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「……神に挑戦する、というくらいなんだから奥義を使えるものだと思ってたが」
目の前の男性は落胆しているようだ。アルツは目の前の男性の様子を見て悔しそうに歯噛みしている。アルツは修行をするということで旅に出て冒険者になった。それは奥義を得る、作るためだったのではないだろうか。だがアルツにそのような様子は見られない。そもそも、神儀一刀の技はどうやって作るのか、それ自体も不明だ。学び方は一応聞いて、実践で技を盗む、みたいな話だったと思うのだが。
「ふむ。少し試させてもらうぞ? 今から打ち込むから、防げよ。防げなければ死ぬぞ?」
男性が一歩踏み込み、一瞬でアルツの前にまで移動し、刀を振るっていた。アルツは咄嗟にその攻撃を剣で受けている。次の瞬間にはすでに男性は少し後ろに下がっており、次の攻撃の構えに移っている。神儀一刀のテンカウントの技術かと思うほどに速いが、緩急があまりに速いから恐らくは違うものだ。ただ、身体能力の高さで高速移動をしているのだろう。
改めて思うが、神という存在は末恐ろしい。亜神という存在で少しは知ってたと思ったが、これはまったく桁が違う存在だ。そして、恐らくこれですら手を抜いている状態だ。本当に神儀一刀で神殺しができるのだろうか。
連続攻撃をアルツが辛うじて防いでいる。先ほど見た時の攻撃より少し攻撃速度が速くなっているように感じる。それでもアルツは防ぐことができているようだ。そして金属音が高く響き、男性は後方へと下がる。
「資質は悪くない。現時点での能力も、神儀一刀の技術も低くはないはずだ。だが、奥義には到達していない。一番の問題は経験が足りていない所か?」
男性がアルツを分析する。本来であれば、アルツは神である男性を殺すための技術を持ち、それを振るってきた相手のはずだ。しかし、男性はなぜかアルツの実力が足りていないことを残念に思っている。
「だから何だっていうんだ?」
アルツが男性を睨みつけて言う。自分でもまだ実力の不足は自覚しているようだ。持っている剣を強く握っている。相当に悔しいのだろう。
「……一つ、お前に選択肢をやろう」
圧倒的な上から目線の台詞だ。最も、絶対的な強者であるのはアルツとの戦闘を見ていればわかる。それだけで上からの言葉に違和感が無い程に。
「……何だ?」
「神儀一刀の奥義、その手前の技を見せてやる。逃げてもいい、逃げなくてもいい。挑むのならば、受け止めてみろ」
そう言って男性は刀を腰に差すような動作をする。鞘に入れるわけではなく、ただ腰の方に刀を持って行っただけだ。ただ、それだけなのに男性から感じる力が増大したのを感じた。
恐らく、あの状態が一種の構えなのだろう。正眼に構えるとか、逆手に持って背後に構えるとか、そういう者とは違うのにそう感じられる。
アルツは男性の前で剣を構える。アルツは男性の言う神儀一刀の奥義の手前の技とやらを受けるつもりのようだ。しかし、アルツの力で男性の力に構わないのは今迄からもわかっていた。そして、アルツはあの構えをとっている男性を前にただ構えていることしかできていない。それはアルツが男性の攻撃にどう行動したらいいかわからないように見える。
「どうした? 受けるのに何もしないのか? 死ぬぞ」
男性はアルツが行動するのを待っているように見える。しかし、アルツは男性の行動を促す言葉を聞いても動くことができない。男性はそんなアルツの姿をみて小さく息を吐く。
「それじゃあ、行くぞ」
恐ろしいほどの死の気配、そのまま受ければ確実にアルツが死ぬという予感。それほどに濃密な力が男性の刀に存在しているのを感じる。動作はゆっくりとしたものだ。男性は本気でアルツに向けて剣を振るうつもりはないのだろう。しかし、本気でない、相当にゆっくりした動作であるのに、その一撃はアルツを殺すことがわかってしまう。それは本能的な感覚だ。自分の中にある、何かがそれを告げている。
