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「たのもー!」
「アルツ、お前はもう少しまともに入ってこれないのか?」
神儀一刀の道場、そこにまたアルツが訪れた。以前ここに訪れた時と同じ挨拶で入ってきている。しかもその挨拶は道場破りが入ってくる時に使うようなセリフだ。流石にクレトも少し呆れた様子だ。
「ったく。それで、何の用だ? そこの子供も関係あんのか?」
アルツの後ろ、体の半分をアルツに隠すかのように隠れているシヅキの姿がある。
「あ、この子俺の弟子です」
「……偉くなったもんだな、お前も」
驚いた様子を見せてはいるが、馬鹿にするでもなく、責めるわけでもない。ついつい棘のある言葉遣いをしてしまっていたが、アルツが弟子を持つことにクレトは反対するつもりはない。少なくとも旅に出す程度には優秀で、神と直接相対し、天剣まで覚えて奥義に到達する道が開けている実力者だ。問題があるとすれば、その弟子であるシヅキの方だろう。
「アルツ、その子供を前に出せ」
「え?」
「試す。駄目なら弟子にはさせん」
じわり、と空気に少しずつクレトの気がにじみ出す。その気のすべてはアルツに向けられ、威圧をかけている。殺気を向ける、剣気を向ける、戦闘で相対するときのような気の向け方ではないが、並の精神では圧力に負けてしまうだろう。しかし、アルツは動じない。
「シヅキ」
「……はい」
アルツが一言、シヅキの名前を呼ぶだけでシヅキは動く。何をすればいいか理解しているわけではない。今までの会話を聞き、そのニュアンスで動いている。この辺り、アルツと同じ感覚派の片鱗が見える。
シヅキがクレトの前に立つ。アルツに向けていた気は引っ込めたようだが、それでも神儀一刀の流派の師をやっているクレトは前に相対するだけでも無意識に圧される。
「武器を構えろ」
「…………」
無言でシヅキが腰に下げていた木剣を構える。
「っ!?」
剣を構えると同時に、シヅキは震えるような、吹き飛ばされるような力、圧力を感じる。シヅキと同じようにクレトは剣を構えただけだが、それだけでシヅキは圧倒的な力を受けている。
これはクレトの行っている試しの一つである。圧倒的な力を前に、どの程度意識を保ち、どの程度戦うものとして在れるかを見極めるためのものだ。クレトの判断基準はただ一つ、この場で立ったままいられるか、それとも武器を手放さずにいられるかだ。ちなみにアルツは剣を構えたままの状態を維持できた数少ない一人だ。
シヅキは剣を構えたままを維持できているが、それだけではない。足に力が籠る。
「やあああああっ!!」
「ほう」
シヅキは思いっきり踏み込み、クレトに斬りかかる。これにはクレトも予想外だ。今までこの威圧を突破して攻撃してきた存在はほぼいない。普段から無言であるシヅキが大きな声を出し、叫ぶという珍しい場面でもある。
シヅキは確かに試しを突破して斬りかかったものの、実力が伴っていない。あっさり受け止められ、武器を弾かれる。しかし、弾かれてもシヅキは木剣を取り落とさない。普通は取り落とすもので、それを叱責し絶対に戦闘において武器を手放さないように努力させるものだが、シヅキには通用しなかった。クレトはアルツの方を見る。特に意図した考えというわけでもないようだ。アルツとの戦闘の中で得た教訓なのかもしれない。
「まったく。よくやれるもんだ」
そう言って気を収める。戦闘の終わりを示すものだ。それに伴い、シヅキも緊張、気を張っていたのが弱まり、片膝をつきそうになる。あれほどの気にさらされた結果だ。むしろよく一度だけとはいえ動いて突破できたと褒められるべきだろう。
「シヅキ、よくやったな!」
「はい」
シヅキはアルツに褒められて嬉しそうにしている。アルツとしても、弟子であるシヅキが試練突破したことが嬉しい。
「アルツ」
「はい。なんですか?」
「弟子にいいところを見せてやれ。模擬戦するぞ」
クレトが自分の持っている木剣をアルツに投げる。別に持っている武器を渡すことは珍しくないが、近くに木剣が置いてあるのにそちらを渡さないのはどういう理由だろう。そうアルツが考えていると、木剣に目を向けずに通り過ぎる。そこでアルツは疑問符を浮かべるが、すぐに理由が判明する。クレトが棒を持ち、戻ってきたからだ。
