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木剣同士がぶつかり合う音が道場内に響く。アルツの振るう剣は、その師の剣により完全に受け止められている。逸らすような動作もなく、微かな腕の動きで押し切られることなく受けられており、アルツとその師匠の実力差がはっきりと感じられる。アルツの師匠、クレトはアルツの実力そのものは上昇している者の、自身の防御を押し切れない程度でしかないことに若干の落胆を感じている。しかし、攻撃そのものは連続的で、殆ど隙を見せることがない。全力で打ち込めば、ある程度防御を作ることができるかもしれないが同時に隙もできるし、この時点で試合が終わるわけでもない。
現状では大した意味はないが、クレトは自身の弟子である少年たちにしたように、木剣を用いて相手の剣を弾き飛ばそうとする。考えなしの攻撃、長い間剣同士が接触するような場合は有効だが、今のアルツがとっているような連続的な細かな攻撃では対して有効ではない。だが、少しは動きを見せようということでアルツの剣の攻撃を受けるのに合わせ剣を弾き飛ばそうとした。
「っ!」
アルツは剣を弾き飛ばそうとする動きにうまく剣を載せ、回避する。それによりアルツの剣はわずかに弾かれ、クレトを狙う攻撃が大きく逸らされた。クレトはそろそろいいだろう、と防御から攻撃に転じ、アルツに一撃を加える。甲高い木剣の音が響き、一瞬道場に静寂が訪れる。わずかとはいえ、弾かれ逸れた剣を引き戻し、アルツはクレトの攻撃を防いでいた。
「次は俺から行かせてもらうぜ!」
クレトの攻撃は苛烈だった。アルツの攻撃よりも速く鋭い。さらに、攻撃の中に緩急を加え、より対応を難しくさせていた。アルツはそんな攻撃を直接受けず、僅かに剣の角度をずらし外側へと逸らしながら防ぐ。
何度も木剣がぶつかり合う音が響き、クレトはアルツの実力をだいたい理解する。身体能力の変化は殆ど無いと言っていい。アルツの年齢を考えると、現状の鍛え具合での限度といったところだろう、と感じられる。もう少し成長し、身体が完成していればもっと身体能力は伸びる。技に関してはかなり伸びている。少なくとも、ここから旅に出る前よりはかなり良くなっていた。以前のアルツでは防げないような攻撃も防げていた。
そろそろいいだろう、とクレト攻撃をやめ、後ろに退く。アルツもそれに倣い、後ろに下がった。普通の戦闘であれば後ろに下がったクレトを追撃するだろうが、これは模擬戦である。最もクレトも不利になったから退いたわけでないので追撃してもよくない結果になっただろう。
「よし。とりあえず技なしの模擬戦はこれまでだ。ここからは技ありだ。ただし、先にもいったがテンカウントは使うんじゃねえぞ」
「わかってる」
「いつでも攻撃してこい」
そう言ってクレトは剣を構える。流石に技は準備無しで受けるのは難しい。自身が知る限りのアルツが覚えている技を考慮しても、事前の構えは必須だ。
「神儀一刀……」
以前からアルツが技を使うとき、一々流派の名称を言うのはもともとこういった模擬戦の時に自分が使う技を宣言するのが影響している。これは師匠であるクレトもよくやっていたことだ。神儀一刀の技は教えるものではなく、見て学び盗むもの。技名を言うことでよりそれを可能にする。それが後々の代まで残ってしまい、技名を叫ぶようになってしまっている。ただ、これは同時にフェアプレー精神にも近い。技名を叫ぶことで、不意打ちではないという意識になれる。最も、初めて受ける人間には技名を叫んでいてもまるきり不意打ちだろう。
「先駆け!」
アルツの姿が消える。この技は本来テンカウントと剣技の合わせ技に近いが、歩法であるテンカウントとは違い、剣でないとできない。神儀一刀の技は基本的に武器をもっていないと使えないが、テンカウントのみは例外である。そしてこの技はその例外に含まれない。似ていても全く違う性質の技だ。
クレトの目の前にアルツが現れ、すでに剣を振るった状態だった。しかし、剣を振るっていたアルツに二度の剣閃が走り、剣ごとアルツが弾かれる。
「紫銀。その技は知ってる相手にはうまく使わないと効かねーぞ?」