神儀一刀、その流派についてアルツから聞いたことが思いうかぶ。こういった様々な修行の光景を今まで得た、前世を含めたすべての知識から捜索する。アルツが生き残るにはどうするればいいか。逃げられないのであれば、どうすればいいのか。
目には目を、歯には歯を、剣には剣を。すなわち、技には技を。相殺するしかない。しかし、アルツの持つ技にはそんな技はない。それを得るための修行の旅、冒険者になって経験を積んでいた。結局その中でいまだ技を得ることができていない。ならば自分の技でなければどうだろう。アルツの技は師匠から盗み取った技術のはずだ。ならば、師匠でなくてもそれができるはずだ。ぶっつけ本番になったとしても。
「アルツ! 同じ技で相殺しろ!!」
咄嗟に叫ぶ。相手の行動の意味を考える。何故、男性はアルツを本気で殺そうとしないのか、今もアルツに向けての技をゆっくりと放とうとしているのか。それはアルツに技を見せるため。
「相手の技を真似るんだ!」
男性の顔に笑みが浮かぶ。まるでそれが正解だ、と言わんばかりに。俺の声が届いたのか、わからないがアルツが男性がとった構えと同じ構えをとる。
「うおおおおおおおおっ!!」
アルツが剣を振るう。男性のように、剣に力を籠めて。剣に込められた力は斬撃となって男性へと向かおうとした。
「天剣」
ゆっくりとした男性の動作が剣を振るいきるまでに加速する。力の奔流がアルツの振るった斬撃にぶつかり、アルツの振るった斬撃を打ち破る。力の奔流がアルツへと向かっていく。
「うわああああっ!」
アルツがその力の奔流にのまれ吹き飛ぶ。
「アルツ!」
俺も含め、皆がアルツの名前を呼び吹き飛んだ場所まで駆け寄る。結構な怪我ではあるが、気絶こそしているものの生きているようだ。先ほど振るったアルツの一撃が男性の振るった斬撃をある程度相殺したのだろう。
アルツのことは傍まで寄って心配してるカリンやシェリーネに任せ、俺はアルツと戦ってい男性の方に向かう。男性はこちらを見て楽しそうに笑っていた。
「おや、何か用か?」
「……いや、用というわけでもないけど」
どうもやりづらく感じてしまう。下手をすればアルツ、友人で仲間である人物を殺していたはずなのだが、どうも憎めない、嫌いになれない感じだ。苦手意識はあるのだが。いや、そもそも男性に挑んだのはアルツなのだから男性は悪くはないはずだ。
「何故、アルツに修行のようなことを? アルツは神儀一刀、神を殺すための技を修めるつもりのはずだろう?」
「神様ってのは殺されたって死なないから、別に殺されること自体はわりとどうでもいいんだ。どちらかと言えば、それほどの無謀に挑戦する人間の姿に喜びや楽しさを覚える神の方が多いくらいだな」
神様は殺されても死なず、むしろ殺せるくらいに成長してほしいとすら思うくらいのようである。ゆえに神儀一刀みたいな自分を殺そうとする存在でも積極的に受け入れるようだ。
「そもそも、神儀一刀も……おっと、これは秘密だな。なに、すべては神の戯れに過ぎないってね」
「はあ……」
「しかし、良いアドバイスだったな。実によく見て、理解している。持っているだけはある」
持っているというのは何を持っているのだろう。観察眼かなにかだろうか。
「もしかしたら、お前たちはこれから大変なことに巻き込まれるかもしれない。しかし、お前やそこの神儀一刀の剣士がいれば何とかなるだろう。その時は頑張れよ」
何か不吉なことを言われた。いったい何のことだと聞き返そうとしたが、その前に大地を蹴って空高くに跳躍される。山を飛び越えるほどの跳躍だった。
「……神様ってどんだけなんだよ」
山を飛び越えるだけの脚力。常識的に考えれば異常とか、そういうレベルの話しではない。次元が違うレベルだ。本当にこれだけの相手に神儀一刀の奥義とやらで勝てるものだろうかと疑問に思う。もしかして手加減された状態で戦ってるんじゃないだろうか。去って行った男性を見てそう思った。