「アルツ。本気で行くぞ? 問題はないな?」
「……はい」
アルツは自分の声が固くなっていることにすぐに気付く。目の前に立つ師匠は今まで殆ど見せなかった剣ではない本来の武器である槍を使う様子だ。怖い、恐ろしいという思いがアルツの中にはある。それと同時に、さらに強くなった師と相対し、闘える喜びを感じていた。
「いくぞ!」
クレトの言葉と同時に、互いに動き出す。先に仕掛けたのはクレトだ。リーチはクレトの方が長い。懐に向けて突きを放つ。幾ら鋭い一撃、早い一撃であっても正面であればアルツとしてもそこまで脅威ではない。突き出された棒に合わせ木剣を重ね、攻撃を逸らし回避する。その突きの回避に合わせ、剣の間合いに踏み込みクレトに振り下ろす。クレトは逸らされた槍を無理やり動かし、力技で剣を弾く。アルツは少しだけ後ろに下がり、剣を整える。そして、クレトに斬りかかる。クレトは攻撃を逸らし、防ぎながら、少し前に戦った時よりも一撃が鋭くなっていることに気づく。理由は自分との闘いの経験の影響か、それとも。
「弟子をとったのがいい経験になったってところか」
弟子をとり、その弟子に物を教えるというのは感覚型のアルツとしては本来大変だろう。実際、アルツは剣を直接振らせて最初は教えていた。しかし、そのうちアルツは自分の剣を見せて教え、その仮定で自分の剣にあったむらに気づく。ただ、理解してではないが。そのむらを、最適化した結果が今の剣だ。余計な力がなくなり、その分の力が剣に乗る。あくまでマイナスをなくしただけに過ぎないが、それでも大きな変化だろう。
互いに剣と槍を打ちあわせ、逸らし、防ぎ、時には体のすれすれを通過させる。ギリギリの緊張感を感じ、闘いの流れに、意思に身を任せる。そのうち、実際の戦闘に等しく感じ始めたアルツは無意識に一歩踏み出す。一歩踏み出し、同時にそこにクレトの攻撃がアルツの持っていた剣を弾いた。
「っ」
「お前、今使いそうになっただろ?」
テンカウントである。模擬戦は道場にいる人間に見せるためのものであり、それゆえにテンカウントの使用は禁止している。もちろん、絶対的なものではないが、こういう所でのルールは守るのが普通だ。
流石にテンカウントを使いそうになったアルツを叱る意図もあり、対戦を終える。そして、各自で相手を見つけ修行をするように言う。その中にはシヅキの姿もある。ちらちらとシヅキはアルツの方を見ているが、今は絶賛指導中だ。自分の意志で選択しざるを得ない状況に追いこまれ、シヅキは模擬戦をするほかなくなった。
アルツの指導をしつつ、クレトはシヅキの様子を見る。直接目で見ずとも気配である程度見える。アルツの修行を行っている中、感覚で追っていたシヅキの様子に一瞬の変化が現れる。かすかなものだが、一歩の踏み出しに込められた力が大きい。いや、それはわずかな入りを見せていたものだ。
「恐ろしいもんだ……」
それはテンカウント、神儀一刀の基本技能である。上の方の弟子は使えるが、今シヅキと相対しているまだ実力の低い弟子は使えないものだ。アルツが教えた、とは考えられない。そもそも、入りから教えなければいけないこれを簡単に教え込むのは難しい。ならば、どうやって得たのか。
クレトは唯一心渡りがある。先ほどのアルツの一歩、テンカウントに入りかけた一歩だ。アルツの動きを追い、無意識でその領域に入ったのだろう。まさに天才とでもいうべき才能である。
結局シヅキはテンカウントを得ることは出来なかったが、アルツとの戦闘でそのうち覚えるだろうとクレトは推測した。
「おう、また暇ならこい。お前が来るといい刺激になるだろう」
「はい、またよろしくお願いします」
クレトとアルツは別れのあいさつを行い、アルツはシヅキの手を引いて道場を出る。
「やれやれ。まだ足りないが、あれならばすぐに俺を超えそうだな。あの弟子も相当だ……とんでもない掘り出し物を見つけてくるもんだ」
そう言って、口の端がつりあがる。いずれ自分を超え、強くなるだろう弟子の姿を思い浮かべて。




