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キメラを倒したのは目の前にいる男性なのか。俺は質問をしようとするが、目の前の光景のせいか、うまく言葉を出せない。周囲の雰囲気にのまれているような感じだ。ただ、この感じはどこかで経験したような気もする。
行動できずに戸惑っていると、目の前の男性はこちらに振り向いた。ただ視線を向けられているというだけなのに、異様な威圧感を感じる。
「冒険者か。ああ、もしかしてこれを倒しに来たのか?」
目の前にいる男性の言葉にこたえようとするが、声が出ない。いったいどうしたというのだろうか。言葉を出すのも、動くのもままならない体の変調。それを感じる中、男性の前に俺たちをかばうようにアルツが移動した。
「ああ。そのキメラの討伐に来た。お前が倒したのか?」
アルツは剣を構え臨戦態勢をとっている。流石にいつでも攻撃できるようにして他者と相対するというのは失礼ではないか、と思うが、アルツの前に立つ男性の様子はまるで変わりがない。気にしていないようだ。
「悪いな。欠片があったんで俺が倒させてもらった。死体は引き渡してもいいが……討伐自体が目的だったか?」
「……死体はもらいます。ただ、あなたが倒したということをギルドに報告することになります」
ようやく声を出せるようになった。アルツが前に立ったことで変調が回復してきたからだ。キメラは俺たちが倒したわけではない。ギルドの報告には既に倒されていたことを報告することになるだろう。そうなると、目の前の人物が何者か聞く必要がある。
「あなたは冒険者ですか?」
「いや、違う。報告が必要なら……そうだな、流れの神儀一刀の剣士が倒した、とでも言っておいてくれ。ここでもそれは通じるだろう」
それは自分のことは教えない、偽りの報告をしてくれ、ということだろうか。それにしても神儀一刀とはまた妙な話だ。もしかしたら本当に神儀一刀の剣士なのかもしれない。
しかし、男性はなぜかこちらをじっと見つめてくる。アルツが前にいるとはいえ、その視線にこもった異様な雰囲気は恐怖……いや、畏れだろうか。それを感じさせるものだ。
「ふむ…………珍しい。頼まれて回収に来たが、介入ありか。あいつの話とは別口だろうな」
「えっと、何か?」
「ああ、悪いな。面白いものを見つけたからな」
軽く笑みを浮かべて謝られる。しかし、人のことを面白いものというのはどうなのだろう。いや、そもそも何が面白いのだろうか。
「俺はそろそろ行かせてもらう。もともと頼まれごとの途中だったからな」
男性が別れを告げ、この場から去ろうとする。目の前の男性はとても異様に感じる存在だ。正直この場から去る、というのはありがたい。ありがたかったのだが。
「待て」
アルツが目の前の男性が去るのを止める。いったいその行動に何の意図があるのかわからない。ただ、ここに来る前からアルツは一種の緊張感を持った状態だった。なぜかはわからないが、もしかしたら目の前の男性のことを遠くから感じていたのかもしれない。
「何か用か?」
「……お前、神だろ?」
アルツが目の前の男性を神と呼ぶ。一瞬意味が分からなかったが、アルツの流派の目的、それにより神の存在を感知できる。つまり目の前の男性は神と呼ばれる存在だ。そう理解すると、目の前の男性から感じていた異様な威圧感のようなものについてもわかる。亜神相手に感じたものに近いものだ。ただ、亜神の時よりも力強さを感じられる。そのうえで攻撃性がなく、圧迫感はあっても恐ろしさを感じない。ただ、それでも畏れのようなものは感じてしまうが。
「ま、流石に神儀一刀にはわかるか。確かに俺は神の一人……いや、一柱かな?」
笑みを浮かべ、目の前の男性はアルツに視線を向ける。同時に威圧感、圧迫感が増大する。
