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チームメンバー、今ギルドには来ていないシェリーネを除く五人でギルド長の部屋に入る。
「おう、よく来たな」
ギルド長はまず俺とアルツに視線を向け、そのあと他の三人をじっと見つめる。以前会った時にはいなかったから気になるのだろうか。チームに入っていること自体は情報として持っているものだとは思うが。
「人数が増えたみたいだな。前にあったのはそこの神儀一刀を学んだのと一緒にランクアップをしたときだったか? あの時は白だったのが今や赤とはなあ」
それに関してはこちらも驚いている。正直言って俺とアルツのランクアップ速度は異常だろう。まだ冒険者になって半年もたっていないはずだ。
「そういう話は置いておくとして。いったい何の用ですか?」
「なんだ、つれない奴め。ま、自分より立場が上の人間と軽く話せるって程気楽でもないか」
ギルド長は俺の言葉を聞いてつまらなそうにしているが、すぐに気持ちを切り替えたのか真面目な顔をする。
「実は北西、以前お前がゴブリンの巣を討伐したその西の山あたりででかい魔物の報告があった。ああ、そこの剣士以外はお前らのやったことは知らねえか?」
「知らないでしょうけど、今はいいです。内容を教えてください」
「俺から言う必要もないか。でかい魔物の報告があって、その魔物の情報が色々とよくわからない内容でな。オーガの顔をしていたとか鳥のような翼を持つとか、いろんな魔物の情報ばかりだった。複数いるのかとも思ったがそういうわけでもないようでな」
複数の魔物ではないのに、別々の魔物の特徴が報告に挙げられる。複数の魔物の特徴を所有する魔物、ということだろう。
「もしかしてキマイラですか?」
メリーが話に入ってくる。こういう報酬とか依頼内容の話は主にチームのリーダー、まとめ役の俺がメインに話して他の仲間は黙っているのが主だが、メリーはもともとカリンとチームを組んで依頼の話をしたりしていたので話に入ってくることが時々ある。
「ああ、キマイラ……だったらよかったんだがな。正確にはキメラだ」
キメラとキマイラは本来同じもので、言葉の発音の違いでしかないはずだ。だが、この世界においては明確に差異がある存在だ。正確には、キマイラが野生の存在でキメラが人工の存在である。ともに複数の魔物の特徴を持つ存在だが、野生のものは寿命が長くより自然な形で複数の魔物の特徴を持つ。キメラは寿命が短く、魔物の特徴もかなり歪な形で持っていることが多い。代わりにキメラはキマイラの何倍も強いと言われている。まあ、そのあたりはそのキメラ次第でもあるようだが。実はキマイラはキメラと自然動物の生殖により生まれた、とも言われているがそのあたりはあくまで仮説に過ぎない話だ。
「……つまり誰かがキメラを作ってその山に置いていったということですか?」
「そういうことになるな。そっちに関しては別にいい。周辺を調べたが、人が残っているような痕跡はなさそうだったからな。お前たちに頼みたいのはキメラの討伐だ」
「でも既に誰かが行ったのではないんですか?」
キメラの姿を確認している、ということになるならばすでに戦っていてもおかしくはない。向こうに見つかれば向こうが襲ってくる可能性も高いわけだし。
「ま、わざわざ情報規制はしていないから行ったやつがいるかもしれん。だが、戦ったという話は聞いていない。なんでだろうな?」
にやりとこちらを試すような笑みを浮かべる。そもそもキマイラでも強さで言えば桃くらいなわけだが、その何倍も強いキメラだ。
「挑んでも死んでいるから、ですか」
「ま、生きている奴もいたな。そいつがキメラの情報を持ってきたわけだ」
「……強さはどのくらいですか?」
すでに冒険者側に死者がいることを聞くとゆっくり話しているのもどうかとも思うが、情報は必要だ。相手の強さや能力、わかることが多ければ対策もとれるし勝つ可能性も上がる。最悪の場合はなんとか全員生きて逃げるくらいはしたい。
