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王都の北東にある山、討伐依頼を出されていた黄竜はこの場所にいる。黄竜は属性的には地竜であり、山の中に洞穴を掘って住んでいるらしい。基本的に竜種は自分の住みかを作ってそこに住んでおり、大体その竜の属性的特徴が現れる場所に住処を作る。最も、火竜だから溶岩の中に住むということもないし、地竜だから地面の中に住むということもない。そのあたりは割と生物として当たり前の場所に住んでいる。
今回竜退治に行くのは六人。俺とアルツとカリンとゼスとミエラとエリナだ。あと、竜退治にはかかわらないが、今回の討伐の目的である竜の遺骸を持ち帰る役目を持った運搬要因が派遣されている。この運搬要因は遠くからこちらのことを確認し、竜退治が成功しなかった場合、それを報告する役目も持つ。竜退治は場合によってはその周辺に竜が暴れる被害が発生する可能性もあるためだ。
今は山の中を歩き、竜のいる場所を目指している。山の中は竜がいるためあまり人が入っておらず、樹々の伐採も麓のような竜の縄張りに入らない部分でしかされていない。そのため、道がない。なのでどうしても山登りが大変だ。こんな状態であるから竜とまともに戦うような場所があるか、とも思うが、竜もその巨体がある以上、自分が動けるだけのスペースを巣の近くに確保しているはずだ。特に火竜や風竜の類とは違い、地竜の類は翼が生えていても空を飛ぶことはない。獲物を確保する都合上、確実に自分が移動するスペースがあるはずだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれない!?」
後ろからミエラが声をかけてきた。前を歩いていた前衛組、アルツ、ゼス、カリンが振り返っているのが見える。俺も後ろを振り向く。
「ぜ……ひ……」
「エリナがちょっと体力的にやばいから休ませたいんだけど……」
ああ、普通は魔術師は体力ないもんな。前衛と違って体力つけるようなことはないから。俺は一応昔習った剣の修行での体力作りは続けているので一応体力は前衛ほどではないけどある。
「……ちょっと休むか。急いで行っても仕方ないし、疲れている状態で戦闘に入ると問題だしな」
目的とする、竜の巣がある場所まではもう少しだろう。移動中の竜にあったりするとあれだが、巨体である以上この場所は移動しにくいから遭遇してもこちらが逃げ切るほうが速いはずだ。
俺たちはこの場で少しの間休憩した。その最中、道中も仏頂面をしていたアルツに近づき話しかける。
「アルツ、悪かったな」
「……ハルト。何のことだ?」
「今回の依頼、無理やり参加にしたことだ」
アルツの夢の話は聞いていた以上、そのトラウマ克服の意味を込めて無理やり参加させることにした。そこにアルツの意思はまったく考慮されていない。自分の意志、意見を無視して無理やり参加させられたら気分はよくないだろう。
「……いや、そんなことはないぞ」
少しこちらの言葉に下を向いていたアルツが折れに視線を合わせて言ってくる。
「この討伐依頼は元々知ってた。だけど、どうしても受けるつもりにはならなかったんだ。前に話していたアレのせいだと思うけどな」
「なら、やっぱり無理やり参加ってのは……」
「確かに最初はどうかと思ったよ。でも、竜に挑む……今まで負けっぱなしだった、その相手に本当に挑む、ってなって覚悟はできた。今までのそれは逃げだ。無理やりとはいえ、今は、今回は逃げない。逃げずに勝つ」
少しだけアルツの顔に笑みが浮かぶ。負けない、勝つという意思がその笑みに見える。それは当たり前だが、アルツのそれには自身があるように見える。絶対の勝利はないが、それだけで勝てそうに見えるのはアルツの自信のある意気のよさのおかげだろう。
「ああ、そうだな」
しばらくの休憩を終えた後、再び山を登る。ある程度進んだところで開けた場所が見えてきた。竜の巣の近くにある、竜の活動スペースだろう。竜の巣は竜が住む、寝床のような場所であり、竜自身の行動するスペースはどうしても巣の外になる。そして、その場所は巣に近い場所になる。この開けた場所が見えた時点で一緒に来ていた運搬要因は下がって待機している。流石にある程度の距離まで近づけば巻き込まれる危険もある。
「竜はいないな」
ゼスが前に出て巣の方を確認する。ここまで登ってきたが、まだ崖、壁がある。巣はその壁に掘られており、ここはかなりの高所だが、最も高い場所ではない。
「いないってことになるとどうするの?」
「探しに行くわけにはいかないでしょ? ここで待つの?」
竜が返ってくる、というのを待つのも変な話だとは思うものの、今この場にいないのに探しに行くわけにもいかない。竜の通る道を探してもそこで戦う広さはないだろう。ならばむしろ帰ってきたところを不意打ちできるこの場にいたほうがいい。
「……ここで待っていたほうがいい。流石に探しに行くと戦いにくい場所で戦うことになる。この人数と竜がいても戦えるこの場所にいたほうがいい」
「それは、ありがたい、ですね……」
エリナがまた息切れしている。道中で少し休んだが、体力が回復しきっていないのだろう。エリナを休ませる意味でもこの場所に残ったほうがいいか。
「……竜はどこにいったんだろうな」
アルツが小さく呟くのが聞こえた。竜がどこに行ったか、というのは確かにわかっていない。山の中を登ってきたわけだが、そこでリュらしき姿を見たわけでもないし、竜が移動している音を聞いた覚えはない。俺たちが昇ってきたのは山の片側だ。もう一方の側のほうにいると考えるのが自然だろう。
「多分、山の反対側かな……いや、でも」
言っていて、もう一つ思いつく。下が駄目ならば、上にいても……そう思ったところで、がらっと岩が落ちてくる音が聞こえた。
「っ! 上だ!」
上を見上げる。竜の姿は見えないが、がらがらと落ちてくる岩の音が増えている。俺が叫んだことでみんなが散開し、竜が来ることに備える。すぐに振ってくる無数の岩とともに黄色い竜が降って来た。振ってきた衝撃が強烈な揺れとなって俺たちを襲う。前世もあってある程度地震慣れしている俺でも経験したことないくらいの揺れだ。立っているのがやっとである。皆は立っていられずに倒れこんでいる。
そして、その揺れから復帰する前に竜が大きく咆哮した。竜の咆哮は威圧と恐怖を含む。地揺れのせいで気を散らされていたせいもあって、咆哮の影響がやばい。竜は急いで行動する様子は見えない。相当余裕があるように見える。
「神儀一刀」
声が聞こえ、そちらを見る。他のメンバーはまだ復帰していないが、アルツはまるで影響してないかのように立っていた。そして、剣を既に構えている。
「先駆け」
アルツの姿が消え、竜の目の前、顔の前に現れる。今更消えたことには驚かないが、竜の目の前にいることには驚く。目の前、というよりは顔の前だ。どうやってあそこまで飛んだのか。結構な高所なんだが。
神儀一刀の技、先駆けにより竜の顔の前に現れたアルツが剣を振るう。そして、振るった剣が竜の顔に当たり、弾かれる。
「っ!?」
竜の顔には傷一つない。アルツの攻撃に竜は反応し、頭をアルツの体にぶつけ、アルツを吹き飛ばした。一応剣で防いだようでダメージは受けていない。竜は吹き飛んだアルツの方に目が行っているようで、他のメンバーを気にしている様子はない。その間に復帰できているのが見える。 しかし、やはり大きい。まともに相対して勝てる相手だろうか、これ。