「ひうっ」
「……!」
「くっ」
「うお!?」
「っ!」
ただの視線である以上、何もないはずなのにその視線の圧力で思わず体が後ろに押されそうになる。自分だけじゃなく、周りにいた仲間も含めてだ。しかし、そんな中アルツはその視線を直で受けているにもかかわらず、不動の体勢だった。ただ、微かに玉のような汗が流れているのが見える。
「それで、どうするつもりだ? 確認したかっただけか? それとも…………」
「俺は神儀一刀を学んだ人間だ。目の前に存在する神と相対する機会はそうそうない。挑ませてもらう」
「いいだろう。いつでもかかってくると良い」
アルツに向けられていた、こちらも感じられるほどの威圧感が消える。消滅したのではなく、こちらに来なくなっただけだ。男性の下に向けられていた力が集まっているのが感じられる。しかし、男性は先ほどから刀を構えようともしない。いつでもかかって来いと言ったのに受ける用意すらしていない。
アルツはその様子に気づいている。しかし、気にせずに行くようだ。
「行くぞ! 神儀一刀、先駆け!」
アルツの姿が掻き消える。それと同時に金属がぶつかり合う音が聞こえた。アルツの向かう先、出る場所はわかっている。先駆けは相手の目の前で剣を振るうまでを高速で行う技、つまり男性の前に現れる。そちらに視線を向けていたが、一瞬アルツが現れ、剣を振り下ろしたのが見えた。そして、そのあと男性が持っている刀を振るい、アルツを剣ごと弾き飛ばしたようだ。何故推測なのかというと、男性が刀を振るった姿が見えなかったからである。アルツが吹き飛び、その後の男性の姿が刀を振るった状態だったから、そうなのではないかと推測しただけだ。
「ふむ。面白い技だな。だけど小手先の技で倒せると思うなよ?」
男性はその場で佇む。倒れているアルツに追撃する様子はない。男性にとってこれは戦い、殺し合いのようなものではなく、アルツの挑戦を受ける、力試しのようなものなのだろう。
「神儀一刀、空太刀!」
アルツが遠距離から斬撃を飛ばす。不意を打ったわけでも、力のある一撃でもない。男性が剣を振りあっさりと掻き消える。
「なんだ、この程度」
「神儀一刀、先駆け!」
男性が刀を振るったところに先駆けで男性の目の前に現れる。
「鬼振り!」
先駆けで相手の目の前に現れてから鬼振りを使い、強力な一撃を叩きこむという一手。
「力で勝てると思うなよ」
アルツの攻撃は男性が纏っている衣服、外套が男性を守るように動き防がれる。アルツの攻撃は相当に強力な一撃だったはずだが、それをただの衣服で防ぐというのがまず驚きである。神という存在はどれほどのことができるのか。
「ふっ!」
「ぐっ!?」
男性が息を大きく吐き刀を振るう。先ほどアルツの先駆けに剣を合わせた時とは音が違う。先ほどよりも圧倒的に強力な一撃だ。アルツは剣で防いだが先ほどよりも多き弾き飛ばされる。
「くっ……今のは……」
「ただの強力な一撃、というほど簡単ではないが、使いやすい良い技だな」
先ほど男性が振るった一撃、それはアルツの使う鬼振りだった。俺もそれを見慣れているわけじゃないが、恐らくはそうなのだろう。アルツが悔しそうな表情をしている。一度見ただけであっさり自分の使う技をまねられたからだろう。
「しかし、力、不意打ち、遠距離。いろいろ使ったところで俺には勝てないぞ。使うなら、奥義を見せるといい」
男性はアルツに向けてそういうが、アルツは無言だ。
「……もしかして、まだ使えないのか?」
「っ!」
男性の言葉にアルツが反応する。俺はアルツの使う神儀一刀の奥義とやらを見たことがない。ただ使うほどの相手がいなかったのか、それとも男性が言うように使えなかったのか。その答えはアルツの反応が如実に表していた。