アルツに放たれた剣閃は紫色と銀色の剣閃だ。この技は最初の一撃を加えたと同時に、手元に軌道そのままで光速でも戻し、二度目の剣を振るうという技だ。その二度の剣の軌道に伴う光が、紫と銀の色であるためこのような名称となっている。光の速度を出しているのに周囲に影響はないのか、と疑問に思うかもしれないが、神儀一刀の技は往々にして全てそういう理不尽なものである。
「くっ! 空太刀!」
アルツが二度の剣戟を飛ばる。一つは体を狙ったもので、もう一つは頭を狙ったものだ。クレトは芸のない技にため息をつく。二階の剣戟を振るわれたところで全く意味はない。クレトであれば余裕で対応できる。剣を振るい二つの剣戟を掻き消す。その時クレトの視界の先にアルツの姿はなかった。すでにアルツは剣戟に隠れ左の方向に回り込んでいた。
「鬼振り!」
「鬼振り」
アルツは完全に隙をついた、と思っていたが、クレトはアルツの攻撃に合わせ対応する。たとえ見えなくとも、気配は感じられる。その気配に合わせ、クレトはアルツの使ってきた技と同じ技を使用した。強力な力の一撃同士がぶつかり合う。二つの大きな力がぶつかり、そして弾きあう。二人の振るった鬼振りの力がほぼ互角だったからだ。もし全く同じならば、力が相殺され剣同士が交わされた状態だっただろう。かすかな力の差がぶつかり合う力の方向を逸らし、弾きあう結果になった。アルツが剣が弾かれるのと同時に、後ろに下がる。一応二人とも余力を残している状態だが、それでもアルツのほうが不利だろう。明らかに実力差がはっきりしている。
クレトはこの状況を不満に思っていたが、アルツが大きく実力を上げたわけでもないのに戻ってくるわけもない、と確信している。だからこそ、ここまで見せてきた技、自分が見せて学ばせた技しか見せていないことに疑問を持っている
「アルツ。小細工を交えて俺が使ってきた技を使ってきたところでどうしようもないぞ。戻ってくるだけの何かがあるんだろう。そいつを見せてみろ」
でなければ、容赦しない。そういうかのように、強烈な気迫、威圧をアルツに向ける。流石に今までとは違う、危機感を感じるほどの気にアルツは冷汗が流れるのを感じる。これ以上、手を抜けない。今までが手を抜いていたわけではないが、言われた通り、全力の技を使わない限り本当に殺されかねない、とアルツは思った。
アルツは以前から何度か振るい、一応実戦でも使用できるレベルまでにした構えをとる。右手に持った剣を自分の身体の左方向に持っていく、アルツと戦った紙の使った構え。クレトはその自分の使ってきた技とは違うその構えを見て直感する。これがアルツがここに戻ってきた理由であると。
「神儀一刀」
アルツの構えている剣に力が集中する。クレトの本能がその剣を見て、感じて、警鐘を鳴らす。あれは危険だと。クレトの実力でれば、余程強力な相手でなければ本能が警告を発することはない。すなわち、今からアルツの放つ技はそれほど強力であり、危険なものである、とクレトは理解した。
「天剣!」
「っ!? く、気剣!!」
クレトはアルツの言葉に驚く。しかし、一瞬驚くも自身に向けて放たれる剣の存在をすぐに思い出し、咄嗟の対応をとる。気剣は技と言えるほどのものではない。多くの神儀一刀の技を使うときのように、剣に力を籠め集中させているだけの状態に過ぎない。それでも、普通に受けるよりははるかにましだし、技としての体裁をとることができるものだ。
アルツの攻撃はそのまま振るわれれば確実に道場を大きく破壊していたはずだ。しかし、とっさにクレトが防ぐことでそれは回避できた。しかし、その強力な一撃を防いだ代償は大きかった。アルツの振るった技を防いだ木剣は、攻撃を受けた衝撃ではじけ飛ぶように破裂した。
「…………」
「はあ……はあ……」
クレトは無言になり、アルツも何も話さない。僅かに息が荒くなっている音が聞こえるだけだ。
「武器が壊れた以上、これ以上の試合は無理だな。今回はこれまでとしよう」
「はい」
武器を失った以上、これ以上の戦闘は不可能であるとクレトは宣言し、アルツもそれに同意し、試合は終わった。それ以後は、アルツが他の道場の人間と模擬戦をすることになった。最も、これはクレトとの試合とは違い、神儀一刀の技を使うことはない状態で、だ。
「アルツ」
「はい。なんですか?」
師匠に呼ばれ、アルツが返事をして振り返る。その先に見た師の顔はとても真剣な顔だった。
「道場が終わった後、ここに残ってろ。話がある」
「……はい」
その真剣な様子から、アルツに断る選択肢はなかった。




