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前衛はアルツ、カリン、ミエラの三人、中衛にゼス、後衛にメリー、エリナ。俺を含めても実戦が可能な人間は七人。仮にシェリーネを含めたとしても冒険者は八人の体勢になる。チーム分けは色々と別れてもいいのだが、基本的に元々のように三人一組でそれぞれ依頼を受ける形にしている。
そして、今日はその依頼にシヅキを連れていく形になっている。討伐依頼にシヅキを連れていき実戦を経験させるというアルツの修行方針である。別にギルドに登録していなくとも討伐自体は可能であるし冒険者としての成績的に討伐証明さえできるのであれば問題はない。
さて、そういうわけで今はこの家にはメイドや召使以外の人間はいない。ある一人を除いて。
「魔術を教えてください! お願いします!」
部屋の前でエリナが頭を下げて大声で頼み込んでいる。エリナとミエラをチームの仲間に紹介し、数日。あれから何度かエリナが同じように魔術を教えてほしい、と頼み込んでいたのだが、討伐依頼などを受けたりして依頼があるので無理、忙しいと回避していたのだが。
しかし、今まで面倒だから回避していたのだが、別に教えること自体はそこまで問題があることではない。ただ、この魔術に関しては俺自身の知識、前世に由来する知識が必要なので通常の魔術を習っていた人間には難しいはずだ。一応ルティには教えたがそれでも俺と同じくらいに使うことは出来ない。全部を教えるのは俺としても大変だったから仕方ないと言いたいところだけど。
「……教えてもいいが、同じくらいに使えるかどうかはわからないぞ?」
「はい、それでもいいです! お願いします!」
しかたない。扉を開けて部屋から出る。
「王都の外……適当な森の中でやるからついてこい」
「はい!」
王都を出て近くにある森に向かう。近くにあると言っても結構歩く距離にあるのだが。せっかくゆっくりできるのにわざわざ魔術を教えなければならないというのも大変である。
「さて……魔術について教える、のはいいんだが。まず何を聞きたいんだ?」
何から教えればいいのかがわからない。そもそも、エリナは一体どうしたいのかが不明である。
「えっと……そうですね、何でハルトさんはそんなに魔術の発動が速いんですか?」
「発動速度か。まあ、確かに普通の魔術師よりも速いな」
一応実感はある。そもそも本来の魔術もいくらか習っている以上、俺の使うものと普通の魔術師の使う魔術の差は理解している。
「エリナは魔術の発動方法についてどの程度理解している?」
「魔術式の構築、詠唱、呪文ですよね。魔力を籠めて杖の先に魔術式を構築、詠唱でイメージを固めて呪文を唱えて発動します」
「概ねあってる。呪文は必須じゃないけどな」
正確には呪文は詠唱部分に含まれる。つまり、魔術式の構築と詠唱により発動できる。
「呪文いらないんですか?」
「詠唱と同じでイメージの補完にはなるし、待機してから呪文で発動起点にできるから役に立たないってことはない。別に唱えなくても発動はできるけど、唱えたほうが発動させやすいし確実だな」
亜神を土で沈めた時みたいに。一応呪文を唱えれば人によっては威力が上がることもあるようだが、それはあくまで詠唱のイメージの補完のおかげであり、俺の場合は特に差がない。せいぜい呪文を唱えることで発動をその時点で確実にできるってことくらいである。呪文を言わない方が発動が速いので使わないが。
「普通の魔術師の魔術はどうしてもイメージ補完の影響が大きいからどうしても呪文を唱えたほうが威力が強いし、発動もさせやすい」
「ハルトさんの魔術は違うですか? 確かに呪文を唱えてなかったみたいですけど。それに威力も大きいし」
「詠唱でない部分が最大の肝だ。つまり、魔術式の構築が魔術において一番重要な部分になる」
「魔術式ですか……あれって構築が大変ですし、長くて面倒ですよね」
魔術式、といっても数学的な公式や、魔方陣みたいな複雑な文様を用いたものではない。魔術式は完全に文章である。詠唱が長くなるのはイメージの補完が最大の理由でもあるが、実はこの魔術式の構築、文章の記述が長いことを他者に誤魔化すためでもある。それがいつの間にか、詠唱は長いほどいいみたいな文化的な側面ができたせいで詠唱が長ったらしくなっている。
まあ、確かに詠唱していないで魔術式を構築している状態は他の人間から見ると何をしているんだ、としか思えない。何もしていないように見える状態なので詠唱で色々誤魔化さないとやりづらい所があるのだけど。
「本来の魔術式はそうだな。魔術式は基本的に文章形式で内容を記述するから普通に使っていると長くなるんだよな」
例えば、風の魔術の使用を行う場合、魔術の規模や発動時間、攻撃対象など色々と設定することがある。魔術使用に慣れれば籠める魔力である程度発動時間はどうにかなるのだが、その制御になれるよりは時間指定をした方が普通は楽だ。そもそも慣れるほど魔術を使うのが大変である。
「俺の場合は魔術式の構築の仕方がそもそも違う……そうだな、実際に見せてみるか」
杖を出し、その先に魔術式を構築する。この魔術式は魔力で構成されているため、魔術を習っていない人間にはほぼ見えない。意図的に見ようとしなければ魔術師でもなかなか見ることは出来ない。
「……なんですか、これ?」
「俺の使う魔術の魔術式だ。これは火を発生する魔術だな」
書かれているのは"火"と書かれた魔術式だ。ただし、書かれている字は漢字、俺が前世で使っていた日本語のものだ。
「この文字は……いわゆる造語だな。本来使われている文字じゃなく、オリジナルの文字だ」
「自作の物ですか。でも、そんな文字で魔術が発動できるんですか?」
「実際に発動しているな。ただ、何でもいいかどうかはわからない。俺が使っているこれは、本来異世界の物らしい。それを使ってみたら、実際に使えたってだけだ」
「異世界……ですか」
まあ、異世界と言っても実際に異世界から転生してきた俺という実例がなければ、それを聞いただけでは信じられないだろう。
「まあ、信じなくてもいい。この文字が実際に使用できる、ということだけ理解していれば十分だ」
「はあ……でも、文字だけでいいんですか?」
「みたいだな。この文字は、表意文字、これ自体が意味を持つ文字だ。この文字は"火"を意味していて、あとは詠唱で火を出せる。大きいものが欲しければ"大"を追加したり、"炎"にしたりすればいい。文字自体に意味があるから文章化しなくても詠唱で補完すれば問題がない」
「なるほど」
まあ、単体で意味を持ち、文字の組み合わせで複数の形態にできる上に、漢文利用まですれば文章形式すらも少ない文字数で可能なんだが。問題は画数の多い感じを使う場合が少し面倒な点だ。場合によってはこっちの言葉を使った方がいい場合もある。
これもなかなか単純にはいかないんだが、詠唱の補完も含めれば長々しい文章を魔力で構築しなければならないこちらの文字を使用した魔術式よりもかなり楽に作ることができる。最大の問題は、漢字を覚えるのが手間過ぎるって点だ。何故かというと俺が全部教えなければならないからでる。
「……つまり、その文字を覚えれば私も同じようにできる、ということですね?」
「そうなるな。火、水、土の文字だけは教えてやる。それ単独で発動できるようになったら次の奴を教えてやろう」
「風はだめなんですか?」
「風は普通の字の方が速い」
ただし、単純に風とする場合に限る。風と言っても、そよ風、台風、突風、つむじ風、いろいろとある。それらはこちらの言葉では大体の場合単語そのものが違うケースも多い。風の文字は発展形を覚えるようになってから教えよう。