「情報を持ってきたやつらはそろそろ桃にランクアップするかの橙だな。それでも碌な情報が出てこないほど簡単にチームの仲間がやられている。強さだけで言えば赤は文句なしだ。足跡なんかも調べたが、脚の種類もいろいろああるようで正確なところはわからんが、人のように立って動くわけではなさそうだな。爪、牙、翼もあるが飛行できるかは知らん。今ある情報だとそれくらいだ。何か特殊能力を持っている可能性もある」
この様子だとギルド側もあまり情報を持っていないようだ。
「ギルド側もあまりよくわかっていない状態だ。キメラがいる場所も人のいる場所からかなり遠く、あまり人がいかない所だ。だからお前たちにこの話を持ってきたが、別に受けなくてもいい。そのことで評価を下げることもない。自由に討伐の話を受けるか決めていいぞ」
「……こちらに選択権があるのか」
無理やり受けさせるというわけにもいかないのだろう。情報も少なく、危険性も高い。だから別に受けなくてもいい、というわけだが。俺は後ろを振り向き、仲間に尋ねる。
「………………どうする?」
「受ける!」
アルツは間髪入れずに行ってくる。アルツの返事は予測通りだったが他のメンバーはどうだろうか。視線を向ける。
「ハルトさんが決めてください」
「リーダーに任せる」
「…………俺は新入りだから」
他のみんなもこちらに任せるようだ。まあ、今回は正直言って意見を聞いても最終的にどうするかは決めていた。俺はギルド長の方を向いて言う。
「受けさせていただきます」
「ほう。理由を聞いてもいいか?」
アルツが受けたいから、というのは正直どうだろう。それを言えば簡単に終わらせられるのだが。
「危険な存在を放っておくわけにもいかないので。もしかしたら、山にいて人のいる場所に来ないかもしれない。それは逆に言えばもしかしたら街に来るかもしれない、ということでもありますから」
「ふん、そうか」
討伐の話を受けた理由を聞いて満足そうだが詰まらそうに言われる。もっと面白い理由があったほうがよかったのだろうか。
「話はそれだけだ。キメラの討伐に関しては無理をしなくてもいい。自分の命を大事にしろよ」
それでギルド長との話は終わり、俺たちは部屋を退出した。
ギルド長から山に現れたキメラの討伐の話を受けた後、ギルド長に呼ばれていることを伝えてきたいつもの受付の人からキメラのいる場所の地図を渡される。前にギルド長の部屋で見た地図よりは簡素だが、それくらいのものでも色々と内容が書き込まれている。ちなみにこれは依頼が終わったら報告の時に返すように、と言われた。情報流出が嫌なのだと思うけど、写すことは考えていないのだろうか。もしかしたらそれくらいは仕方ないと思っているのかもしれない。
依頼を受けて、まずシェリーネの家に向かう。正直言ってシェリーネは連れて行っても戦闘に参加させづらいから、近くの村か何かの逗留する場所で待機、ということになると思う。そのあたりどうしたいかをシェリーネに聞いた。チームの一員として仲間はずれは嫌だ、ということでシェリーネも一緒に行くことになった。
翌日、仲間全員が集まりギゼルモルトから出発する。
「ハルト、早く行こうぜ!」
「アルツは元気だな…………言っておくが、今日はキメラのところまでいかないぞ」
「えっ!?」
キメラのいる場所は以前潰したゴブリンの巣から西の方角。その山の中だ。結構遠く、ここからまともに行こうとすれば向こうに着くのは夜になるだろう。流石に明かりもろくにない山の中で戦うのは無理だ。それに、キメラ以外の危険も出てくる。周囲が見えにくければ地面にあるものに足を取られる可能性も高い。
「今日は途中にある村で滞在することになる。まあ、宿はない場所だけどな」
「宿がないのに滞在できるでしょうか?」
メリーたちは宿のない村での滞在経験はないようだ。どちらかと言えば野宿をすることの方が多かったらしい。
「まあ、大丈夫だろう。以前のこともあるし」
「以前? 行ったことあるんだ」
滞在する村は以前のゴブリン討伐の時、襲われていた少女の住む村だ。まさかまた訪れるような機会があるとは思わなかったな。