「竜……竜か……」
そういえば、竜の討伐依頼をしていた貴族。思い出した、あの依頼を出していたのって隣の領地の貴族……今回来ていない、隣の領地の貴族じゃないか?
「……今回の件の心当たりが思いついた。だから、少し話してくる。皆は休んでてくれ」
「えっ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
驚きが半分、言われた通り休むのに部屋に戻るのが半分。流石に夜も遅いしな。俺は階段を下りて、父さんのところに行く。あくまで推測、予想だが今回の件について、もしかしたら犯人か原因かはわからないが、それにあたるものがわかった。